三度やり直す世界。

第17話 (最終話)世の中には不思議なことが沢山あるようです。

寒い冬の日。

今年も残り僅かになり、俺は紹介して貰った職場で何とか小雪と水月を養えるだけの稼ぎを得ていた。もう水月がウチにいる間の生活費や養育費は俺が出している。両親は「水月が勝手に行っているだけなのに請求するの?」「金をとるなら見る必要は無い」と言っていて、その心無い発言に怒った小雪が「清明、いい?水月ちゃんはうちの子だよ!」と言ってくれてこの形になった。


少し不満なのは週末は水月が来るので小雪とイチャイチャが足りずに平日はこれでもかとイチャイチャするのだが、冬休みとなると小雪はうちの子になる水月に取られてしまう。


今は晩御飯が出来るまでこたつでサブスクのマジカルパティシエを見て「マジカルマカロンでサルモネラ男爵を倒さなきゃ!」と言っていた水月はいつの間にか寝ていて、俺の横では「清明、今日のお鍋は何?」と言って小雪が絡みついてくる。


鼻孔に届く小雪の匂いに料理を止めて抱き着きたくなる気持ちを押さえて「小雪、ヤキモチです」と言うと小雪も「ふふふ。私も少し物足りないよ」と返してきてキスをしてくれる。


もうダメだった。

辛抱ならん。


「今晩…どうにかなりませんか?」

「んー…明け方かな?」


水月は一度寝てしまえば眠りが深いので明け方にイチャイチャ出来るが、明け方なので起きる必要がある。

俺は真剣な顔で「頑張って目覚めます」と言うと笑った小雪が「ありがとう清明、でも寝不足で仕事行って平気?」と聞いてくる。


「このまま仕事行く方がキツい。小雪こそ日中水月が迷惑かけてない?」

「平気だよー。今や水月ちゃんは私の可愛い娘だもん」


見つめ合った流れから再びキスが始まり、そのまま仲睦まじくキスをし続ける俺の耳に聞こえてきたのはリビングでうたた寝をしていた水月の「来れた!」と言う声だった。


「来れた?」

「なんか既視感があるなぁ」


2人で話しているとリビングからキッチンに駆け寄ってきた水月は俺に飛びつくと「会えたよ!清明お兄ちゃん!」と言って泣き出す。


「は?水月?」

普段の水月なら真っ先に小雪に抱きつくのに俺に抱きつくし、水月は俺を「お兄ちゃん」としか呼ばないのに「清明お兄ちゃん」と呼んだ。


小雪が「泣いてるよ?どうしたの?怖い夢でも見たの?」と聞くと水月は小雪の足を指さして「あ!小雪お姉ちゃん!お腹に赤ちゃんいるから足冷やさないで!靴下二重!」と言う。


「は?」

「赤ちゃん?」


驚く俺たちを無視して水月は「清明お兄ちゃん!明日お仕事休んで!今ならまだ間に合うの!お医者さんに行って!胃の検査!わかりにくいところに病気が生まれてるの!今ならまだ間に合うの!!」と続ける。


突然の事に「え!?」としか言えない俺に水月は「清明お兄ちゃんは私が9歳まで生きるけど死んじゃうの!小雪お姉ちゃんが嘘つきって泣いてたから頑張ってきたんだよ!私は4回目!」と言った。


この言葉に小雪は「マジで?」と言う。


世の中には不思議なことが溢れているみたいだ。

翌日俺は仕事を休んで病院に行き、水月の指示で朝食を抜いた事と水月と小雪の強い要望で無理矢理ねじ込んで貰って検査を受けると最初は所見なしだったのに水月が俺たちも知らない専門用語を一気に言うと医者がその場所を再検査をして「…確かに…これは腫瘍だ…」と言って驚いていた。


検査後、治療について手続きをしている医師を待ちながら待合室で「水月…お前…」と言うと照れ臭そうに笑った水月は「意味は知らないよ。寿限無を覚える感覚で全部を小雪お姉ちゃんに書いてもらって暗記してきたんだよ」と言い、小雪は泣いて水月にありがとうと何回も言って力一杯抱きしめる。


そのまま感極まってワンワンと泣く小雪に水月が優しく背中を撫でると「良いんだよ。小雪お姉ちゃんは生まれてきた赤ちゃんと2年しかいられなかった清明お兄ちゃんが死んで何日も泣いていたの。何回も嘘つきって言って泣いて、何回もこの日に帰りたい、戻って清明お兄ちゃんを助けたいって泣いたけどダメで毎朝辛そうにしてたから私も行くって行って2人で今の言葉を覚えたんだよ」と説明をした。



俺の病気は初期の初期で本当にすぐに治療が終わる。

医師に言わせると見つけにくい場所と年齢であっという間に手遅れになるところだったと言われた。


こうなると俺たちの問題は小雪のお腹の新しい命のことになる。


本当に小雪は妊娠していた。

まだまだ初期で、予定なら9月頃と言われたので水月に誕生日や性別を聞くのだが頑として答えない。


「私、お勉強出来ないからあんまり覚えられなくて小雪ちゃんに注意して欲しいこととか聞けなかったんだよね」と言って笑う。


そのくせ小雪が風邪をひきそうな日は誰よりも先に気づいて厚着をさせたり家事を手伝って早寝をさせたりする。もう慣れたもので水月はウチから学校に通って夏バテなんかもさせずに見事に妊婦の世話をしてしまう。


そして臨月。


水月はやはりこの日を知っていたのだろう。

全ての用意を済ませて俺にはスマホを持ち続けろと言って仕事に送り出す。

そして午後一番に産婦人科から小雪のスマホを使って今から来るように言われる。


本来なら小さい子供はお断りの産婦人科が多いが、ここは小雪が見つけてきた水月も来られる産婦人科だった。


電話で言われた「焦らないで平気だよ」の言葉通り病院に着くとまだ生まれていなかった。


俺は待合室で大人しくしている水月に「水月、ありがとう」と声をかけると水月は「ううん。私こそありがとう。清明お兄ちゃんと小雪お姉ちゃんのお陰で幸せだよ。私のためにも長生きして未来を変えてよね」と言って笑った。


「未来を変える…」

「んー…、実を言うともう変わってる。清明お兄ちゃんは先月頃から体の不調を感じて、赤ちゃんと小雪お姉ちゃんが病院に居る間に隠れてお医者様に行くようになってたし、年明けに病気が見つかって余命宣告を受けて小雪お姉ちゃんを大泣きさせるの。そして思い出作りって言って私を連れて家族4人で旅行に行く。

そして弱って歩けなくなるお兄ちゃんを私と小雪お姉ちゃんがお世話をして見送るの…。

でもお兄ちゃんは元気だから違う。無理に旅行行かないよね?」


俺は容易に想像が出来た。

あの日、長生きすると約束してしまった手前、小雪には不調を言いにくくて隠れて病院に行く。そして水月の話を聞いて調べた病気は見つけにくい場所で一度の検査では見つからずに見つかった時には手遅れで余命宣告をされる。


それを伝えた日、きっと小雪は泣いて怒っただろう。

自身を責めたかもしれない。早くに亡くなった父親、俺、その原因は自分にあるかもしれないと思ったかもしれない。


そして一通り泣いた小雪は前向きに俺との時間を可能な限り過ごして俺を見送る。


後は前に水月が言った通り、夢として過去に戻れた自分の奇跡を信じてあの冬の日に戻りたいと泣いていたのだろう。


俺は申し訳ない気持ちを誤魔化すように「旅行は何処に行ったんだ?」と聞くと水月は「わかってるくせに…」と言って少し呆れる。


「秩父か?」

「うん。ラーメン食べて、スイーツ食べたよ。後は証人のセンセイにご挨拶をしてたよ」


話していると看護師から子供が生まれたと言われた。


看護師が「おめでとうございます」と言った時、ここで水月が「元気な女の子ですよ」と口を挟む。

看護師はニコニコと「あら、お姉ちゃんは知ってたの?」と聞くと水月は「はい。夢で見たの!」と答えた。



そのまま水月は「ほら、行こう」と言って俺を連れて行く。


分娩台の上でグッタリした小雪とその横のベッドにいる俺たちの娘。

俺はそれだけで目元が潤む。


ぐったりした小雪が「清明、女の子だよ。私と清明の赤ちゃんだよ」と言った後で水月を見て「水月ちゃん、性別当たってた?」と聞くと水月は赤ん坊を見て「うん。おめでとう小雪お姉ちゃん。ちゃんと私の知ってる子だよ」と答えた。



水月は部屋の隅に行くから2人で名前をつけてねと言う。

何でも知ってしまっている水月を見て「水月…」と言うと「清明お兄ちゃんは顔を見て小雪お姉ちゃんと相談するんだよ」と言って部屋の隅に行ってしまい、看護師に「名前決めるまで待ってるの」と話している。



そう、赤ん坊の顔を見て名前を決めようと小雪と言っていた。

俺達は毎晩男の子なら、女の子ならと沢山話し合ってきた。

2人で赤ん坊の顔を見ると一つの名前が俺の中に出てくる。


「どう小雪?」

「うん。2番目かな?」


「俺もそう思ってた」

「良かった」


俺達は2人で決めた名前を声にして呼ぶ。

赤ん坊はスヤスヤと眠っていてとても愛らしい。


「俺はこの子を幸せにするよ。小雪と水月と変わらずに幸せにする」

「本当だよ。これからは毎年健康診断してよね」


「本当だね。水月に感謝だ」


そう言っていると水月が「名前決めたかな?」と言って近づいてくる。

そのまま水月は俺達の答えを聞く前に「立夏〜!久しぶり〜」と言って駆け寄ってくる。


俺の清明も、読みこそ違うが小雪の文字も二十四節気にある事がわかって候補の一つを立夏にした。

ただ、それだけで4月でもなければ夏にも関係ない。



それを当てるとは…。


驚きながら「まったく」と俺が言うと小雪も「不思議な事もあるものね」と言って頷く。

驚いたことに生まれたての赤ん坊なのに立夏は水月の声に反応してニコニコと笑った。


「あ、もしかして立夏も来たの?こっちならパパも元気でママと居るから4人仲良く暮らせるよ。ママは泣いてないよ」


水月のまさかの発言に小雪が「清明…」と言い、俺は「マジで?」としか言えなかった。


やはり世界には不思議な事がたくさんある。

俺はそう思ってしまった。

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