第11話 私が話したと言いたいのですか?
「昨日はどうだったのさ隊長さん」
倉庫にて保存食のために果実を干す作業をしている最中に下の方からキルシュが話しかけてきた。怪しい声色、とジーナはこれまでの経験からそう感じ取った。
「隊長のことですからさぞかしご活躍をしたでしょうねー」
これ以上に無く最悪だったと言うこともできずにジーナはありきたりなことを述べると、キルシュの三白眼が細長い三日月になる。
これはきっと何かを企んでいる。
「ハイネとは会った?」
だいたい読めてきたとジーナは分かりだした。こいつとあの子は友人で、となると昨日のあれはきっと筒抜けで……いや、きっとあの子なら秘密を守ってくれるはず、と。
だ がその根拠のない自信がジーナの胸に訪れた途端に崩れる。
「何処でお会いしましたかぁ?」
これは駄目だキルシュは全てを知っている。こいつは朝に龍の館に仕事で行きハイネさんと会いお喋りをしそして彼女からあの話を……
「あの大広間だけれどそんなことよりもキルシュ。お前は私に何か頼みたいことでもあるんじゃないのか?」
面倒な探り合いもドツボに嵌るのも両方嫌なので、ここはキルシュの狙いに自ら掛かりに行くとその三日月は開かれ満月となって輝いた。
「さすがは解放戦線随一の戦士!私の見込んだ通りの御方だよほんとーにさぁ。あのねぇ実は龍の館で午後から緊急の仕事が入ったんだけど、実は私は午後からデートなんだよー」
「ブリアンにその役を任せればいいんじゃないのか?」
「恍けないでくださいってば。相手を代役に行かせたらあたしは一人デートというわけのわからないことをする羽目になっちゃいますって。っでお分かりでしょうが、隊長、私の代わりに午後から龍の館に行ってくださいな」
確実に了承が得られることを前提とした物言いにジーナは溜息をつく。
昨日あんなことがあったばかりなのにどうしてこんなことに。
「私じゃないと、駄目なのか?」
「隊長でないと、駄目」
本当になんでという顔をするとキルシュは説明しだした。女の同僚は全員先約か仕事が入り、男の知り合いで龍の館に入れるのは隊長だけである、と。
「私の予定があったりとか考えないのか?」
「隊長の予定とか訓練や今のような雑用だけだから後日に回せるはずだよ。他の兵隊と同じように遊び歩いていればこちらも遠慮ができるけど、働いているんだからねぇ。それにほらいいじゃないです!龍の護衛として今日も頑張れば龍への御信仰もお生まれますよって。いまは武勲よりもそちらのほうの勲章を得た方が良いですって。ほらハイネもいますよハイネも」
そういうとまたキルシュは変な顔をしてこっちを見たのでジーナは顔を背けた。
彼女はいったいどこまで話したのだろうか。
「分かった午後から行くとするが別に私とハイネさんの間には何も無いぞ」
「フフッそう言うと思ったけどお気をつけね隊長。あの子ってすごく男の人にモテるタイプだからさ」
意味深でよく分からなかったがジーナは再びキルシュに着付けを手伝ってもらい昨日と同じく館周辺の長い塀沿いを歩いた。
昨日のことであるに随分と昔のことのような妙な気分のまま門へ近づくと会釈と挨拶と共にすんなりと開かれる。
私に対してもっと警戒しもっと抵抗した方が良いというのにどうして?
もっと勘を働かせたどうだろう?
何故全てのものは自分をここに入れたがるのか?
絶対に入ってはいけない存在、まつろわぬ存在であるのにと。
ジーナは不条理感で心が満たしながら表の庭へと向かう。その広い庭には幾人もの人たちが忙しそうに作業をしていた。
緊急に庭整備をする理由とはいったいなんなのか?
様子を伺っているとすぐさま向うから駆けて来るものがいる。
見覚えがあると言っても昨日初めて会ったというのに、ずっと昔からの知り合いとかといったどうも心理的な距離感が狂った感じになるなと、その娘の顔を見ながらジーナはそう思った。
「いいところに来てくださいました。いま大きな石を動かしますから一緒にどうか」
ハイネはジーナの手を強く握り引っ張っていく。
決して逃がさないという意思の力も感じながらジーナは何も言わずに大人しくついて行き、二人してあちらこちらにある石の塊を運んだり整地したりといった作業をし、ようやく一段落がついた時にやっとハイネが座りその隣に座った。
「ありがとうございました。助かりましたけど、ところでジーナさんはどのようなご用件でこちらに?」
この人はそれを今更聞くのか?とジーナの筋肉質な脳みそはまずそう思うも、きっと悪気はないのだろうなとその無邪気そうな顔に免じて負の感情を引っ込めた。
だがこの子は昨日の件をキルシュに喋ったせいで、自分がここに来る羽目になってと複雑な感情が頭を渦巻きくも穏便な返事をすることにした。
「その、キルシュに頼まれてね」
「えっ!あの子デートに行くための方法があると言っていたけれど、それってジーナさんに代役を頼むってことだったのですか?どうした引き受けたのです?」
そんなのは君があのことを教えたからであって……とジーナはこれもまた呑み込み抑え込んで遠くを見ながら呟いた。
「まぁ……どうしてもと言われてね」
「まったくあの子ったら。ジーナさんも良い人過ぎですよ。時々キルシュは私に言うんですよ、ジーナ隊長は戦場以外ではちょっと気が抜けていて優しくて都合がいいって。こういう休み方はよくありませんし、私からも言っておきますからジーナさんもあまり言いなりにならないように気を引き締めないと」
釈然としない気持ちが胸に広がり文句の一つも言いたくなったのかジーナはまた目を合わせずに空に向かって言った。
「とは言うけど昨日のことをばらすぞと臭わされたら、ちょっと従わざるを得ないな。ハイネさんも話すのが早すぎる」
今更文句を言っても仕方がないけどなと思いながらジーナは薄ら色な青空に流れていく雲を眺めながら反応を待つも、何も返ってこない。
笑ってごまかしたり冗談交じりにごめんなさいと来るのを待つが、隣からは無しか感じられない。存在というか気配が消滅している。
もしかして恥ずかしさのあまり怒ってどこかに行ってしまったのか?
それとも仕事を再開していてこちらの話を聞いていないのか?
雲はゆっくりと空を流れていくのをジーナは見るが、これを見てどんな意味があるのか?
まるで気まずさから逃げているみたいだなと思い直し、一度空気を吸ってから声を出した。
「あの、ハイネさん?います?」
やはり返事は無くジーナは秒を数えだしそれが三十を過ぎても反応がないことに安心した。
なんだいないのか。
さっきの発言はちょっと迂闊だったから聞かれなくてよかった、と思いながらようやく隣を見るとハイネがそこに座っていた。
しかも変貌している。肩にかかる黒髪は整っていたはずなのにどこか乱れ、揃えられた前髪は額が見えるように割れ、肌は幾分か青ざめ、そして赤みがかかた夕陽色の瞳は見開かれこちらを見つめていた。
たぶん、ずっと、いや間違いなくこちらの文句からこの状態で。
「私が」
時が戻ったかのようにハイネがからくり仕掛けの如く語りだした。
「話したと言いたいのですか?」
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