第5話 小雪との夜。

食後に小雪は皿洗いを申し出たが「シンクに届かないからいいよ」と断ってさっさと皿を洗う。


「それは申し訳ないよ」

「そんな事ないけど」


俺の言葉に不服そうな小雪に「サブスクでマジカルナースでも観てれば?」と言ったら「コノヤロウ」と言われて笑ってしまった。


これが水月なら「うん!マジカル〜!」と言って飛び付いている。

それに1人分が2人になったくらいでそう困ったりしない。

水月の世話をする為に実家に行くと親は皿を溜めていくので別に1人分くらいなんてことはなかった。


皿を洗い終えた俺は小雪に「ほら、風呂入るぞ」と声をかけると小雪は物凄い表情で「はぁ!?」と聞き返してきた。


「ちゃんと洗えないだろ?それに浴槽で溺れたら困るから一緒に入るんだよ」

「えぇ?清明?私ら仲はいいけど裸を見せ合う仲じゃないよ?」


「平気だから、ほら入るよ」

「えぇ?恥ずかしいよ」


「別にペタンコだから平気だよ」

「だからだよ」


そうは言っても風呂場で何かあっても困る。

転んで頭を打ったり溺れて救急車を呼べば金はかかる。

身元引き受け人も困る。

まず説明出来ない。

俺は即日不審者や犯罪者の仲間入りを果たしてしまう。


それに比べれば風呂くらいなんて事ない。


「ほら、パンツと靴下も持ってこいよな。洗濯機だけじゃ綺麗にならないから手洗いしてから洗濯機に入れるんだ」

「ええぇぇぇ?やだよ!」


「ダメだよ。とりあえず小雪は水月と変わらないと認識するから貸して」

俺はさっさと小雪を脱がせるとパンツと靴下を取って自分の靴下も持って風呂に入るとさっさと洗って洗濯機に入れてしまう。


こうまでなるとタオルで隠すものを隠していた小雪は真っ赤になりながら風呂に入ってきて「清明、頭洗って」「清明、背中」「この身体だと浴槽は確かに怖い…抱っこ」と言い出す。


「慣れてるじゃないか」

「諦めたんだよ」


俺は「諦めね」と笑って抱きかかえて浴槽に入ると水月を喜ばすように浮かばせると小雪は「わぁっ!?」と驚いた後で笑っていた。


湯船で水月を抱くように小雪を抱いて大きく息をついた俺は「それにしても散々な一日だ」と漏らすと小雪が「悪かったって」と言ってくる。


「いや、小雪はある種仕方ない。まあ二食分のハヤシライスを根こそぎ喰われたのは給料日前が今から怖くて堪らないけど…」

俺は使った金額を思って青くなる。

この一食は明らかに先月まで貯めた飲み会なんかに使う為の余剰金を当て込んでいる。


「ご飯代は出すよ」

「助かるよ」


「まあ散々は彼女の両親から親や水月の事であれこれ言われて彼女とお別れした事かな。婆ちゃんの言った通りになった」

「それは…気にしちゃダメだよ」


この小雪の言い方が気になった俺が「小雪?」と聞くと小雪は「私も付き合った連中の家に住み着くと相手の家族とかが複雑な家庭環境の可哀想な子って態度で来るからさ、嫌だけど気にするのをやめたよ」と言う。

なんと小雪もそんな事があったなんて思わなかった俺は「そう…なんだ」としか言えなかった。


風呂を出て頭を乾かしてやって「余分な布団は無いから我慢してくれよな」と言ってベッドに突っ込むと「へへへ、清明と寝るのは初めてだね」と小雪が言う。


ずっと水月と一緒の5歳児だと思っていたが、この一言で急に小雪だと思った途端真っ赤になってしまう。


「照れないでよ」

「ごめん」


なんとなく気まずい空気の中で俺が電気を消すと「何も出来なくてごめんね」と小雪が言ってきた。


別に皿や料理なんて物は気にしなくていいので「何も?」と聞き返すと小雪は「ほら…、一緒に寝るのにエッチとか…」と言ってくる。

俺はため息交じりに「………付き合ってないよ」と返すと小雪は「でも…、清明は気にしてたじゃん」と申し訳なさそうに言ってきた。


……覚えていたか。

そう、実は一瞬付き合いかけたタイミングがあった。

だがあの年で小雪は付き合った元彼がいて、俺は俺にだけ厳しい家のせいでろくな恋愛経験も無く尻込みをし、小雪に相応しくなりたいと肩肘を張った結果、タイミングを逃した。


一瞬のフリーを狙わない奴に用はないとばかりに小雪は新しく出来た彼氏の家に住み着いた。


「なんだ、清明は私と付き合うかと思ったのに」

そう言われて「何も知らなくてリードされっぱなしなんて格好つかないし、まだ家を出てないから家にも招けない」と拗ねたように返してこの話は終わった。


あの時の事は今も時折思い出す。

昼まで彼女だった人と居る時も思い返して自己嫌悪に陥っていた。


俺は誤魔化すように「今は体を治す事を考えなよ」と言うと小雪は「うん…。エッチな事とか出来ないけど…居ていい?」と聞いてきた。


「そんな対価はいらないからハヤシライス代とか置いて行ってくれればいいよ。なんで水月と変わらないサイズで小雪並みに食べるかな?」

「それは清明ご飯が美味しくてさ」


「だから食費を置いていけば1週間は面倒見るよ」

「ありがとう」


俺は「いいよ」と言って水月にするように抱きしめて眠りにつく。

小雪はなんだかんだモゾモゾとしていたが水月のように抱きついてすぐに眠った。


「なんだかなぁ、水月みたいで可愛らしいじゃん」

そう呟いて眠ったわけだが…。

前言撤回。


「そうだ。寝相の悪さに定評があると自虐的に笑いにしていたわ」

アバラにナイスな蹴りを放たれて俺は目を覚ました。


痛みにアバラをさすりながら見た小雪はスヤスヤと大の字で気持ち良さそうに眠っている。

ひっぱたいて文句の一つでも言おうかと思ったが、よく見ると小雪には涙が見えた。


まあこんな状況じゃ不安で怖いよな。


そう思って仕方なく抱き直して寝た俺はベッドから蹴落とされて激しく後悔しながら朝を迎え、「おはよう清明!清明も寝相悪いんだ!ベッドから落ちるなんてな!」と言う小雪の嬉しそうな声で目を覚ました。

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