第26話 大盛況
「十時か」
俺はスマホを開き時間を確認する。明日香さんとの約束の時間は駅前のコンビニに十一時だった。やや早いが、遅れるよりは全然いいだろう。
いや、正直に言う。女の子と待ち合わせてのデートなんて人生初なのだ。ウキウキしてじっとしていられず、「やや」どころか、かなり早く来てしまった。
起きたら博士はいないし、双子はずっとモニターの前に引っ付いているし……まぁ恐らく、ゆきちゃんの心電図や脳波をずっと管理しているのだろう。
あんなのでも一応女なのだから、双子からデートの心得と言うかマナーの指南を受けようとしたが、俺の言葉に全く反応しやがらない。
興奮で落ち着かず、話し相手もいない俺はそっと大学をあとにした。スマホを確認すると、まだ九時前であった。
とりあえず明日香さんに、軽く挨拶のバインを送る。おはようとか、今日はよろしくとか、そんな感じの。これから出発するなどの文言は、急かすことになってしまうかと思い躊躇した。これまでの数々の失恋の経験が、俺に気配りを覚えさせたのだろう。
大学から駅までは普通に歩けば十五分程度の道のり。都度、明日香さんからの返信をチェックするが、返信どころか既読さえつかない。
女性は支度に時間がかかるだろう。だから一層、時間を間違えてるのだろうか、忘れてやしないだろうか。よもや、その約束自体が夢なのではないかと不安になり、マスターに貰ったチケットを見て安心する。
そんなことを考えながら、なるべくゆっくりと歩いたつもりであるが、それでも一時間前に到着してしまったのだ。
「え?」
ふと、後ろのコンビニのガラスに貼ってあるポスターに目が行く。そこには今日限定の特別展示「神秘の神器」と大々的に謳ってあった。俺が目を疑ったのは、それが自分の職場「私立多摩郷土博物館エデン」だったからだ。
いつも宣伝に全く金を掛けないくせに、広告なんてどうしたんだ? そう言や、博士が銅鏡を餌にする的なこと言ってたけど……明日香さんのだし、まさかねぇ。
ん?
不意にスマホが震える。画面を見ると、明日香さんからの着信だった。
「あ、明日香さん。お、おはよようございまふ。きょ、本日はおよろしくお願――」
やっと繋がった明日香さん。既読が付かないことに不安が増していただけに、急いで話しかけると、一気に緊張が走り、かなり日本語が怪しくなる。
「尊君、ごめん。ちょっと遅れるかも」
「いえいえ、全然。なん、何かあったんすか? ……あったの?」
「ずっとスマホが見当たらなくて、エデンに置きっぱなしかもって思い出して。今やっとロッカーで見つけたの」
「そっか、よかった。俺もまだ……もうちょっとで着くくらいだから。き、気にしないで」
時間を確認すると十時四十分。とっくに到着していることを誤魔化す。
「ごめんね。急いで行くから」
「もう、本当に気にしない――」
そこまで言いかけたとき、俺は思い出す。今日エデンで起きるであろうことを。
「明日香さん、何かエデンで変わったことない?」
「変わったこと? 特に……あ、でも」
「でも? 何?」
「なんかやたらお客さん多いかな。すごく混んでる」
さすがにこの広告ポスターの成果でじゃないだろう。一部のマニアは分からないが、あんなもので大混雑するほど人は来ないだろう。
「明日香さん、俺が迎えに行くから、そこで待ってて!」
「え?」
「絶対に控室から出ないで!」
「う、うん。分かった」
その多数の来場者の中に、先日俺が対峙したようなメアが潜んでいるかもしれない。下手に動くより、そこに隠れているほうが安全だと思ったから。
とは言っても、ゲコのいない状況では俺が行ったところで何かあっても守れるはずもない。通話を切ると、すぐにマスターに掛ける。
くそ、通じない……。
博士、プロ、館長にも掛けるが繋がらない。そしてエデンに掛けても同じだった。電話に出られないほど忙しいのか、何かあったのか。
西川には掛けない。あいつに明日香さんの場所を教えると言うことは、泥棒に家の鍵を渡すようなものだ。
あ!
うっかりしてた。里田さんも今日はシフトに入っていたはずだ。俺はすぐに里田さんに掛ける。
「はい。あれ? 山根さん?」
「里田さん! よかった。今エデンにいる?」
「ええ。すごく混雑してて――」
「里田さん、お願い!」
俺は明日香さんが控室にいること、他の誰とも連絡が付かないこと、人混みの中にメアがいるかもしれないこと、西川には言わないこと。それらを里田さんに話し、明日香さんを保護してくれるよう頼んだ。
「分かったわ。控室ね。ちょっと人が多いけど、やってみる」
「うん、忙しいとこごめんね。よろしくお願いします」
通話を切ると俺は一安心する。とりあえずは、明日香さんの安全は保たれるだろう。万が一戦闘が始まっても、里田さんが守ってくれるだろう。
顔を上げ、再びポスターに目をやろうとしたとき、そのガラスに見慣れた二つの顔が反射する。
「おぉい、どうしたの? そんなに慌てて」
袴田姉妹が血相を変えて走っていた。
「ゆき、見た?」
「見た?」
「ゆきちゃん? なんで?」
「消えた」
「いなくなった」
「は⁉ だってお前たちずっと見てたんじゃない? ほら、パソコンのモニターをさ」
そう、この二人はずっとゆきちゃんと繋がったコードの先のパソコンと、にらめっこしていたのだ。ゆきちゃんから外れれば、すぐにモニターの心電図やらは異変を示すだろう。
「もえ、言う」
「やだ。まい、言う」
二人は言いづらいのか、お互いに答えさせようとする。
なにかドジでも踏んで言いづらいのか? でも、相手は目が不自由な女の子だ。いくらなんでも、気づかずに逃げられるか?
いや、もしかしたら襲撃とか、とてつもない事態が起きたのかもしれない。とにかく、状況が分からないとどうしようもない。ここは優しく聞いてみるか。
「ほら、怒らないから言ってごらん」
「本当に?」
「怒らない?」
「うんうん、もちろん」
「ファイナルファクトリーやってた」
「そう、FFやってた」
「そっかぁ。じゃあFFに夢中になってる間に、ゆきちゃんが居なくなっちゃったのかなぁ?」
「そう、居なくなった」
「そう、まるでテレポー」
「そかぁ。じゃあ仕方ないよねぇ」
「うん、あいつ魔導士みたい」
「うん、あいつきっと魔導士」
「そうねぇ、魔導士……じゃねぇよ! 馬鹿じゃないのお前ら! テレポーじゃねぇよ! 普通に馬鹿の目の前で出て行っただけだよ! お前らの脳みそこそエスケブしてんじゃねぇの⁉」
「山根、怒った」
「山根、嘘つき」
こいつらの余りのいい加減さに、大声を出した。反論してくると思ったが、二人は本当に怯えているようにも見える。まぁメアと言っても年下の女の子だ。確かに俺が言いすぎてしまった。
「……悪い。大声出しちゃって、ごめん」
反省し、二人に謝罪する。
「アイスでいい」
「うん、アイスくれれば許す」
さっきの怯えた顔が嘘のように、二人はそれぞれ手を出しアイスを要求する。
俺はふざけるなと断りそうになるが、周りの人々が俺を見てヒソヒソと話している。傍から見れば俺が少女二人をいじめているように見えるのだろう。それに耐えきれない俺は、素直に後ろのコンビニでアイスを買って二人に渡す。
「山根、ありがと」
「山根は食べないの?」
「ん、ああ」
コンビニ前に座り込んで、二人はおいしそうにスティックアイスを頬張る。騙されたようで、情けない気持ちになりながらそれを見る。
「ところで、お前たち。ゆきちゃん探さなくていいの?」
「そうだった」
「先生に報告しないと」
俺の言葉に、二人は思い出したかのように立ち上がる。ちなみにアイスは完食したようだ。
俺も里田さんにお願いしたとは言え、明日香さんを迎えに行かないと。
『早く、危険』
なんだ? 急に頭の中で声が響く。ゲコ……ではない。でも聞き覚えのある声。はっきりと聞こえたのだが、それっきりその声は聞こえなくなった。
ここからエデンまでは徒歩だと三十分はかかる。普段ならバスを使うところだが、さっきの声で不安に満ちた俺は、すぐにタクシーを拾う。
「どちらまで?」
「エデンまで」
「お願いします」
「って、なんでお前らも乗り込んでるんだ⁉」
「先生のとこに行く」
「うん、先生に報告」
別にいいけど、ちゃっかりしやがって。
車内で明日香さんに連絡するが、通じない。慌てて里田さんに掛けるも、やはり通じない。さっき話したばかりなのに。
連絡がつかないことに加え、さっき聞こえた声が俺の焦りを増幅させる。
エデンに着いた。
「山根ありがとう」
「研究室行く、またね」
「お、おい」
二人は走って建物の中に消えて行った。
続いて俺も入る。全く人気がない。おかしい。確か客でごった返してると……。
不安の中、警戒しながら一歩ずつ歩く。
控室の前に立ち、ドアをノックする。が、反応がない。
ここに明日香さんがいるはずなのに。
恐る恐るドアを開けると、俺は一気に全身の力が抜けた。
壁、いや、天井も床も。一面が血の海だったのだ。
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