第122話 『虫のような良くない魂を持った性悪女』
何だこの言葉は? と男は自分自身の声に驚くも言った後は、確かに自分はこう思っていたと自らを納得していると、闇が鼻で笑った。
「おっも! 重いからもうやめてよ。それってあれ?頑なに昔の風習を護るっていうの? 時代錯誤だな。それを持ちだしたらツィロと結婚した僕はとんでもないふしだら女になるじゃんか」
「若年の寡婦は駄目だから女の場合は特に問題はなかったかと」
「頑迷な保守主義者! あのね、その感情はただ君が他の女を知らないからにすぎないんだよ。君は昔から僕以外の女と仲良くしなかったからね」
男は思い出す。村のいた同年代の娘たちが……全員ツィロや他の男たちと仲良くやっている場面を。
「お前がいたからかな」
「そんな甲斐甲斐しい娘はもうどこにもいないよ。だから君は探しに行かなきゃ」
自然と男の口からため息が吐かれ蝋燭の火が揺らめくと喜ぶように何故か燃え盛った。その情けない呼吸に男は自己嫌悪に陥り半ば吐き捨てるように言った。
「東に行ったら俺のことを構ってくれる女がいるとでも言うのか?」
「なにその受け身? 君の方から行くんだよ。できるでしょ? 山の下の世界でふしだらな女と爛れた生活を送ってそうだったじゃないか」
「誰が送ってるんだそんな生活を。でもまぁお前の言う通りだ。東に行ったら探すとするか」
そうすればいいよとの声が聞こえるかと思ったら、男の耳には沈黙が聞こえてきた。
闇の沈黙はこれまで度々あったがその沈黙の音は、いつもと違うものであった。突然髪を揺すぶり乱れる音が聞こえてきた。首を振っている?
何故いまその動作を、と思う間もなく沈黙は破られた。
「……東か。ああ心配だな君の将来が。だって東だろ、東の女。想像を、絶するね。ただでさえ外の女って質の悪いのしかいないって聞くのに、ましてや東となったらどんな悪いのがいるか分かったものじゃないな。文化や考え方が違うだろうし、なによりも君が騙されたらこっちも困るからちょっと困るな」
「そこまで心配することは。俺は東の女と何度か話したがみんな親切で」
「もう騙されちゃってるよ。その女は異国の人だから優しくしているだけだし、ほら君ってそんな顔してるのに優しくて甘そうだから。虫のような良くない魂を持った性悪女がその匂いをすぐに嗅ぎ付けてつけ込んでくるわけだよ。心当たりはあるだろ?」
「まぁ一度詐欺みたいな目に会いそうになったけどアリバさんに助けてもらったな」
「ほらやっぱりそうだ。そうだよ気をつけなよ。君は女に好かれるタイプでは全然ないんだから。近寄って来る女は駄目だし、君から近寄ってもきっと変な女にぶつかるから、よした方が良いね」
なんだ急に逆のことを言いはじめてと男は闇に目を凝らしてみると微かに金色の瞳の光りが闇にぼやけて見えた。
何故いまその眼で俺を見るんだ。
「じゃあどうしろと? 言っていることが滅茶苦茶だぞ。女を探せ、されども関わるなって分けがわからないぞ。だいたいそこまで干渉される筋合いはもうないだろ」
「そんなことないよ。ほら僕たちの関係からするとね」
「もう無関係だとさっき言ったような」
「どうしたの? そんな細かいことを気にしだして。らしくないよ。とにかく!」
金色の瞳が強く輝き男の身体を竦めさせた。ここで使う力ではないだろうに。
「女ならツィロとアリバさんに頼めばいいよ。山かこの付近の地に足がついたちゃんとした性格の女をね。君は縁ができたらどれだけどうしようもない女でも全力で守るだろうからさ。そんな君を見るのは忍びないし君だって不幸になる。そういうことは防がないとね、ほら義兄妹なんだし」
「こんなときだけ妹面とは、ずいぶん都合がいいな」
口だけが利けたので声にして言うが女は無視した。
「もちろん本人の意思を至極尊重するけれど、君はどんな女が良いんだいフッフッフッフッ」
僕だろ? と笑い声がそう空耳に聞こえたので男ははっきりと言った。
「お前と違うタイプ」
笑い声は大きくなり違う声も聞こえてきた。嘘つきバレバレ何意地張ってんの?
「馬鹿だなぁ君は」
これは本当に聞こえた。
「僕と違うタイプだって? そんなの全員だよ全員。義妹で幼馴染で婚約者とかどこにもいない存在だよ。君がこれから出会うのは相手のことを何ひとつ知らない新しく出会う他人だけだ。それしかいないんだからね。そんな中から君はどういう人がいいなと聞いているんだよ」
もう一度男はため息をついた。無意識に出てからそして意識的に深く吐き続けた。
そのことを少しでも考えないように、と。
「いいよ。お前以外ならみんなそれほど差はないだろ」
闇の果てから長いため息が流れてきた。似せようとしているが似ていない物まねであるものの、なにかを隠している響きがそこにあった。
「駄目だよ投げ遣りになっちゃ。自暴自棄でいると悪い女に取憑かれるよ。君ってそんな顔しているしさ」
「どんな顔だよ。もういいだろこの話題は。俺にはもともとそんなこと興味は無かったんだからさ」
「まぁいいか。じっくりと考えてもいいだろうね君は先が長いしもっとあとになってでもいいしね」
……君は? と男は言葉に引っかかったが女が小さな声で聞いてきた。
「……書ける?」
言われてみて、そうだ自分の手が動かず書けなくなったからこんな話題に転がってしまったのだと思い出し、男は息を吸い手から指先へ力を込め筆を動かすと、激しく筆が紙の上を走り自動の如く女の言葉を紙に綴りだした。
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