第19話 この剣、見切れるか?


 ――木剣と木剣が噛み合う。


 ギルベルトの踏み込みは素早く、身長差などというハンデをまるで感じさせない。

 たった一撃受け止めただけで、俺は自分の気遣いが全くの杞憂であることを理解した。


「さっきからバカにしてくれるねぇ……! もう後悔しても遅いよ……!?」


 続けざまに二撃、三撃と攻撃を叩き込んでくるギルベルト。

 その体躯からは想像もできないほど斬撃は強烈で、第三位ナンバースリーであったリーゼロッテと比較すれば一枚も二枚も上手だろう。

 確かに、彼は強者だ。


「機嫌を損ねたのなら謝る……! だが、〝気になるなら遠慮なく言え〟って言ったのはそっちだぞ!」


「身長について言っていいとは許可してないよ! そおれ、これはどうかな!?」


 間合いを離し、再び踏み込んで、刺突を繰り出してくる。


 彼の戦闘スタイルはステップの踏み方が独特で、挙動の緩急が極めて不規則かつ急激に起こる。

 身体がフワリと浮いたかと思えば、滑り込むように高速で剣が飛んでくるのだ。

 見ているこちらは距離感が狂い、翻弄されている気分になってくる。


 まるで踊っているようにすら見えるその戦い方は、彼が自らの間合いの狭さを補うために身に着けた技術なのだろう。

 とはいえ――


「……ふうん、確かにリーゼロッテが言うだけの実力はあるのかな。全然剣が通らないや」


 再び間合いを離し、残念そうに言うギルベルト。

 そう、確かに彼の剣技は厄介だが、攻撃を防げないってほどのレベルじゃない。

 十分に対処が可能なくらいだ。

 もっとも、ギルベルトがまだまだ手加減しているのは俺にも感じ取れた。


「認めてくれたんなら、もういいか?」


「冗談、ここからが面白くなるところさ」


 ギルベルトは――構え・・を変える。

 さっきまで剣の切っ先をこちらに向ける構えだったのに、剣を下ろして脱力した姿勢になる。


「言ったよね、このギルベルト・バルツァーが何故〝魔剣士〟と呼ばれるのか――その所以を見せてあげるって」


 ゆらり――と彼は剣を揺らす。

 

 〝魔剣士〟と言うからには、剣に魔力を宿すか、それとも剣と魔術を両用するか――そのどちらかだとは思うが……。

 いずれにしても、魔術の才能がなかった俺にとっては専門外の技だ。

 油断するべきじゃないな。

 

「さあ、さあ、見切れるかな? いくよ? ――いくよ!」


 ゆらゆらと剣を揺らし――間合いを離したまま、ギルベルトは突き・・を繰り出す。


 刺突の挙動――ということは魔術の射出系か――!

 剣を伝って魔術が放たれると踏んだ俺は、その軌道を逸らすため木剣を正面に構える。


 だが――その刹那である。

 直感――――いや本能が訴えた。


 ――――〝背後から斬撃が来る〟――と。


 反射的に身体が動いた俺は、ぐっと思い切り上半身を捻じって後ろに振り向く。

 そして――――木剣を振り抜き、見えない何か・・・・・・を弾き飛ばした。


「――――ッ!!!」


 ――それと同時に俺の木剣は砕かれ、破片がパラパラと虚しく地面に落ちる。


「うわぁ……あ、危ないだろうが! 今のが当たってたら、俺の首が落ちてたぞ!?」


 かろうじて弾くことはできたが、流石に洒落にならんと思った俺は猛抗議。

 こんな喧嘩で命を落とすなんてやってられるか! とギルベルトに対し怒ってみた……のだが、



「…………な……んで…………見切っ…………?」



 俺が目にしたものは、口をポカンと開けて唖然としたギルベルトの顔だった。

 なんだか信じられない物を見てしまった、とでも言いたげだ。

 彼は完全に固まり、微動だにしない。


「おお……初見であの技・・・を完璧に見切るたぁ、流石お坊ちゃんだわ」


「あれは絶対避けられないって思ってた顔ね。これはある意味、勝負ありかしら」


 デニスさんは感心した様子で顎を撫で、リーゼロッテは何故か自慢気に言う。

 

 え? 勝負あり、なのか?

 俺、今の技の仕掛けとかまるでわからなかったんだが?

 ただなんとなく身体が動いただけで……。


「――お取込み中失礼します」


「うわぁ!? レ、レーネさん!?」


 音も気配もなく、いつの間にか俺の横には使用人のレーネさんが立っていた。

 相変わらず無表情で、いきなり現れられるとちょっと怖くすらある。



「上位騎士の皆様、大旦那様がお呼びです。なんでも……すこぶる悪い報せがあると」



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