第20話 それはヤバいなぁ


 ――あり得ない、どうして見切られたんだ。


 オスカーやリーゼロッテたちに続き、ローガン騎士団長の執務室へと向かっていたギルベルトは自問自答していた。


 僕の技が、〝魔剣士〟と呼ばれたこのギルベルト・バルツァーの秘剣が初見で見切られたことなど一度もない。

 第一位ナンバーワンのアイツですらも無理だったんだぞ。


 僕の、僕の剣は無敵だ。

 そうだ、そうだよ。あんなの偶然だったに決まってる。

 でなきゃ後ろから飛んでくる見えない刃になんて、気付けるもんか。

 

 今回は邪魔が入ったが、次こそは白黒ハッキリつけてやる。


 今に見てろよ……僕はお前に執着するぞ、オスカー・ベルグマイスター……!


 血が滲むほど強く拳を握り、先を歩くオスカーの背中を睨み付けるギルベルト。

 そして――彼らはローガン騎士団長の執務室の前に到着する。



   ✞ ✟ ✞



「大旦那様、上位騎士の皆様をお連れしました」


 レーネさんは執務室の扉をノックする。

 俺、リーゼロッテ、デニス、ギルベルトの四人も彼女の後に続き、ピシッと背筋を伸ばして気を引き締める。


『うむ、入り給え』


 ローガン騎士団長の返事を聞くと「失礼します」と扉を開けるレーネさん。

 そして彼女に誘われるように、俺たちは中へと入った。


 ローガン騎士団長は戦略地図の前で思案していたようだったが、こちらの姿を見ると歩み寄ってきてくれる。


「四人共よく集まってくれたな。ギルベルトよ、お主もよく戻ってくれた。故郷の母親には会えたのか?」


「……はい」


「そうか……ならばよかった。長旅で疲れているところスマンが、まずは情報の共有をしたい。いいか?」


「どうぞお気遣いなく。僕は『ヴァイラント征服騎士団』の第二位ナンバーツーを背負う者です。この身など案じることなく、存分にお使い潰しください」


「そう言ってくれると心強い。それとオスカー殿との挨拶は……既に済ませたようですな」


「ええ、まあ、はい……」


 俺は苦笑しながら答える。

 そんな俺を見てどことなくニヤリと笑うローガン騎士団長。

 この人のことだ、さっきの決闘の件も事実上黙認しているのだろう。

 絶対楽しんでるよなぁ、俺たちの状況……。


「さて……さっそくだが、お主らに伝えることがある。一言で言って悪い報せだ」


 ローガン騎士団長は、再び戦略地図の前に立つ。

 そして指し棒を持ち、とある辺境の一点を指し示した。


「昨日、『ジークリンデ要塞』がアシャール帝国軍から攻撃を受けた。敵方の総数はおよそ10万。現在でも攻撃が続いており、要塞は包囲されつつあるそうだ」


「『ジークリンデ要塞』が……!?」


 驚く俺たち。

 すかさず俺は聞き返し、


「それに敵数が10万って……『ジークリンデ要塞』を守る兵士の数はどれくらいなんですか!?」


「およそ2万。籠城戦ということを考えればしばらく持ち堪えられそうなものですが……どうにも現場の指揮が混乱しているようでしてな。今のままでは、陥落が極めて現実的となる」


 ――今、『ジークリンデ要塞』の司令官は父上ヨハンが務めているはずだ。

 指揮が混乱しているのは、彼が原因だと見て間違いない。

 下手をすれば、今頃「死にたくない! ワシだけ守れ!」とでも騒いでいる可能性すらある。あまり考えたくない話ではあるが……。


「し、しかし王都からの増援が行くはずです! 到着はいつ頃に!?」


「兵を集めて動かすことも考えれば……そうですなぁ、最短でも一週間はかかりましょう」


 混乱した現場、無能な指揮官、完成しつつある包囲――。

 そんな状況で、一週間?

 ――無理だ。どう考えても。

 このままじゃ――『ジークリンデ要塞』は――


「……そこで、です。ワシら『ヴァイラント征服騎士団』に出陣の命令が出た」


 俺がなにを考えているのか手に取るようにわかる――そんな様子で、ローガン騎士団長は言った。


「お、俺たちに……?」


「うむ。王都よりもこの『ベッケラート要塞』の方が『ジークリンデ要塞』にずっと近いですからな。しかもこれは女王陛下直々のお達しなのです。名誉ある戦いとなりますぞ」


「ちょ、ちょっと待ってよ! アタシたち『ヴァイラント征服騎士団』が出るのはいいけど、その間この『ベッケラート要塞』は誰が守るの!? 手薄になってる間に攻められでもしたら――!」


 ローガン騎士団長の話を聞いて、焦ったリーゼロッテが割り込んでくる。


 俺も同意見だ。

 むしろ敵はそれが本命である可能性も捨てきれない。

 『ベッケラート要塞』を空けるのは悪手とすら思えるのだが――


「その点なら案ずるな。先日の奇襲の件もあり、明後日にでも増員がこの要塞に到着する」


「は? そ、そんな話は聞いてないわよ……!?」


「それはそうだ。増援に来るのは王都近衛兵たちで、決まったのは昨日であるからな。今頃、全速力で馬を駆っている頃だろう」


「お、王都近衛兵って女王直轄の護衛兵団じゃない! 女王を守るのが仕事の奴らなのに、どうして……!」


「その判断も含めて、全て女王陛下が独断で決定したらしい。いやはや、あのお方は本当に恐ろしや、恐ろしや……」


 ローガン騎士団長は顎髭を撫で、言葉とは対照的に愉快そうに笑う。


 しかし女王陛下が……。

 とんでもない才女だって話は聞いてたけど、これは想像以上かもしれないな。


「……とはいえ、流石に『ヴァイラント征服騎士団』を全員連れて戦場に行くわけにもいかん。そこで……オスカー殿、そして――ギルベルト。お主たち二人に一部部隊を預けようと思うのだが――やってくれるな?」


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