第8話 思惑の蠢き
囁き声で目覚めた。誠皇晋が茶髪の少年といちゃいちゃしている!――おまえ,そんなことする奴だったのか?! だが友を諫める資格などないと思いなおし,腕のなかに顔を埋めた。
肉が潰れ骨の砕ける音が耳に飛びこみ,軽い震動が伝わる。鉄扉がひらき,誠皇晋に呼ばれて牢を抜ける。誠皇晋のいた牢に例の少年が倒れていた。
溢樽祭のまえを誠皇晋は素通りするが,騒ぎたててやると脅迫されて鍵を投げてやる。爆睡する坊主頭をようやく起こして一緒に行こうと誘えば嬉しげに頷首する。が――獲物が逃げよるぞ! 奇声をあげられた。
堺が地下牢へおりてくる。
誠皇晋は身構えたが,その脇を擦りぬけて堺は坊主頭に駆けより飴玉を含ませた。静けさが戻る。
「自分と違うというだけで他者を排除する輩のほうがよほど正体が知れない。彼らこそ私にとってみれば宇宙人です」堺は恨めしそうに僕たちを見た。「行きなさい,早く――」
感謝と別れの言葉を述べて獄舎に挟まれた通路を急ぐが,ベートーベンのイメージされる髪を弾ませて既に階段上部を行く溢樽祭が,前方を向いたまま押しもどされてくる。
手下を従えて,銃を構えた極が階段を踏みしめてゆっくりおりてきた。
「ウィンウィンの関係だから臓器売買に賛成したんだ!」堺が叫ぶ。「無理やり奪うなんて私は反対だ!」
「無理やりには奪わないっしょ。オダブツにしてから奪えば抵抗されねぇしぃ?」極が顎をしゃくれば,手下どもが僕たちを包囲した。
「顧客を紹介しよう。各国の政治家や要人に顔がきくのさ」溢樽祭が白光りする揃った前歯を覗かせ,モデルみたいな口形で笑う。「味方につけておけば便利な男だよ。手を組もうじゃないか」
銃声が轟き,溢樽祭がふきとんだ。
「タケ! おい,タケってば!――」僕が抱きおこせば,溢樽祭は鮮血の流れる肩を押さえて薄目をあけた。
「こういう野郎が一番きれぇだわ」極が銃口に唇を寄せた。
堺が階上のメディカルセンターから医師をつれてくるよう手下に命じた。
やがて白衣にも顔面にも血飛沫を浴びた男がやってくる。右
僕の心は釘づけになった。
「人違いやあらへん。芥
医師は手際よく溢樽祭の手当てをしながら数々の質問を投げてよこした。その質問の内容も,流星運送社員のざわつきも,僕の耳を通りすぎ消えていく。
「副業でかかわった組織がお友達に怪我させたて知れてもうたら,仕事もらえへんようになってまうわ。殺し屋の本業あがったりや。組長に宜しゅうとりなしてくれへんやろか?……愛鶴はん……愛鶴はん?……あかんわ,怒ってはる――おまえら,どうすんねん!」
「この堺が全責任を負います。直ちに 曼珠沙華さんのもとへお詫びに伺います。あちらはうちにとってもそれはもう大事な取引先ですから――さあ,芥さん,お送りしましょう」
UFOに乗って東京を目指す。
こんなときまで溢樽祭は饒舌なのだ。それはこの諸島部に残る恋人たちの伝説だった。今でこそ分散する島々は,かつて一つの大きな島だった。島に不時着した銀河星生まれのゼーニーとアークは故郷への救助を要請し,遥かなる時を経て機運が到来する。しかし帰還できるのは1人だけだった。ゼーニーはアークを送りだし,恋人の迎えを信じて待ちつづけたという――昔,流刑地だったこの島に送られた罪人の悲恋譚が転化した伝説だろうと溢樽祭は語った。
昨日とは打ってかわって雪に鎖された下弦島の一角が崩壊し,雪塊の海になだれるさまが輸送機の照明によりうつしだされる。ゼーニーが足摺りしているようにも思われた。
河川敷に上陸し, タクシー代と
「何かあったら御連絡ください。あなたの御出座しをお待ちしておりますよ」別れ際に堺が告げた。
無言のまま誠皇晋と歩いていた。消防車やパトカーが道路を激しく行きかい,サイレンと半鐘が鳴りひびいていた。行きつけのコンビニエンスストアとカフェとの間にのびる通路に入る。きな臭いにおいにむせかえる――
通路に群衆が溢れていた。その延長上に夜空を赤く焦がしながら燃えあがる炎と強風に煽られ生きものみたいに変容する黒煙に耐えられず,倒壊する僕たちのマンションが認められた。
2人の友情を引きさこうとする何者かの思惑が蠢いていることを直感した。(終)
銀河星人の待つ孤島――惑乱の人➁―― せとかぜ染鞠 @55216rh32275
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