第8話 小雪と過ごす封鎖された東京。

俺達が大家さんが亡くなった事を聞いたのは次の1週間後の配給をもらいに行った時で大家さんの家の前で大家さんの奥さんが涙ながらに教えてくれた。


大家さんは外に出たら危ないからと俺たちの分の配給も貰いに行ってくれていたら、帰り道に腹を空かせた太った男に襲われて当たりどころが悪くて病院に着いた時には手遅れだったらしい。



公園で配給を待つ列の中で俺達は初めて暴徒化する人間を見た。

テレビで観たのと同様に突然苦しみ出して目が赤く血走って手当たり次第に襲いかかる姿を小雪は「鬼みたい」と呼んでいた。


自衛隊は躊躇なく発砲をした。


何処かで自衛隊は撃たないなんて思っていた俺は銃声に驚く。

そして鬼は撃たれても怯まずに立ち向かってきて自衛隊の弾を何発も食らってようやく動きを止めると倒れ込んだ。


鬼の血は赤なのに光に照らすと青いと言える変な色をしていて人とは違う事が容易にイメージ出来た。



「小雪…」

「こりゃあ都市封鎖やるわ」


そんな事を言いながら配給を待つ俺達の耳にはとんでもない言葉が聞こえてきた。


「感染者発生!現状確保をしてキャリア達を収容します。至急手配願います!」


俺は小雪を抱き上げて「…小雪、なんか聞こえた」と言うと小雪も俺を見て「奇遇だね清明。私にも聞こえたよ。これって帰れなくなるやつ…だよね」と言った。


そのままその場で拘束された俺達は観光バスのようなものに乗せられて何処かへと連れて行かれた。


連れて行かれた先は陸の孤島のような場所だった。

ここはどこかを聞くと自衛官は「詳しい地名は言えませんが最寄り駅までバスで1時間の場所で周囲を川に囲まれています。万一発症をしてもいいような処置だと思ってください」と教えてくれた。


バスを降りながら小雪と「キャリアって保有者って意味かな?」「だろうね」なんて話をする俺達は家族として個室に入れられている。

トイレと風呂が部屋の外にあって周りに人が居る以外は2人の生活とあまり大差は無かった。


ここでマシだなと思ったのはスマホの充電器なんかは言えば貸してくれる。

こんな時なのに電気がある事を訝しんだ俺はスマホで調べると今のところ東京都を出て鬼になった人間は居ないらしく、電力なんかはなんとかなっていた。

2人でスマホを見ながら「よくわからんね」「本当だよね」と話していると話題は家族のことになっていく。


「所で小雪はお母さんに連絡しないの?」

「清明こそ連絡しないの?」


2人で顔を見合わせて「んー…このままフェードアウトしちゃう?」「それいいね」と言ってしまった。


実際東京には何人が暮らしていたのだろう?


日々この陸の孤島にはバスが来て数十人の人が降りてくる。

簡易施設は何人受け入れるつもりだったのかかなり広い。



そんな中…俺はとんでもないものを見た。


「お兄ちゃん?ママ!お兄ちゃんがいるよ!」

そう言ったのは妹の水月だった。


「水月?」

小雪の手を握りながら言った俺を見て小雪は「水月ちゃん?」と驚き、水月に呼ばれて来たのは母親だった。


母親の話は回りくどいので割愛してまとめると配給を貰いに水月と出かけた先で鬼が出てここに移送された。それだけを話すのに父親が配給に行くのを嫌がるとか一日中家に居られて息が詰まるといった余計な情報で1時間以上長話を聞かされた。


母親は俺には興味がないが小雪の世話をしていた事には文句を言った。


「なんで水月がいるのによその子の面倒なんて見てるの?あなたは水月の兄なのよ?」

こうして始まる文句は「水月が心配じゃないの?」「妹なのよ?」と続き、「連絡も寄越さないで」と言った時に水月と遊んでくれていた小雪が「何言ってんの?清明は心配じゃないの?貴方の息子さんですよ?そちらこそ連絡もしないで」と言うと母は爆発をした。


見ていた自衛官が「奥さん、落ち着いてください」と駆け寄る中、小雪は「水月ちゃん。またね」と言うと水月は「うん。またね」と返事をする。


小雪は俺の元に、水月は母の元に戻っていく。

俺は小雪の「清明、部屋に帰ろう」という声で水月に手を振ってその場を後にした。



部屋に戻った小雪の機嫌は最高に悪くなっていて「清明!確かに水月ちゃんは可愛いけど関わったらダメだよ!」と俺に怒る。


「まだ自衛官さんが居たからマシだよ。水月も爆発した母を見ても怯えない。慣れっこだったろ?」

「はぁ!?バカじゃないの!?あのオバさんに絡まれたら助けてよね!」


絡まれたらという小雪の言葉は間違っていなかった。

その晩、風呂上がりの小雪は脱衣所で母に絡まれてなんで小さな子なのに親が居ないのかと言われていてみかねたオバさんが助けてくれたらしい。


「強い子ね。大人の人に凄まれても泣かないで言い返したわ」

オバさんは小雪を褒めたが俺は小雪に謝ると母親に文句を言いに行った。



行かなければよかった。


母親は荒れていて俺に文句を言ってきた。

俺は慣れたもので文句を言いながら軽くあしらって話を聞くフリで機嫌を直させようとしたが怒りは収まらない。


あの姿から小雪を孫と思った周りの人達は孫相手にマジギレするヤバい女と思うようになっていた。



部屋に帰り「あまり効果は無かったけど言ってきたよ」と言うと小雪は「ん…ありがとう清明」と言って俺を抱きしめると「世界が平和になったらさ、私と遠くに住もうよ。私が元に戻らなくても年の差婚でもいいよ?私が清明と居るよ。ちょっと離れただけなんて意味ないよ。家を出るだけじゃダメ。縁を切ろう?」と言ってくれた。


俺は「本気?嬉しいな…。あの親を見てもそう言ってくれる小雪は女神様みたいだ」と言って泣いてしまった。



翌朝トイレから戻った小雪がものすごい顔でドアを開けて「清明…」と俺を呼ぶ。

また親が小雪に何かをしたかと思い「どうしたの?」と部屋の外に出ると扉の前で水月がちょこんと座っていて「ママが頭痛いからお兄ちゃんの所に行きなさいって」と言っている。確かに親に聞かれたから部屋の大まかな位置は伝えておいた。



小雪に何かをしたのではなく水月に何かをしていたか…。


どうすることもできずに水月を部屋に入れて「朝ごはんは?」と聞くと「まだ」と言われる。


だろうね。と思った俺は水月と小雪を連れて食堂に向かうと昨日のオバさんから話しかけられてしまう。

悪目立ちは困ったが「まったく、どっちも可愛いのにね!お風呂とかは私に任せなさい!」と言ってくれて救われた。


水月はすぐに小雪に懐く。

小雪も悪い気はしていないようで水月がトロくても怒らずに居てくれる。


「水月、夜は母さん所に帰るの?」

「ママが頭痛いって言ったら小雪ちゃんと寝ていい?」


「えぇ…、小雪?」

「仕方ないって」


こうして小雪に懐いた水月は俺達の部屋に住み着くこととなった。



このまま先の見えない日々かと思ったが、事態は急変する。


鬼になる人の病気は東京湾に落ちた火球に付着していた未知のウイルスで地球上では生存出来ないことが判明し、簡単に言えば東京湾から一定距離、大体は東京都から外の距離までは保たない事が判明した。


そして特定の人間はキャリアになるがそれ以外の人達の中ではウイルスは死滅してしまう事が判明した。

キャリアも国の見通しでは一年でウイルスは死滅し、その間鬼化しなければ日常生活に戻れると言われた。


逆に言えば体内のウイルス量が一定値を超えて鬼化すればそこからまたウイルスが死滅するまで隔離が必要になるという。


政府はこれを東京病と呼んだ。


だがこれは現状の話で、ウイルスが変異する可能性から体内にウイルスの残るキャリアは一生を隔離されなければならなくなる。


こうなると世間は不思議なもので、喜ぶ者と嘆く者にわかれる。

悲観主義者達は一生を隔離生活かと嘆き、楽観主義者達はこれで帰れると喜ぶと。


自衛官達は変異した場合や発症した場合の延長に関しては何も言わずに検査をして体内に東京病の菌が無ければ帰れると説明をした。


こうして俺達は血液検査を行った。

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