第2話 辺境へ
ベルグマイスター家を追放された俺は何日間も馬車に揺られ、ようやく北端の辺境までやってきていた。
今俺の手元にあるのは屋敷の自室から持ってきた最低限の荷物と、これまで剣術の鍛錬に使ってきた一本の剣だけ。
なんとも侘しいものだ。
とはいえ、あの屋敷で冷遇されながら飼い殺しにされているよりよほどいい。
さて、これからどうなるものやら……。
兄上――いや、アベルの奴は俺が『ベッケラート要塞』で預かりの身となると言っていたが、おそらくそれは食客になるという意味ではないだろう。
アベルは性格こそ捻くれているが、今のルーベンス王国が置かれている状況事態は理解しているはずだ。
ルーベンス王国は、いつ戦争になってもおかしくない。
もしそうなれば、一番始めに血が流れるのは北――俺が向かう『ベッケラート要塞』なのは間違いないはず。
そんな場所へ俺を送るのは嫌がらせが九割で、残り一割は自分がベルグマイスター家を継ぐにあたって万が一の憂いを絶つため。
つまるところ、アイツは俺に死んでほしいのだ。
それもできるだけベルグマイスター家が無関係な風を装って。
戦争が起こっちゃったなら仕方ありませんよねー、的な感じで。
如何にもアイツの考えそうなことである。
……ま、なるようにしかならないか。
考えても仕方ない。
俺がそう思っていると、
「お客さん、着きましたぜ。ここが『ベッケラート要塞』でさぁ」
馬車を走らせていた御者が、俺に向かって言う。
それを聞いて俺が前方を見ると、そこには巨大な城壁が。
驚くほど高い石の壁と無数の兵士が監視しており、この場所が如何に堅固に守られているがわかる。
要塞全体の広さも半端ではなく、これはもう小さな城郭都市とも呼べるだろう。
――と同時に、城壁の入り口付近にはなにやら大勢の人の姿が。
さらに、その誰もが剣や槍などの武器を携えている。
「なんだか、随分人が集まってるみたいだが……」
「ああ、あれは『ヴァイラント征服騎士団』への入隊を希望する奴らですよ。このところ国中から兵士を募集してるみたいですわ」
『ヴァイラント征服騎士団』――名前は聞いたことあるな。
北部国境線を守る辺境の騎士団で、国家防衛の要だとか……。
噂じゃ相当な手練れの集まりで簡単には入れないと聞いていたが、そんな奴らが兵士を募集するというのは大きな戦争を見越してのことだろう。
なるほど、その危機感をちゃんと持っているのは指揮官が有能な証拠だ。
馬車から降りた俺は城壁の入り口へと向かうと――一人の女騎士が大声を上げた。
「いい!? アタシたち『ヴァイラント征服騎士団』への入隊を希望する者はこの列へ並んで! この後城内にて入団試験が行われるわ! 実力ありと自負するならば、誰でも歓迎するわよ!」
長い金髪を結わえたその女騎士はまだ若く非常に整った顔立ちをしており、鎧をまとっていなければ貴族の娘にでも見えてしまうだろう。
だがその声や立ち振る舞いからは明確に騎士の威厳が感じられ、彼女も『ヴァイラント征服騎士団』の一員であることを知らしめている。
俺は彼女へと近づき、
「あの、ちょっといいか?」
「え? なによ、アンタも入団希望者なの?」
「いや、今日から『ベッケラート要塞』で預かりの身となる者なんだが、誰に問い合わせればいいかわからなくてな……キミに聞いてもいいか?」
「なんですって? そんな話は聞いてないわよ。アンタ、名はなんていうの?」
「オスカー、オスカー・ベルグマイスターだ」
「! ベルグ……マイスター……?」
俺の名を聞いた女騎士は、途端に表情を強張らせる。
ア、アレ……? 俺、なんか変なこと言ったか……?
「……ベルグマイスターって、あのベルグマイスター公爵家の姓で間違いない?」
「あ、ああ。一応そうだけど……」
もっとも、もう追放されて縁は切れたけど。
などと俺が言うよりも早く「チッ」と彼女は舌打ちする。
「ここは貴族なんかが来るような場所じゃないの。国のために血と汗を流す兵(つわもの)がいるべき場所よ。わかったなら早々にアタシの前から消え失せて」
「いや、そう言われても……」
「目障りだと言ってんの! 貴族と話す舌なんか――! ……あら、待ちなさいよ? アンタ、その腰に下げた物はなに?」
「え? そりゃ剣だけど……」
「へえ、そっかそっか。剣の覚えがある貴族様ときたか。ならば……権利をあげるわ」
「け、権利って?」
「この『ベッケラート要塞』で預かりの身となる、と言ったわね? ならば入団試験を受ける権利をくれてあげる。今日はアタシが採用教官を務める日なの。話を聞いてもらいたくば――このリーゼロッテ・メルテンスに一太刀入れてみなさい」
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