第27話 ヘンテコ
「なんだよ、これ……」
地獄の一コマのような惨状を目の当たりにし、それ以上言葉が出ない。
それは何人、いや二桁以上なのではないかと思えるくらい大量の血溜まり。なのに人っ子一人、姿が見えない。ここだけでなく、エデンの中もそうだった。
明日香さんも、里田さんも言っていた。人混みで溢れていると。ところがどうだ、全く正反対の閑散とした廃墟のようじゃないか。
二人は無事なのか。姿がないのは無事に逃げ出せたと言う期待と、博士が言っていた裏切り者のメア、すなわち西川に捕食されたと言う不安が俺の中で交雑していた。
みんなはどうしているんだ? 西川一人にエデンのみんながやられたとは考えにくい。マスターも言ってた。以前、西川がここを襲撃したけど、返り討ちにしたと。
⁉
俺は思い出す。地下倉庫で襲われたメア、建設現場で遭遇したメア。ゲコはそれが、エデンの誰かと同じ波長を出していると言った。マスターはそれはメアでなく、人間だと言っていた。
もし西川が何かしらの方法で人間を操作し、メアのような能力を与え、大勢を率いエデンを襲撃したとしたら……。俺の中で点が線になる。
双子が危ない……いや、違う。危ないのは俺だ。ゲコのいない俺は生身の人間。メアに対抗できるはずがない。ここは双子と合流して、この窮地をどうにかしないと。あいつらが西川に捕まったらもう詰みだ。
俺は早急に双子の元へ向かうべく、扉を開ける。
「よお、どうした? そんなに慌てた顔してよ」
そこには一番会いたくなかった相手、西川の姿があった。
まるで何も起きてませんと言わんばかりに平然と、不敵に笑みを浮かべやがる。
「西川、さん。み、みんな……は?」
溢れ出そうな怒りや、憎しみを押し込め要点だけ聞く。
「みんな? 知らねぇよ」
とぼけやがって。そうやって油断させて襲う気か? そんなことしなくても、この前みたいに俺なんて簡単に力でねじ伏せられるだろうに。よほど警戒心が強いのか、ただの余裕なのか。本当、いちいち
とは言っても、俺一人ではどうにもならない。早く双子と合流しなくちゃ。けど、ドアの前に立つこいつをどうやって――。
「俺も今来たところだ。山根、この前は――」
出入口を塞いでいる西川をどうやってかいくぐろうかと考えると、意外にもこいつのほうから中に入って来て俺に背中を向け話し始めた。今しかない。
俺はそっとドアを抜けようとする。が、肩を掴まれ、後ろに倒される。
「おい! これはどういうことだ⁉」
血まみれの控室を見て、西川は大声を出す。まだ小芝居を続けるのか、このクソ野郎が。
「どうもこうも、あんたがやったんでしょうが⁉ みんなはどこだよ⁉」
俺も我慢の限界だ。戦ったら全く歯が立たないのは分かっている。けど、もう耐えきれない。こんなやつにみんなを、明日香さんを……。
「考えてみれば人間のお前に出来るはずがない。もしかしたら俺の勘違いなのかも。ゆきは生きてるんじゃないかと思った自分がバカらしいよ」
「ゆきちゃんは――」
「黙れ! 今、ここを見て確信した! さっきからぷんぷん匂ってるんだよ!」
「な、何が……?」
「メアの臭いがよ! てめぇの身体からな!」
何言ってるんだ。ゲコはずっと応答なしだ。とにかく逃げなきゃ、殺される……。
全力で逃げたとしても、メアの西川から逃げ切れないのは分かっている。けど、せめて双子のとこまでたどり着くことが出来れば。
俺はすぐに体を起こし、全力でドアを走り抜ける。
「逃がすかよ!」
通路を走る俺に向かって、背後から西川の触手や爪が襲いかかる。左右に軌道を変えながら、それに当たらぬよう懸命に走る。一発でも喰らえば終わりだ。
いよいよ地下室への階段を目の前にしたところで、俺は足を取られて激しく転ぶ。足を掴まれた。ここにきて、ついに捕まってしまった。
「あのとき、一思いに殺しておけばよかったな。てめぇがこんな殺人狂だったとはよ」
「だから俺は――」
「安心しろ。もう遊ばねぇ。一発でその腐った頭を吹き飛ばしてやるよ」
だめだ、もう話が通じそうにない。くそ、くそ……。
「ぐ、てめぇ! まだ抵抗するのか!」
覚悟を決め、目を瞑ると、西川の叫び声が聞こえる。目を開くと、やつは黒い霧のようなものに包まれている。
どういうことだ……?
「山根さん、静かに」
「里田さん⁉」
俺の横には里田さんがいた。俺に小声で話しかける。よかった、無事だったんだ。
「袴田さんたちは?」
「たぶん、地下だと思う……」
「わかった。ありがとう。みんなは上にいるわ」
「二階? 一体何が――」
「早く行って。霧が解けないうちに」
「う、うん」
どうやらみんな二階にいるらしい。無事でよかった。そして、本当に助かった。
俺は二階への階段をやや小走りに上る。二階は展示フロアだけ。広いが、すぐにみんなに会える。やっと明日香さんに会える。
二階も相変わらず客の姿はなかった。一体この一時間ほどの間に何が起きたのだろう。
展示フロアを歩く。
なんだろう、何か違和感がある。
それを考えながら奥に進む。
背後から足音がする。どんどんと近づく足音。
くそ、西川め、追いかけてきたか。
俺も走る。追いつかれる前にみんなと合流するため、展示フロアを走る。展示フロア、展示……。
これだ! 違和感の正体。展示物が何もない。
それでも西川に追いつかれまいと、メインフロアに辿り着き、俺は愕然と腰を落とす。
展示物らしきものが並んでいた。大きな半透明の繭、いや、蛹? その中身は人間の姿、エデンのみんなだった。
館長、マスター、プロ、博士、そして明日香さん……。
生きているのか死んでいるのか、みな微動だにしない。
「自分でやったこと、分かってるよな?」
西川が追いついた。俺を鬼のような形相で睨みながら言う。
「今すぐ、この場でてめぇを八つ裂きにしてやるよ!」
触手も、両手の爪も伸ばしている。
もうだめだ。けど、どうでもいいや。みんないないんだ、もう。どうでも――。
『ギリ、間に合ったね』
また頭の中で声が聞こえる。
『さぁ、ボクに手をかざして』
ボク?
『神器。勾玉に』
左手を見ると、勾玉が光っている。気力のないまま、機械的に右手を勾玉にかざす。
西川の爪はもう目の前に迫っている。もう、どうでもいいけど。
そのとき、俺の心臓はドクンととてつもなく大きく鼓動する。まるで大地震が起きたかのように、俺の視界は大きく揺れる。
西川は宙に浮いていた。やつの両手に何かが巻き付いている。それがやつの身体を持ち上げていた。
やつに巻き付いているものを辿ると、異形と化した俺の左腕だった。
「これが俺様の新技だ!」
え?
「山根、てめぇやっぱり……」
「腕を舌の代わりに使うことによって、なんと技を使いながら俺様はしゃべることが出来る!」
「なめやがって! ふざけんじゃねぇ!」
ゲコ⁉ ゲコなのか⁉
「おう、尊。待たせたな。どうだ俺様の新技は?」
最高だよ。天才だよ、お前!
「ふ、だよな。分かってるじゃねぇか」
「クソが! いい加減にしやがれ!」
西川は大声を出し、尖らせた背中の触手を伸ばし、俺の身体に突き刺そうとする。
「ぐはっ」
ゲコはすぐさま腕を振り、やつを床に叩きつける。
「さてと、ヒーローはまず決め台詞からだ」
「て、てめぇ、何言って――」
「来たぜ来たぜ来たぜ! 俺様の登場だ!」
ヘンテコなポーズと、ヘンテコな台詞。だけど、俺にとって最高に頼もしいヘンテコだ。
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