第28話 復活

「調子こいてんじゃねぇぞ!」


 西川は両手の爪と背中の触手で激しく襲い掛かる。俺は目が付いて行かないが、ゲコはそれらをなんなくいなしている。


「やい石川。もっと俺様を興奮させるような技はねぇのかよ?」


 ゲコ、石川じゃなくて、西川……。


「ん、そうなのか?」

「余裕かましてんのか、山根よぉ。なら、お望み通り見せてやるよ」


 すると西川の体は溶けるように形を崩し、みるみる大きな犬、いや、狼のような姿になった。

 右前足を大きく振りかぶり、俺の身体に叩きつける。


「へぇ。やるじゃねぇか。ちょっとだけ痛かったぜ」


 ゲコは顔の前で両手をクロスして、その一撃を耐えた。

 が、すかさず尻尾を伸ばし、腕ごと俺の身体を縛り上げる。


「苦しいか? 敗因はてめぇの傲慢さだ。俺はもう油断しねぇ。このままお前を丸飲みにしてやる」

「なかなかやるじゃねぇか。今のとこ、俺様の次に強ぇな」

「ほざいてろ、クソが!」


 そのまま西川の口の真上に運ばれ、いざ口の中に持っていかれるというとき、俺の身体はやつの尻尾からぬるっと抜け出した。


「何⁉」

「俺様も中和中、色々技を編み出したのよ!」


 ゲコ、やるじゃないか! ん? 中和中?


「おう、俺様としたことが、猛毒を喰らってな。今までずっとそれを中和してたのさ」


 猛毒? いつの間に? あれ、ゲコが反応なくなったのって――。


「聞きたいか?」


 う、うん。


「あれはいわゆる、ガマの油だ」


 はい?


「全身の毛穴から油を出して、ぬるっと抜け出したって訳よ」


 いや、そっちじゃなくて――。


「ガマオイル……」


 ?


「トードオイル……」


 何言ってるんだ?


「あ? さっきの技の名前に決まってんだろ。いまいちピンと来ねぇな」


 おい、そんな場合じゃない! 後ろから西川が!


「よし!」


 西川は両前足で俺の身体を押しつぶしにかかる。ゲコは左手を伸ばし、やつの首に巻き付ける。が、西川の攻撃のほうが早い。前足は俺の身体を直撃する。

 だが、身体は潰されることなく、勢いよく後ろに飛ぶ。そして首に巻き付けた腕が伸び切ると、今度はバネの反動のようにそのまま西川の顔面に向かう。


「ぬるぬるローションキーーック!!」


 ものすごいスピードで西川の鼻っ面を足蹴にする。


「ぐはっ」


 西川はそのまま後ろに倒れ込み、全身が溶けるように元の姿に戻った。


「決まったな」


 満足そうなゲコ。ってか、俺まだ童貞なんで、その名前止めてもらっていいですか……絶対に明日香さんの前では……。


「さぁ、俺様の勝ちだ。文句ねぇな?」


 ゲコは倒れた西川に歩み寄り、勝ち名乗りを上げる。


「山根……教えてくれ。本当にお前がみんなを、ゆきを殺したのか……?」

「あ? 何言ってんだお前」


 西川はまだ俺が犯人だと思ってるのか? まぁマスターがそう言ったから――ん? マスターは確か攫ったと言ったはずだ。それも西川にじゃなく――。


「山根さん、本当に袴田さんたちは地下にいるの?」


 俺が思い出そうとしていると、里田さんがやってきた。


「あ? なんだお前。そんなの俺様が知るかよ」

「さっき言ったじゃない? 地下にいるって」


 ん? 双子はいなかったのか? ここにもいないし、博士を探してたから、行くとしたら研究室だと思ったんだけどな。


「さ、里田……ゆきは、本当に山根が……?」

「あら、西川さん」


 そうだ、マスターは里田さんに言ったんだ。俺がゆきちゃんを攫ったと。そしてそれを里田さんが西川に、俺がゆきちゃんを殺したって……。


「本当に山根がゆきを殺したのか⁉」

「……」

「答えろ!」


 西川は体を起こして叫んだ。そしてすぐにまた倒れ込んだ。その体は槍のようなもので貫かれていた。


「ったく、男のくせに細かいこと気にしてるんじゃないよ!」


 その槍は里田さんの腕から伸びていた。


「お前、いきなり何すんだ⁉ こいつはもう俺様に負けたんだぞ!」


 ゲコは里田さんに怒鳴る。


「もういいや」

「なんだと⁉」

「ここでまとめて葬ってやろうと思ったけど、あの双子はこのあと見つけることにするよ」


 おいおい、何言ってるんだよ、里田さん……。


「どこにも神器はないし、かなりむしゃくしゃしてるんだ。この役立たずどもが」

「お前、今俺様を役立たずと言ったのか⁉」

「おっと、あんたは違ったね。自分から天寺の居場所を教えてくれてさ」


 明日香さん⁉ じゃあ、里田さんが明日香さんを⁉


「そのおかげでここを制圧することが出来たよ。天寺を人質にしたらあいつら、手も足も出せないでいやがったよ」


 明日香さんを盾にしてエデンのみんなを……。


「山根、お前だけは十分役に立ったよ。だから苦しまないように、一撃で――」


 本気なのか、本気で言ってるのか……。


「ん? お前、それはまさか……神器か⁉」


 里田さん……いや、里田は俺の左手の勾玉を見て言う。


「あ? 周りはそう言ってるな」

「くくく。諦めかけていたけど、あたしもついてるようだ。山根、お前はあたしに取ってラッキーボーイだよ」


 目的は勾玉……つまり、神器なのか?


「それを渡しな。あたしの配下にしてやってもいいよ。一緒にあの方に仕えるんだよ」

「アホか。なんで俺様がお前ごときの下にならなきゃならねぇんだ」

「みすみすチャンスを逃すとはね。どっちみちお前を殺して奪えばいいんだ!」

「やめて!」


 フロアに少女の声が響く。声のほうには意外な顔があった。


「ゆき……」


 倒れたまま、西川は名前を呼ぶ。


「お兄ちゃん……だよね? ごめんね。心配かけちゃって」

「お前……よかった。生きて、たんだな」

「あぁあ、またのこのこ一人死にに来たのかい」

彩会あやえちゃん、やめてよ。こんなこと」

「死にぞこないが、あたしに指図するんじゃないよ!」


 ゆきちゃんは声を頼りに、たどたどしい足取りで近づく。


「ゆき……だめだ……来るな……」

「彩会ちゃんだって分かってるはずだよ。こんなこと良くないって」

「えぇい、小うるさいゴミが! こいつを殺したら次はお前の番だ!」


 ゆきちゃんがみんなの視線を集めている中、里田は不意打ちとばかりに、その槍を俺の身体に突き刺し――。


「お兄ちゃん⁉」

「お、お前、何やってんだよ⁉」


 ――突き刺していなかった。その槍は俺の前に立ちはだかった西川の体を貫いていた。


「や、山根……」

「バカ野郎! お前はもう俺様に負けたんだから、戦う必要ねぇんだよ!」

「すまな、かった……。許され、るとは、思って、ない」

「いいから、もうしゃべるんじゃねぇよ!」

「俺は、こんな、体だ……。ゆきを、守って……」

「任せろ、俺様はヒーローだからな! だから、もうおとなしく――」

「ほら、よそ見してるんじゃないよ!」


 里田は容赦なく攻撃を仕掛けてくる。ゲコは傷ついた西川を抱え、その攻撃をかわす。


「くそ、こりゃ俺様でもベリーハードだぜ」


 ゲコは西川を離すことなく、攻撃をかわし続ける。これでは防戦一方だし、万が一その矛先がゆきちゃんに向いたら……。


「こざかしい奴め! それじゃお前からだよ!」


 すぐに不安が現実となる。里田の槍はゆきちゃんに向けて伸びる。西川を抱えたままのゲコは、距離もあってどうすることも出来ない。


「く、誰だ⁉」


 里田の槍が弾かれる。


「双子ちゃん、俺を最初に解放したのは大正解。あとでデザート奢ってあげる」


 マスター⁉


「マスター優しい」

「マスターイケメン」


 奥には双子の姿がある。どうやら、繭の封印を解いたようだ。


「くそ、お前たち、どこに隠れてたんだい⁉」

「クリオネ、透ける」

「クリオネ、妖精」


 そう言うと、双子の体は透けて透明になった。その能力で見つかることなく、マスターを救出できたようだ。って、クリオネだったのか……。


「さぁ、山根ちゃん。ん? 今はカエルちゃんか。西川ちゃんと妹ちゃんを安全な場所へ」

「おう、そいつは俺の獲物だからな。こいつ置いてくるまで倒すんじゃねぇぞ……あと、俺様の名前はゲコだ!」


 マスターはゲコに笑顔を見せると、双子に言う。


「じゃあ双子ちゃん。この調子でみんなを解放してやってね。その間に俺はさっちゃんにお仕置きするから」

「マスター了解」

「マスターかっこいい」

「えぇい、出でよ、メアーズ!」


 里田の声と共に、床や天井、壁から次々と人間が出てくる。メア? いや、前にやりあった半メアか。


「彼ら人間だから、ちょいやり辛いけど……殺さない程度に暴れようかね、久しぶりに!」


 マスターにその場を託し、ゆきちゃんを連れて、一階の事務室のソファに西川を寝かせる。


「山、根……今ま、で……すまな、かった」

「お兄ちゃん、じっとしてて!」


 西川は俺の腕を掴み、たどたどしい言葉で続ける。


「お前が、うらやまし、かった。俺は、ゆき、だけが……」


 止めるのも聞かず、西川はそのまま淡々と話し続ける。

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