第16話 第二位の帰還


「よし、いい感じだ。そのまま打ち込んでこい」


「言われなくたって……! ハァッ!」


『ベッケラート要塞』の訓練場で、俺とリーゼロッテは稽古に勤しんでいた。


 『マムシ』という工作兵たちの奇襲からは既に十日間が経過。

 魔術師が献身的に治療してくれたお陰でリーゼロッテの怪我も完治し、こうして無事に復帰している。

 要塞の復興もほとんど終わっているが、それでも爆破された監視塔なんかはまだ修復中。

 完全に元の形に戻るには、まだもう少し時間がかかるだろう。


「よし、そろそろ休憩にしよう。怪我が治ってから初めての稽古なのに、よく動けるじゃないか」


「あ、当たり前よ……! またいつ要塞が攻撃されるかわかんないし、アタシはアタシで、早くアンタに追いつかなきゃいけないんだから……!」


「それだけの心意気があれば、俺になんてすぐ追い付くよ。心配ない」


「……アンタが言うと、嫌味にしか聞こえないわね」


 肩で息を切るリーゼロッテは、ジトっとした目で俺を見てくる。

 うーん、真面目に励ましたつもりなんだけどなぁ……。


「いや~、精が出るねお二人さん。やっぱ若いって素晴らしいなぁ!」


 そんな俺たちの稽古を、呑気に座りながら眺めていたデニスさん。

 この人も、こんなナリで『ヴァイラント征服騎士団』の第五位ナンバーファイブという実力者だ。

 いや、こんなナリとか言っちゃ失礼か……。


「ちょっとデニス、アンタも少しは参加しなさいよ」


「冗談よせやい、お前らみたいな化物との訓練になんて交ざれるか! 俺は自分の部屋に戻らせてもらうぜ!」


「デニスさん、死ぬんですか?」


「あ、伝わった? お坊ちゃん、やっぱりジョークがわかる人ねぇ」


 ハハハと笑い合う俺とデニスさん。

 いやー、面白い人だなぁ。


「……なんだろう、なんかアンタたち見てると無性にムカついてくるわね」


「武人の行き着く果ては明鏡止水、こんなんでイラついてたら先は長いぜ? あ、よっこらせっと」


 デニスさんは得物である斧槍ハルバードを持ち、立ち上がってパンパンとお尻の砂をはたく。


「そういや聞いたかい? 数日前、アシャール帝国からルーベンス王国に正規の宣戦布告がなされたそうだ」


「勿論聞いたわよ。王都じゃ大騒ぎだったらしいけど、今更って感じよね」


「無理もねえさ、王都の奴らは戦場から離れ過ぎてるんだ。それとローガン騎士団長とこの要塞を救ったお坊ちゃんは英雄扱いで、凄い人気になってるってよ」


「俺が、ですか?」


「羨ましいねぇ、俺も人生一回くらい女の子からキャーキャー言われてみたいぜ」


「無理じゃない? アンタ、カッコよくないし」


「ふぐぅ!?」


 胸に見えない弓矢、いや槍が突き刺さるデニスさん。

 彼だって十分カッコいい顔をしていると思うのだが……。


「そ、それより! コイツは今日俺が仕入れたビッグニュース! なんとな……ベルグマイスター公爵家の当主、ヨハン・ベルグマイスターが『ジークリンデ要塞』の司令官に就任したそうだぜ」


「!」


 デニスさんの新情報に、俺は流石に驚きを隠せない。

 ――知らなかった。

 父上が――ヨハンが、『ジークリンデ要塞』の――?


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 『ジークリンデ要塞』って、この『ベッケラート要塞』と並ぶ国防の要じゃない! そんなところに、オスカーを追放した奴が……!?」


「みたいだな。噂じゃあ跡取り息子も連れていくんだと。たぶんそろそろ現地入りするんじゃねぇの」


「……」


「俺はヨハン公爵のことをよく知らないけど……どう思うよ、お坊ちゃん?」


 ――嫌な予感がする。

 初めに思ったことはそれだった。


 あの人に戦いのイロハなどわかるはずがない。

 わかることといえば、せいぜい身を守る魔術のことくらいだろう。


 最悪の事態にならなければいいが……。

 いや、兄上が――アベルがいるなら、大丈夫……なのだろうか……。


 どうしても背筋がザワザワする感じを覚える俺。

 そんな時、



「ほうこ――くッ! 『ヴァイラント征服騎士団』第二位ナンバーツーの騎士、ギルベルト・バルツァー様、ご帰還ッ!」



 要塞入り口を監視する衛兵が、声を大にして叫んだ。


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