北改札を出て東口、【ダンジョン】前で合流を。【前編】

 ――空吹からぶき音羽おとは


 年齢・十七歳。


 性別・女。

 職業・高校生。

 スキル・不明。


 レベル・【1】――チュートリアルは未達成。


 現在、あなたの国籍は【現実世界】になっています。




 ……アラームが鳴っていた。

 音を頼りに手を伸ばしてみたけど、あとちょっとだけ届かなかった。ほんの指先の、第一関節分だけの距離があって……、床に落ちたスマホのアラームを解除するためには布団から出ないといけないのだけど、寒過ぎて布団から一ミリも出たくない……。

 アラームって止めなくちゃいけないのかなあ……。


「……っ、もうっ、分かったってば!!」


 鳴り止まない(当たり前だ)アラーム音を止めるため、掛け布団を投げ飛ばし、スマホを拾ってアラームをかいじょ、――ッッって、寒ッッ!!

 雪が降った!? 積もったどころか、部屋の中にまで入ってきたかのような寒さだった。


 投げ飛ばした掛け布団を拾って、再び頭から全身、覆うように布団を被る。

 野生動物の冬眠みたいに、しばらくは外に出る気が起きない……。


 扉の外じゃない。布団の外には――。


「うぅ……布団の中まで寒いんだけど……ッッ」


 冷気が入り込んでくる。足先が冷たくなり過ぎて、痛いし痒いし体が小刻みに震えている。

 今なら熱湯に浸かっても平気な気がする……、今だけ、火傷した方がマシだった。


 凍傷になるなら火傷の方がまだマシだ。


「やっぱり限界!」


 雪の上で丸まっているような感覚になって、さすがにまずいと私も自覚した。自室なのに雪山みたいな思いをなぜしないといけないの? 今年一番以上に、ここ十年、二十年内で考えても過去、最高に寒い日なんじゃないだろうか……。


 ベッドから下りて、自室からお風呂場へ直行する。

 こんな寒さの中で裸になんてなりたくなかったけど、温かいお湯が出てくると分かっているからこそできたことだ。

 全裸になり、ハンドルを捻る……蛇口から――もはや冷水すら温かい。

 次第にこれがお湯になってくれるはず……。


 ――なんだけど、一向に温かくならない。

 いま出ている冷水でも温かいけど……、温水って、もっと温かいはずだ。こう、凍った手足が解凍されていく感覚がなくて……――それともガスを『オン』にしていなかったっけ?

 でもさっき、確かに私はガスのスイッチを押した、はずだけど……。


 寝ぼけているわけじゃない。寒さでそんなものは吹き飛んだ。


 いま寝たら、たぶん二度と起きられないと思うし……。


「やっぱり、ガスは『入』になってるし……なんで温かくならないの……?」


 寒さで機械が壊れた? ……あり得る。

 災害レベルの寒さだ、機械の一つや二つ、異常が起こってもおかしくはない。


 温水は諦め、風呂場から上がり、服を着る。

 できるだけ厚着をして、外の様子を確かめるため、窓を開けると――



 視界を覆う白い吹雪だった。


 ここは遭難した先で見つけた山小屋か?


「は……?」


 窓を開ければ見えるはずの川が見えない。


 周りの住宅街も見えず、真っ白なスクリーンである。


「っ、やば、雪が……っ」


 窓を開けたら、当たり前だけど吹雪が部屋の中に入ってきて……、たった数秒だったのに、もうベッドの上が白い雪で覆われてしまっている……。

 自分の腕で雪を押して、どさっと床へ落とす。部屋の中でも雪は溶けずに、カチカチのままだった……。溶けないくらいには、環境が外に似ているということか。


 異常気象だ。

 これじゃあ学校は休み……まあ、あってもいけないけど……。


 滅多に見なくなったテレビを点ける。お母さんとお父さんは他県へ出張中なので、家にはいない。なので私、一人きり……。

 地震だったら怖いけど、酷い吹雪なら、一人でいても心細くはなかった。非常食もあるし、数日間、堪えることができれば……。吹雪も止んで、雪も溶けてくれるだろう。


 ……そんな楽観的な私の予想は、的を見てもいないくらいに、外してしまった。



 テレビが映らなかった。

 いや、映ってはいるんだけど……、見慣れた番組じゃなかった(滅多に見ないと言いながら、見慣れた、と言うのは笑ってしまいそうになるけど)。

 ニュースは? ドラマは? バラエティは? テレビ画面に映し出されていたのは、『』という、昔のゲームで使われていそうな、文字のデザインだった。


 文字が微動だにしないので、なんとなくタッチしてみたら、文字がぶれた。

 そのまま横へスライド……すると、クエスト情報のその中身が見えてくる。


「吹雪の中の大猿会だいえんかい……」


 ――異常気象を起こしている『モンスター』がいるらしい。

 大猿会と言っているから、たぶん猿なのだと思うけど……、だけど、モンスター?

 いやいやゲームじゃあるまいし……と思ったけど、窓の外を見てしまっている以上、目を背けてもいられない。


 モンスターはともかく、大雪の異常気象は間違いないのだから、もう少し情報を集めてみてもいいかもしれない。


「テレビは、クエスト情報しかないか……じゃあスマホは?」


 アラームは機能していた。時計とかカレンダーは、普段通りに使える……、ネットは、使えるけど、慣れ親しんだそれではなかった。

 テレビ画面と同じく、今日のクエスト内容……、そして開放エリア情報……開放エリア?


 横の地図をタップし、マップを開く。

 東京二十三区の全体地図が出てきて、黒いエリアが未開放……赤いエリアが開放済みらしい。


 そして私の現在地は、と言うと……真っ赤だった。


 最寄りの駅から周囲一帯は赤く染まっている。


「開放エリアの『開放』って、どういう――」


 文字をタップすると、その言葉の意味が注釈された。


 開放とは――、つまり赤く染められたエリアは、【現実世界】ではなく、



 ゲームの中のような、【異世界】……なんだって。

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