第4話 どうやら最強になっていたようです


「――――――は?」


 リーゼロッテは茫然とする。

 なにが起きたのか理解できない、といった顔で。

 そして宙を舞っていた彼女の剣が、背後の方で地面へと刺さった。


 ――ほう、流石は『ヴァイラント征服騎士団』の一員。

 あれだけ油断し切っていても、俺の一撃を反射的に剣で防いだか。

 もっともそのお陰で、剣が手元からおさらばしているが。


「……な、なに……? なにが……?」


「で、どうだ? これで俺の話を聞いてくれる気になったか?」


「ア、ア、アンタ、今なにを、なにをしたの……!?」


「なにって、見たまんまだろ。間合いに踏み込んでアンタの剣を弾き飛ばしたんだ」


「ば……ばばば馬鹿を言わないでッ! だ、だって今、アタシにはなにも見え……!」


 額にびっしょりと汗をかき、唇を震わせ始めるリーゼロッテ。

 

 まあ今のは、馬鹿にされた意趣返しとして不意を突いた形だからな。

 彼女が見逃すのも仕方ない。


 それにしても、今の一撃はよく防げたと感心する。

 今度は俺の方が彼女の実力に興味を持ってきた。


「ぐ、偶然! 今のは偶然よ! アタシが油断しただけで……そんなのあり得ない! もう一度よ!」


「ああ、いいぞ。俺もアンタの剣をもっと見てみたい」


 リーゼロッテは慌てて地面に刺さった剣を抜き取り、今度は闘争心を剥き出しにして構えを取る。

 先程とは打って変わってその剣の構えにはまるで隙がなく、それだけでも彼女の強さを証明していると言っていい。

 だが――そうであればあるほど、正面から打ち合ってみたくなる。


「さあ来なさい! 今度は本気で相手になってやるから!」


「いいね、なら俺ももうちょっと速く――」


 再び、踏み込む。

 そしてリーゼロッテの力を探るように剣を振り下ろし、振り払い、振り上げる。

 彼女も彼女で、それを上手くいなしていく。


 高らかに鳴り響く、剣と剣が噛み合う金属音。

 だがこんなのはまだまだ小手調べ。

 きっとリーゼロッテも、まだ全然本気なんかじゃ――


 ――ギィン!


「……あれ?」


 また、彼女の剣が宙へと弾き飛ばされた。

 金属の残響が虚しく木霊し、剣が地面に落ちる。


「あ……あぁ……!」


「えっと……あの……俺なら大丈夫だから、もうちょっと本気というか……真面目にやってくれていいぞ?」


「う、ううう嘘よ…………嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ…………こんなことあり得ない……! アタシは『ヴァイラント征服騎士団』の第三位ナンバースリー、リーゼロッテ・メルテンスなのよ……!? こんなの、なにかの間違いに決まってる……!」


 リーゼロッテはブツブツとなにやら独り言を口にし、落ちた剣を拾い上げる。


「も、ももももう一度! さっきまでのアタシは調子が悪かっただけ! そう、朝に食べたパンの数が少なかったせいで! 今、この瞬間から、超本気でいくわ! 完全に本気よ!」


「お、おう……なら今度は、そっちからかかってきてくれ」


「言われるまでもないっての! このリーゼロッテの剣は素早いわよ! 喰らえッ!」


 思い切りよく踏み込み、斬りかかってくるリーゼロッテ。

 今度は俺が彼女の剣をいなしていく。

 ……うん、なるほど、確かに動きに無駄がない。筋もいいし隙も少ない。


 だが……口で言うほど速くはないかな?

 なんなら遅いくらいだと思う。

 俺でも完全に見切れてしまうくらいの遅さだ。


 これが、あの名高い『ヴァイラント征服騎士団』の実力なのか?

 それこそあり得ないと思うのだが……。


「……やっぱり手を抜いてるよな? それとも具合が悪いとか……無理しない方が……」


「うるさい! うるさいうるさい! このアタシが貴族になんて、負けるワケない! そっちこそ本気を出せ! この私を舐めやがって――!」


「……本気、でいいのか? だったら――」


 そこまで言うのなら、と俺は剣を持つ手に力を込める。


 ――一瞬、一瞬だけ本気で剣を振り抜く。

 その刹那、リーゼロッテの剣が真っ二つに切断された。

 剣身の真ん中から、まるで紙切れのように。


 その直後――俺は剣の切っ先を、彼女の首へと突き付けた。


「――これが本気、なんだが」


「う……あ……あぁ……っ」


 地面に尻餅をつき、もはや言葉が出ないとばかりに口をわなわなと震わせるリーゼロッテ。


「ま……負け…………負け、ました……。アタシの、負け、です……」


 彼女はそのまま茫然自失し、がっくりと頭を垂れる。


 ……あれ? 勝負あり?


「え~っと……どうしよう?」


「――素晴らしい腕前、感服致しました」


 パチパチパチ、と背後から鳴り響く拍手の音。

 俺が振り向くと、そこには一人の老騎士の姿が。


「まさかあのリーゼロッテが負かされるとは、長生きはしてみるものです。――さてさて、あなたのことをお待ちしておりましたよ、オスカー・ベルグマイスター殿」

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