魔王幼女【前編】
「――魔王の城が目前なんです!
どうしてあなたは魔王の情報を一切、教えてくれないんですか……ッ、先代!!」
「……勇者よ、魔王の城へいってどうするつもりだ? 魔王を倒すのか? それとも……しかし、封印しても無駄だぞ、数時間さえ閉じ込めることもできない。
魔王は封印魔法に耐性があるんだ……、だから倒すしかない……。ま、お前ならそんなことは分かっているか」
「分かっています。だから倒すために、魔王の弱点でなくとも、細かい癖や行動の傾向などを教えてくださいと頼んでいるんです!!
先代の勇者だったあなたなら、魔王と戦ったことがあるでしょう!? ……逃げ帰ってきたあなたに聞くのは、酷かもしれませんが……」
「逃げ帰ってきてなどいないわ。……戦略的撤退だ」
それも、もう五十年前の話だ。
まだ私が勇者だった頃――魔王は今と変わらず、魔王城にいた。
「言い方はなんでもいいです。とにかく、勇者としての役目も果たさず、次世代へ丸投げしたあなたの、最低限のやるべき仕事なんじゃないですか?
……世界に危機が訪れていながら、戦略的撤退をし――現状の危機を見て見ぬふりをして、今世代の勇者に情報を明かさないことに、僕たちが納得いく理由を持っているんでしょうね!?」
「いけば分かる」
「魔王城にですか!? 魔王と対面した段階で殺されるでしょう!?
魔王に殺されないための秘策を教えろって言ってんですよ!!」
「秘策だと? 魔王を相手にして、そんなものあるわけないだろう」
「秘策でなくともいいですから! とにかく情報ですッ!
魔王を知る者に聞いても、みな口を閉ざすんです……言えないんですか? それとも言いたくないんですか!? 言いたくないなら、あなたも魔王側の『敵対者』とみなしますよ」
「お前のようなヤツには言いたくないな……まあ落ち着け、勇者よ。
腰を下ろしたらどうだ、温かいお茶でも淹れてやろう」
「いえ、お構いなく。……もういいです。こうしている間にも、魔王の侵攻が進んでいますから。山奥に隠れて過ごしているから気づかないのでしょうね。今もたくさんの町が襲われ、戦えない子供や女性の命が奪われていっていると言うのに……」
「被害が『それだけ』である、と前向きに考えることはできないか?」
「人が死んで『それだけ』? ……ふざけるな。
人が死んでいるんです、これを前向きに捉えることはできませんよ――、あなたの肉親が魔族に殺され、僕が『世界がなくなるよりはマシだ』と言ったら……許せますか?」
「…………」
「そういうことなんですよ。怪我の一つでも前向きには考えられません。
被害者が受けた心の傷は、一生、癒えないものだってあるんですから――」
「勇者よ……、なかなか良いところを突くじゃあないか」
「は? ……意味深なことばかり言っているのは、『なにも知らない』ことを誤魔化すための方便ですか? あーはいはい、分かりましたよ。
あなたは先代勇者ではありますが、肩書きだけを持った役立たずなんですね……、あなたにアドバイスを求めた僕がバカでした」
勇者が荷物を背負い、扉へ向かう。
扉を開けた彼は振り向くことなく言った。
「……あなたに期待するんじゃなかった」
そして、乱暴ではなく、静かに戸が閉められた……。乱暴に閉められるよりも、なんだか心に突き刺さる……、期待していたのか――だったら、悪いことをしたなあ……。
「しかし、教えるわけにはいかんのだよ。お前が実際に見て、判断することだ――。
私は倒さないことを選択した。さて、今世代の勇者である、お前はどうする?」
――五十年前……、
魔王城へ辿り着いた勇者は、広々とした城の内部を歩き、敵がまったくいないことに違和感を抱いていた。
城内が迷路になっているわけでもなく……トラップもない。
単純に広いので、迷路ではなく迷ったりはしたものの、案内図を見て目的の部屋へ辿り着く。
まあ、全面的に案内図を信用していないので、結局、案内はあてにせずに全ての通路と部屋を踏破した。トラップも警戒していたが、やはりどこにもなかった……敵も本当にいない。
どこかに潜んでいる、とばかり思っていたが……先に撤退したか?
魔王に勝ち目がないことを悟って、魔族たちは先に逃げたのかもしれない……。
だとしたら今世代の魔王は人望がない。
先代の魔王はそのカリスマ性を発揮して、倒される最後まで、部下たちが体を張って守っていた……。そんな先代と比べてしまうと……可哀そうな魔王である。
魔族たちも、魔王の代替わりを早めたいのかもしれない。
「ここが、魔王の部屋か……」
最上階、ではなかった。
中途半端な中階層である。
そりゃあまあ、魔王によって好みがある……、最上階にいる時もあれば、地下にいる時もあり、今世代の魔王は中階層だっただけの話だ。
案内図に書いてあった通り、『魔王の部屋』とは目の前の部屋である。
この部屋以外の場所は既に踏破済みなので……、残されたここが、やはり魔王の部屋なのだろう……。信用していなかったが、他がハズレだとすれば、ここがアタリなのだろうけど……。
「いや、魔王城に魔王がいないってことも――」
「あいてますので、どうぞー」
と、中から声が聞こえて――、ちょっと声が高いが、魔王なのだろう。
扉の下から漏れ出てくる黒い煙は、魔王の魔力が視覚化したものだ。
勇者にもなれば、部屋の中に何人がいるかくらいは分かってくる……、一人だ。
魔王だけが、部屋の中にいる。
「ふう――」
息を吐き、落ち着く。
覚悟を決め、扉を開けた先には――――
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