夜道-よみち-
振り向けない。
だって後ろに、人がいるから……。
確認してしまえば、それが『きっかけ』になってしまうと思うと、絶対に振り向けなかった。
街灯が多い大通りから近道をしようと、住宅街へ曲がったのが失敗だった……。
後ろにいる人も、私を追いかけて……(?)、この細道に入り、こうして十メートルほどの距離を保ってついてきている。
街灯が少ない暗ーい夜道だ……、
もしも背後から口を塞がれてしまえば、私は抵抗できずに、叫び声も上げられない。
歩く速度を早める? でも、相手に伝わるように速度を上げると、相手を刺激してしまう可能性もある。
私が早く歩いて、後ろにいる人も歩く速度を上げれば、間違いなく私を狙った『ストーカー』なんだろうけど……、
そのスイッチを押してしまうと、相手は力技の手段に出るかもしれない……。
このまま距離を保ったまま、どこかのコンビニに入って時間を潰す……?
このまま家に帰るのは絶対に嫌だ。
家を特定されたくないし……、それとも、もう知っている……?
背後の男性 (カーブミラーでちらっと見た感じ、男性だった)から目を離すのは、かえって危険かも……? 家に先回りでもされたら――
鍵を開けた瞬間、潜んでいた男性に口を塞がれ、家に入り込まれたらと考えると……、オートロックのマンションでも安心はできない。
オートロックでこれなのだから、実際に私が住んでいるセキュリティなんてあってないようなものであるアパートなんか、女性を襲い放題だ。
こんなことなら、家賃を上げてでも、マンションにするんだった……っ、と後悔だ。
だけど今の家に決めた時の私は、家賃が浮くことを優先して――それが間違っていない選択だったと信じていた。
……ストーカーなんていなければ、私はこんな風に後悔なんてしなかったのにっっ!!
……逆に。
歩幅をゆっくりと、狭めてみようか。
歩く速度を落とせば、自然と相手も遅くなるはず……、だって私との距離を、一定に保っているなら、私が近づいても、遠ざかるはずでしょう?
急に私が動けば刺激してしまうかもしれないけど、分からない程度に速度を落とせば、気づいた向こうがゆっくりと速度を落として調整するはず……。
逃げる、ということを考えるより、先手を打って仕掛けてしまうのはどうだろうか?
こっちから話しかけてみるとか?
でも、やっぱりそれは怖い……。だから襲われた時、大きな音が鳴るように、スマホのアラームを設定しておくとか。
口を塞がれても救難信号を出せるようにセットしておけば、きっと大丈夫――。
嫌な汗が背中から、首から、じんわりと……そして流れていく。
緊張しながら、ゆっくりと速度を落とし……、
そして、背後の男性と、徐々に距離を縮めていった。
足音が近づいてくる。
強くなってくる……、握り締めているスマホに、さらに力が入り……、
薄型のそれが歪んでしまうんじゃないかってくらいの力が加わったところで――
すぅ、と。
背後の男性は私を追い抜き、住宅地の中の一軒の家へ入っていった。
「ただいま」
「おかえりー」
……なんて会話が扉の隙間から聞こえ……、
私は、落としたペースを元に戻した。
「……まあ、そりゃ私の勘違いよね……」
進行方向が同じなら、後ろを着いてきているように思ってしまう。
紛らわしい、と言ってしまいたくもなるけど、道が真っ直ぐなのだから当然のことだ。
女性と男性で利用できる道が分かれていれば、こんな警戒はしなくてもいいのに……、なんてのは言い過ぎだ。
男性レーン、女性レーン、そして前後の進行方向のレーンを設ければ、スカスカな道が生まれてしまう。今よりも手狭になった世界は、私だって望まない。
それに、女性レーンだからと言って完全に安心とは言えない。
ストーカーは別に、男性から女性へ――とは限らない。
女性から男性もあり得るし、女性から女性へも、なくもないのだから。
そうなると女性レーンの中で、さらにレーンを細分化する必要があるのかも。同性愛者、とかね。でも、それをどう判断するの? 虚偽報告を見抜ける目は、誰にもないのだ。
警戒し過ぎなくらいがちょうどいいのかもしれないけど……、
当然、された方は気分が良いものではないだろう。
きっと、さっきの男性も、私が警戒していたのは気づいていただろうし……。
「もしかして、警戒していたせいで、あの人は動くに動けなかった……?」
「(追い抜きづらいなあ……)」
夜道、街灯が少ない住宅街……。
俺の前を歩くのは若い女性だった。しばらくは一本道なので、途中で曲がることもできなかった。家まであとちょっとだけど、遠回りした方が気分的に楽だが……それもできない。
一本道を引き返すのも、逆に前の女性を驚かせてしまうかもしれない……――しれない、か?
そんなことはないのかもな。
ここは特別な動きをしない方がいいのかもしれない。
普通に歩いて、普通の速度で進めば……、
なにか変化を起こすから驚かれるのだろう。このまま、現状維持で……。
なにもするつもりがないのに、後ろに立つだけで警戒されるなんてなあ……。
まあ、こっちの気持ちなんてあっちは知らないわけだし、状況も悪い。
最悪の結果を考えれば、警戒し過ぎて足りないなんてことはないだろう。あの時、警戒していれば良かったと後悔しないためにも、ここは過剰に後ろ(俺)を意識するべきか。
こっちはそれを受け入れているから、したいだけ警戒すればいい……けど。
……やっぱり女性と男性では、歩く速度が違うから、すぐに距離が詰まってしまう。
一応、調整して、離れたこの距離は維持しているけど、逆にこれが『ストーカー』に思われてしまっているんじゃないか?
でも、段々と近づいていっても、そっちの方が怖いだろうし……。
なんだか、気を遣ってどんどんと悪い方向へいっている気がする……。
いっそのこと「先、いきますね」と声をかけて走ってしまうか? ――声をかける、ということ自体が、最悪の一手になる気もする。
そもそも、俺が勝手に『相手は警戒している』と思い込んでいるだけで、彼女は普通に歩いているだけかもしれないし……難しい。
夜に女性と同じ道を歩くのって、こんなにも難易度が高いのか?
女性専用の一方通行とか、男性用の――とか、作ればいいのに……。
スカスカになりそう……。
結局、『専用』って、利用者がそう多くはないんだよな……。
無駄な道が増えるだけかもしれない。
形だけそこにあって、女性も男性も関係なく使いそうな気もするから――意味はないか。
ルールだけが重なっていって、生きる上での手枷足枷がどんどんと増えていくだけの気がする……、で、誰も守らなくなり、守らないことが問題になるのだ。
いらぬ手間が増えるだけか。
そうまでして区切らないといけないほど、俺たちは相手を信用していないか?
……信用していないな。
だって、俺だって前を歩く女性が、『俺が近づいたら悲鳴を上げる』だろうって思っているんだから。
「…………」
徐々に、女性が速度を落としていっている……、は? これはなんだ?
意図があってやっていることだと思うけど……――はっ!
もしも、ここで相手に合わせて速度を調整してしまえば、黒になる……なら、俺がやるべきことは一つだ。『なにも変えない』……それだけで、俺は女性を追い抜ける。
追い抜いてしまえばあとは楽だった。
気づけば、目の前は我が家である。
ふっ、と肩の荷物を下ろして――見慣れた扉を開けた。
「ただいま」
「おかえりー」
出迎えてくれる家族がいて……いやでも、待てよ?
あの女性に、俺の家がばれたのでは?
―― 完 ――
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