第14話 戦場送り


 ――『ベッケラート要塞』での出来事より、三日後。


「……ルーベンス王国を代表する諸侯貴族たちよ、アシャール帝国が我が国へ宣戦布告した」


 ルーベンス王国の王城、リューデル城に集まった貴族たちに対して、王から最初に放たれた言葉はそれだった。


「な、なんと!」


「ではやはり『ベッケラート要塞』が攻撃を受けたという噂は……」


「うむむ、アシャール帝国の蛮族どもめ……!」


 円卓会議に集まる貴族たちはザワッとどよめき、思い思いの言葉を口にする。

 〝宣戦布告〟の一言がどれだけ彼らにとって衝撃だったか、推して知るべしだろう。


「やかましいぞ」


 王が一言呟く。

 その瞬間、集まった貴族たちは背筋を凍らせて一斉に黙った。


 王の言葉は絶対。

 もし少しでもその言葉にそぐわぬ態度を取ればどうなるか――貴族なら誰もが知っているのだ。


 そんな絶対的な権力を持つ王は――若く、そして美しい。

 金色の長い髪と宝石のように蒼い瞳、そして琥珀のように白い肌。

 精巧とすら言えるその顔立ちと、しかしそれとは裏腹に他者を圧倒する王の風格と恐ろしさを併せ持った傑人。


 この人物のこそ、ルーベンス王国を統率するエレオノーラ・アンネ・ルーベンス。

 ルーベンス王国の民は彼女をエレオノーラ女王――女王陛下と呼ぶ。


「ルーベンス王国とアシャール帝国が戦争になるのは、所詮時間の問題であった。なにを今更喚いておる」


「し、しかし女王陛下、アシャール帝国は周辺国家とも同盟を結んでおります。此度の戦は、他国を巻き添えにした全面戦争になりかねませんぞ」


「それがどうした?」


「なっ……」


「踏み潰せ。我が領土に土足で踏み入るならず者を、ことごとくだ。私はそれができるだけの準備を国に整えさせ、今日という日を迎えた。まさか貴君ら……私が酔狂で国策を進めていたとでも思っていたのか?」


「「「…………」」」


 黙りこくる貴族たち。

 ハッキリと言えば、この場にいる貴族の多くは戦争のことなど頭になかった。

 ほとんどが私腹を肥やすか地位を高めるか、そんなことばかり考えていたのだ。

 そして――そんな中に、あのベルグマイスター公爵家の当主もいた。


「ヨハン・ベルグマイスター公爵よ」


「は……はは! なんでございましょう女王陛下!」


「『ベッケラート要塞』の件、騎士団長の命を救い敵の工作兵を生け捕りにした者の名はオスカー・ベルグマイスターと言うらしいな。確か貴君の次男坊であろう?」


「はっ…………は……? え……?」


 エレオノーラ女王から出たその名前に、ヨハンは我が耳を疑う。

 ヨハンは『ベッケラート要塞』を救った英雄がオスカーであることなど、まるで知らなかった。


「オスカーは実に見事な働きをしてくれた。もしあの要塞が落とされローガン騎士団長が失われていれば、我が国には手痛い打撃となっていたであろう」


「も、ももも勿体ないお言葉っ、恐れ多いことにございます!」


「オスカーにはいずれ私から直々に褒美を取らせる。ところで……なぜあのような辺境に、貴君の次男坊がいたのだ?」


「そ、そそそれはええと……そう! ち、近頃我がルーベンス王国は隣国との小規模な戦闘が続いておりました故、いつ周辺諸国を巻き込んで大きな戦乱になるやもわからぬと……万が一を思い、息子を送っておいたのです!」


 それはオスカーが追放される時、父であるヨハンに忠告した言葉。

 自分が追放した息子の言葉をそっくりそのまま復唱するという、事実を知る者にとって滑稽極まりない姿だった。


「ほう……それは、貴君が、自分で、考えたのか?」


「も、勿論でございます! 私とてルーベンス王国を想う民の一人ですので……」


「…………それはよい心掛けだな。ならばこうしよう」


 エレオノーラ女王は、円卓の中央に置かれた戦略地図の一点を指差す。

 戦略地図に描かれた辺境の辺境――ルーベンス王国とアシャール帝国の国境線上、『ベッケラート要塞』と並ぶ国防の要である『ジークリンデ要塞』の場所、その一点を。


「ヨハン・ベルグマイスター公爵、貴君を『ジークリンデ要塞』の司令官に任命する。その聡明な頭脳と行動力を、ぜひ戦場の最前線・・・・・・で発揮してくれ給え」


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