俺はニートじゃない!!

「おい、クソニート、働けバカ」


「俺はニートじゃない。なんど言ったら分かるんだよ……」


 家族が集まるリビングで、風呂上りの妹が俺を見下し、そう言ってきた。


 キッチンに立つ母親は、そわそわと落ち着かない様子だ……、兄妹喧嘩を止めようとしてくれているのか? でも慌てているようで、きちんと夕飯の下ごしらえを進めているけど……。


 見ていたテレビ画面が、ニュース番組からバラエティ番組に切り替わる。

 しっかりと見ていたわけではないけど、番組のエンディングを見逃した……いいけどさ。


「社会人なのに働いていないお前がニートじゃなかったら……なんなんだ?」

「俺はれっきとした労働者だ」


「はっ、どこがだよ。なに、心理テスト?」


「心理テストではないだろ……、

 言いたいことはなんとなく分かるが、もしかして『哲学』のことか?」


 自信満々に言ったせいか、妹は耳を真っ赤にさせている……、風呂上りだから、ということにしておこう。


「働いてないのに労働者? じゃあ働いてる人はなんて言うのよ」


「それも労働者。そもそも俺は働いてないけど、働ける『資格』はあるんだ」


「??」

「だからさぁ……」


 妹に、「ソファに座れ」と促す。

 素直に俺の隣に座った妹が、人懐っこく小首を傾げて俺の目をじっと見つめてきた。


「……労働して、『得られるもの』と『失うもの』は、なんだ?」


「得られるものはお金でしょ。

 失うもの? ……体力? 気力……、家族と過ごす大事な時間!!」


「家族と過ごすかはともかく、まあ、時間だな――時間を失いお金を得ているのが、仕事だ」


 体力も気力も奪われるから……妹の指摘も間違いではない。


「時間を失い、お金を得るなら……逆も言える。

 お金を失い、時間を得る――だろ? つまり俺は、働いていたら貰えていたであろうお金を、得る前に支払うことで、今日一日の時間を得たということだ。

 働いていないんじゃなく、結果的に働かず、お金を得ない代わりに時間を維持することができた。これってさ、お金を払って今の時間を買ったと言えるんじゃないか?」


 たとえば残業代。


 残業した時間分、お金を得ることができるけど、残業以前に『する予定の残業分で得られた残業代を事前に支払うことで、残業をしない』ということもできる。


 だから俺はニートではない。


 会社に属していないし、給料を貰ってもいないけど、それでも労働者だ。


 社会人は毎日、大変なのだよ……。


「うるさい、いいから働けバカ」


「お、俺の長い説明が、一言で片づけられた……」



「働かないなら――

 もうバニーガールの格好で、『お兄ちゃん』って呼んであげないからね」


「っ、は、働く働く! だからそれだけは勘弁してくれぇっっ!!」



 きも、と呟いた妹だけど、

 口の端がちょっとだけ吊り上がっていることを、俺は見逃さなかった。



「……ねえ、それ、リビングで言っていい話だったの……?」



 夕飯の下ごしらえが済んだようだった。

 忘れていたけど、時は既に遅かった……。




 ―― 完 ――

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