第15話 一難あって今度は百難
『ジークリンデ要塞』へと向かう兵士と馬車の列。
その中でもひときわ豪勢な馬車の中で、ヨハンはガタガタと歯を震わせていた。
「な、何故なのだ……どうしてこのワシが辺境の、そ、そそそそれも最前線などに行かねばぁ……!」
円卓会議でエレオノーラ女王より〝『ジークリンデ要塞』司令官〟の肩書きを任されてからというもの、ヨハンはずっっっとこの調子だった。
エレオノーラ女王から直々に指名を受けたとあっては、断るなど言語道断。
円卓会議の場においてヨハンは「は、はひ……わかりまひた……」と答えるしかなかった。
とはいえ、これは本来とても名誉なことであってチャンスでもある。
もし司令官という役職をしっかりと勤め上げ、アシャール帝国の攻撃を退けることができるなら、彼の出世は約束されている。
きっとエレオノーラ女王からも大いに賞賛され、認められることだろう。
――なのだが、そんな思考に頭が向かないのがヨハンという男だった。
だからこそオスカーという息子を追放してしまったのである。
「せ、せせ戦争じゃと……!? そんなもの、ワシはなにもわからんぞ! ベルグマイスター家は、代々魔術をお国に役立てるのが使命であって……なのにぃ……どうしてぇ……!」
「父上、お気を確かに!」
同じ馬車の中には、長男であるアベルの姿もある。
元々アベルは王都に残ろうとしていたのだが、ヨハンがそれを許さなかった。
「アベル! ワ、ワシはどうしたらいい……!? ワシは死にたくない! 戦争で死ぬなど、貧乏人だけで十分だろう! そんなの下賤な兵士共だけ殺されておればいいのだ!」
「まだ父上が死ぬと決まったわけではありません! それに敵が襲撃をかけたのは『ベッケラート要塞』の方、我らの行く『ジークリンデ要塞』はきっとまだ安全なはず……!」
「も、元はと言えば、貴様がオスカーを『ベッケラート要塞』などに送ったのが原因ではないか! ただ追放だけしていれば、あの役立たずが英雄呼ばわりされることなどなかったのに……! そうだ、お前のせいだ!」
「なっ……!」
そんなの、お前が追放するって言い出したのがそもそもの発端だろうが、このバカ親父。
――アベルは内心でヨハンを罵倒する。
実は元々、アベルは実父であるヨハンをかなり見下していた。
私腹を肥やすだけ肥やしておいて、それなのに魔術の才能は自分よりも下。
しかも頭も悪い。まるで豚かなにかだ。
なぜこんなクズが自分の父なのか?
ベルグマイスター家当主を継いだら、さっさとこいつも追放してやろうと思っていたのに……!
心の内で怒りを燃やすアベル。
だがそれを口に出すことは許されない。
そんなことを少しでもすれば、ベルグマイスター家次期当主の座が危うくなるからである。
だが二人がそうこうしている内に――馬車は無事『ジークリンデ要塞』へと到着した。
馬車の御者が二人を覗き込み、
「だ、旦那様、『ジークリンデ要塞』に到着致しましたが……」
「嫌じゃ! ワシは降りん、降りんぞ!」
「し、しかし……」
「……父上、ここで姿を見せねば兵士たちから不審に思われます。その評判は巡り巡って必ずエレオノーラ女王のお耳へ入るはず……それでもよいのですか?」
「ひ、ひいぃ! それも嫌だぁ!」
もうわけがわからなくなって、ヨハンは馬車から飛び出す。
すると、そこには出迎えの騎士たちの姿が。
「お待ちしておりました、ヨハン・ベルグマイスター殿下! 此度の司令官就任、誠にお祝い申し上げ――!」
「お、お前らはワシの命を守れ! ワシだけ無事なら、あとは何人死んでもかまわん! ワシに傷一つでもついたら、貴様ら全員処刑だ! いいか!」
ヨハンは出迎えの騎士に掴み掛かり、開口一番に言い放った。
それに対し、騎士は流石にポカンとする。
「は……い……?」
「…………アハハ、申し訳ない騎士殿。父上は少々お疲れなのだ。後日再び就任挨拶をする故、ひとまず寝床を用意してはくれまいか?」
――あーあ、やっちまったよこのバカ。
この時、アベルのヨハンに対する親愛の類は全て、完璧に、完全に消え失せる。
もうどれだけ手早くこの豚を始末するか――アベルの思考は既にそれを考え始めていた。
こうして、ヨハンの司令官就任初日は最悪の形で終わろうとしていた――のだが、
「ほ――――報告! 報告でありますッ!」
非常に慌てた様子で、一人の衛兵が駆け付けてくる。
「なんだ! 今は新司令官の出迎え中であるぞ!」
「も、申し訳ありません! ですが……要塞の遠方に、アシャール帝国軍を発見致しました! 隊列を組み、こちらに向かってきております!」
「な……に……? 数は!? 如何ほどだ!?」
「か、か、観測手からの報告によると……その数――――およそ10万ッ!」
――アシャール帝国の大軍、兵数約10万。
それは『ジークリンデ要塞』を守る兵数の、実に5倍に上るものだった。
衛兵からの報告を聞いたヨハンは――
「う……う……ううううううううわわわわわわわわわわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
絶叫する。
こうして、最悪な形で終わろうとしていた彼の司令官就任初日は――さらに最悪になろうとしていた。
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