第10話 処刑


「いやはや……ワシも歳を取ったものだな……」


 ローガン騎士団長は額から血を流し、全身に怪我を負った状態で呟く。

 その両手は縛られ、身動きが取れない状態だった。


 さらに彼の周囲には、全身を紺色の衣と頭巾で隠した工作兵たちの姿。

 この工作兵たちは『マムシ』と呼ばれる暗殺・破壊工作専門の部隊で、アシャール帝国の中でもその残虐性を恐れられた者たちである。


「ウヒヒ……そうだなぁ、お前が老いぼれてくれたお陰でぇ、俺たちも楽が出来たぁよ」


 工作兵の中で唯一顔を晒した男が、下卑た笑い声で言う。

 ガリガリに痩せ細った身体と極端な猫背、まるでドクロを思わせるその風貌は不気味なことこの上ない。


 この男の名はブリアック。

 今回の潜入作戦における部隊の隊長であり、ローガン騎士団長を捕らえた実力者でもある。


 ブリアックと彼率いる工作兵たちに敗れたローガン騎士団長は、『ベッケラート要塞』の中央広場までやって来ていた。

 この広場には――使われなくなって随分と久しい、錆びれた〝処刑台〟があった。


「しかしなぁ、『ベッケラート要塞』にこんな処刑台があるなんてラッキーぃ。コイツぅ、まだ使えるかなぁ?」


「……殺すならさっさと殺せ。どうせこんな老人一人死んだとて、『ヴァイラント征服騎士団』はどうにもならんぞ」


「ウヒヒ、謙遜言っちゃいけないよぉ。お前が死ねば、ここの連中が統率を失うのはわかってるんだぁ。現にお前、自分の後継者を騎士団の第一位ナンバーワン第二位ナンバーツーどっちにするのか、決めてないんだろぉ?」


「……」


「それに今は、ちょうど第一位ナンバーワン第二位ナンバーツーがどっちも留守だもんなぁ。こんな隙を作っちゃうなんざ、やっぱお前は耄碌もうろくジジイだよぉ」


 そこまで調査済み、か。

 流石、この要塞を攻め落とそうとするだけはある。


 ローガン騎士団長は敵ながら天晴とは思いつつも、ブリアックの醜悪な性格に吐き気を覚えていた。


「お前にはぁ、どんな馬鹿が見てもすぐ〝死んだ〟ってわかる状態になってもらうよぉ。そうすりゃ兵士たちは大混乱! その後はちょちょっと切っ掛けをくれてやりゃあ、『ヴァイラント征服騎士団』は内輪揉めを始めるって寸法よぉ!」


「……そんなことにはならん。ワシはあやつらを信じる」


「なら地獄で見とくんだなぁ。さあさあ、楽しい処刑ターイムぅ!」


「――待ちなさい!」


 ブリアックがローガン騎士団長を処刑台に繋ごうとした時である。

 彼らの下に、一人の女騎士が駆け付けた。


「あぁん? お前確か……」


「リーゼロッテ! どうしてここに……!」


「随分と探したわよ、ローガン騎士団長。アタシが来たからには、もう好き勝手させないから」


 リーゼロッテは要塞のあちこちを走り回ってきたのだろう。

 両肩で息を切らし、腰から剣を引き抜く。


「あ~あぁ、思い出したぁ! 『ヴァイラント征服騎士団』の第三位ナンバースリー、リーゼロッテ・メルテンスだよなぁ! いやぁ残念、間に合っちゃったかぁ」


「騎士団長を放しなさい、この腐れ外道。でなきゃアタシが相手になるわ」


「よ、よせ! お前ではこやつに勝てん!」


「そうだよぉ? お前らの情報は全部集めてあるんだからなぁ。結構強いらしいけどよぉ、たぶん俺の方が強いぜぇ?」


「そんなの、やってみなきゃわかんないでしょ」


「いいねぇ、威勢のいい女はいたぶり甲斐があるってもんだぁ!」


 ブリアックは両手に備えた鉤爪状の武器を擦り合わせ、ジャギンジャギン!と金属音を奏でる。

 それを大きく振り被り、リーゼロッテへと襲い掛かった。

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