第3話 アーモンド型巨眼をもつ白銀男 

 港湾施設 の 案内窓口 によれば,数年前に朔夜島への連絡船は廃止されたという。満月島まんげつじままでフェリーで行って海上タクシーを雇えばどうかと提案される。

 腕っ節の強そうな男ばかりが疎らに乗ったフェリーで4時間かけて満月島へ渡る途中,誠皇晋が話をしようと努めたものの,乗客たちは応じなかった。

 島に上陸してから 海上交通役場 を ようやく 探しあてたが,タクシーで行けるのは上弦島じょうげんじままでだという事実を知る。粘りづよく交渉した結果,下弦島かげんじままでの特別運航が認められた。高額運賃に加え,法外な駐車料金を支払い四輪駆動を置いていく。

 小型船艇の動きはじめた数分後に朔夜島について問えば,運転手は黙っていろと荒い口調の返事をする。波と風のうねる音だけが聞こえている。

 4時間後,高波の打ちつける下弦島の埠頭に辿りつく。チップを出すや否や運転手は毟りとるように受けとり,天候の不安を言葉にしながら速度をあげて帰っていく。

 「下弦島漁港集会所」と表示される錆びた看板を掲げるプレハブ小屋に入る。土間部より一段高く設けられた四畳半のスペースに背を向けて横たわる誰かがいる。

 かわった身なりをしていた。細長い 身体に フィット する白銀のドライスーツを纏い,黄ばんだような白髪は臀部を優に越してほつれながらのびていく。ダイバーとも思えない……。性別は男に違いなかった。

 朔夜島への渡航に関する情報を求めるも,一向に反応を示さない男の態度に業を煮やし,誠皇晋は小屋内の詮索をはじめた。疾うに 14 時 を過ぎていたし,雪もちらついていた。

「セイノシン,勝手によしなよ」

 横たわる男が上半身を起こし顔を覗かせた。

 突起する横アーモンド型の巨眼の瞳が白濁しつつ爛々と輝いている。一言で表現するなら異様・・だった……

 以心伝心作用が働いてしまったのか,相手は恥じるみたいに項垂れた。申し訳ない気持ちになった。

「すみません……あの,朔夜島まで行きたくて焦っていまして。今日は諦めてこの島の何処かに宿をとったほうがいいかな。あちらにつくまえに日も暮れてしまうだろうから」

 いつの間に接近したのか,眼前に男が立っている。かなりの長身だ。幅はないが,背丈は誠皇晋より勝っている。

「ここに宿はない。人もいない。2年前に灯台守が死んで無人島になった」白みを帯びた唇がパクパクとひらく。口や喉で調音発声しているというより脳裏の神経に刻みつけてくるような声がわんわん響く。音声を受信しながら男の肩幅や胸囲のじわじわ拡張していくように感じるのは錯覚なのだろう……

「ここに泊めてもらえますか!」誠皇晋が言葉を挟む。「集会所なんだから,誰が宿泊しても支障ありませんよね!」

 男は,時折銀の乱反射をなす,霜のおりたみたいな乳白色の顔面の皮膚をぴくりと動かしもせず,僕のほうだけ見ていた。

「何だよ,無視かよ!」誠皇晋が挑発する。

「すみません――こちらの集会所で宿泊させていただけますか?」僕がかわりに頼んだ。

「宿泊はできない――熊が出て餌食となるから。引きかえしもできない――テンペストが来て難破するから」

「ということは?――」そう尋ねた僕に,男は頷く。「朔夜の島へ移動する」

 小屋の木戸が出しぬけに開放され一陣の突風が吹きぬける。目に飛びこむ木戸の向こうの光景に啞然とする。視界の半分は雪の降りしきる荒れくるう渦潮の海。ところが――もう半分は山吹色した陽光の注ぐ穏やかな鏡面の海なのだ。鏡面の海の遥か彼方に島らしきものが霞みつつ目視できる。

 男に指示されるまま小屋の裏手に停まるモーターボートに乗りこむ。ボートは音もなく海面を滑走し30分程度で朔夜島へと至った。

 朔夜島に飛びかう電磁波は自分に有害だからと,男は船をおりようとしない。そして迎えにくるので明日でも明後日でも用事を済ませたらこの場で待てと告げた。謝礼を渡そうとすれば固辞する。だがそのかわりに本土へ戻る際に同行させてほしいと懇願するではないか……

「それはさすがに――」誠皇晋が短髪を搔いた。「てかっ,何であんたなんかつれていかなきゃなんねぇわけ? 気持ちわりぃ」

「しっ――」僕は唇に人差し指をあてて目配せする。「失礼じゃない」

「どうせ俺の話なんて聞いちゃいねぇよ――」嘲笑せせらわら いした表情が 一気に張りつめていく――

 銀粉でコーティングしたみたいな底光りする顔面でアーモンド型した巨眼の眦がひどくつりあがっている。尋常でない怒りの感情が伝播した。

 誠皇晋と僕とが同時に後退りするなり,男は相手の怯えたさまに気づき,恥じいった面持ちで項垂れた。示しあわせたように僕たちは逃げだした。1度だけ振りかえったとき,男は足摺りしつつ悔しがっていた。得体の知れない恐怖にとりつかれ,ただがむしゃらに走りつづけた。必ず戻ってこいという叫喚まがいの声が背後から延々と追ってくる。

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