第9話 捨てられなかったしがらみ。

血液検査の結果を知らせる方法を自衛隊は改めるべきだと俺は思った。


免許センターの合格通知じゃないんだぞ?

どうしてひとつの場所に集めて貴方はこっち、貴方はあっちと分ける?


俺と小雪はキャリアでは無かった。

2人で「やったね」「よかったよ」と喜び合う中、気にしてはいけないが母と水月を見たら母だけが「こっち側」で、水月は「あっち側」…キャリアだった。



母は1人で喜んでいた。

水月はよくわかっていないが空気感で良くない事だけはわかっていて不安げな顔をしている。


俺は居ても立っても居られずに自衛官に「あの、子供がキャリアで親がノンキャリアだった時ってどうなるんですか?」と声をかけると、家族がキャリアだった時には希望すればここに残る事が出来るという話だった。


この話と水月を見て小雪は全てを理解してくれた。


「ダメだよ清明!見ちゃダメ!」

「…ありがとう小雪。話を聞くだけ…。見捨てられないよ」


俺は母と水月の前に行き「俺はノンキャリアだったよ。母さんと水月は?」と声をかけた。


「私はノンキャリアだから帰るわ。水月はお利口だからここに1人で残るの。あの人は今も家に残ってるし生活力も無いから私が行かないと」


よく言うなと思う。

欲しいのは自由、親父はその言い訳でしかない。

傍目に見てオッサンと5歳児、どちらを優先するべきか聞くまでもない。


「水月を見捨てるの?」

「水月には良くない病気があるの。仕方ないのよ」


「残らないの?」

「あの人は私抜きじゃ生きられないわ」


本当によく言う。

もうここに来て10日近く経っている。

親父が自活できないならとっくにのたれ死んでる。


水月は俺の足元で「私…帰れないの?」と言って泣いている。


「水月が泣いてる」

「仕方ないわよ。そんなに言うならアンタが残れば?」


…わかっていた。

こうなる事はわかっていた。


俺の耳には小雪の言葉が残っている。

「私が清明と一緒にいるよ」

「ダメだよ清明!行っちゃダメ!」

本当に小雪は欲しい言葉をくれる。

何回も小雪との日々を夢想した。


振り向くと小雪は本気の顔で「戻って清明!」と言ってくれる。

目の前には狂った言い分の母親、足元には目に涙を溜める水月。


俺は小雪に「ごめん。見捨てられない」と言って母親には「好きにすればいい」と言うとしゃがみ込んで水月を抱きしめて「大丈夫、俺が水月と居るよ。2人なら大丈夫だよね?」と聞くと母親と小雪を見て頷いた。



ノンキャリアは早々に元いた場所に返される事となる。

小雪は自分の家に帰ると言うと世話になった礼は言ってくれたが目を合わせてくれなかった。


俺はもう一度謝って水月と一緒に小雪を見送った。


母親は「頼りになる兄がいて良かったわ」等と言って周りの白い目を無視して水月にも「お兄ちゃんの言う事を聞くのよ」と言ってさっさと帰っていった。




後悔が無いと言えば嘘になる。

親の都合に振り回される子供は見捨てられない。

だから仕方ないと自分に言い聞かせた。


2人で暮らすと水月はすぐに懐くようになった。


そして朗報は二つあった。

ウイルスの潜伏期間はその後の検査と研究で半年になり、半年後の検査で水月はノンキャリアになって帰れるようになった。俺は体質的にウイルスが住めない身体なので問題ない。


そして帰れる事を告げた日に小雪は「私あの後大人に戻れたよ。自衛官に話したら子供病って病気だったらしい。だから帰ってから役所指定の病院に行ったら薬渡されてさ、今は大人に戻れたよ」と教えてくれた。



母親も父親も水月の居ない日々を満喫していていて、帰れる連絡も既読スルーしていた。


仕方ないので既読が付くまでウチで預かることにしたら小雪が出迎えに来てくれる話になった。


半年ぶりの小雪は子供の姿ではなく俺のよく知る小雪で「お勤めお疲れ様」と出迎えてくれた。

困惑する水月には「久しぶり、私が小雪だよ」と言ってマジカルナースの決め台詞を言うと水月は「小雪ちゃん!?」と驚いていた。


ファミレスで「シャバの飯」「シャバの味」と言って食事を摂りながら小雪と少し話した。

小雪は新しい彼氏の家に居て、相手が本気だから結婚もアリかもねと言っていた。


「バカ清明が私を選ばないからだよ」


この一言に全てが込められていたと思う。


俺は「ごめん。本当に俺はバカだ」と言って謝った。

聞くと小雪の今の住まいは少し遠いので駅まで見送ることにした。


「じゃあね清明」

「うん。ありがとう小雪」


「バイバイ小雪ちゃん!」と挨拶をする水月を抱き上げた小雪は、親が娘にするような、恋人同士が行うような抱擁をして「バイバイ」と言って帰っていった。



それからすぐ小雪から婚約をしたと連絡がきた。

そして俺は既読が付いた親に水月を渡すと水月からはさっさと用無し認定をされて1人に戻って行った。

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