第24話 冤罪

「博士、今なんて?」


 裏切り者? どういうことだ?


「それをあぶり出すガニよ」

「待ってよ、色々整理させてよ」


 話が急展開すぎる。


「決行は明日。もう餌は撒いてあるガニ」

「決行? 餌?」

「明日エデンで――」

「ちょい、博士。山根ちゃんを不安にさせちゃダメだよ?」


 後ろからの声に振り向くと、マスターの顔があった。


「マスター……」

「よう、山根ちゃん。おはようさん。ゆっくり休めたかい?」


 俺の呼びかけに、マスターは右手を上げ、笑顔で応える。左手は背後の金属アームのようなものを握っている。

 ストレッチャー? 俺をどこかへ移すのか? そもそもここはどこだよ?


「ここって、どこなの?」

「ここは西東京大学。わいの研究室ガニ」


 大学……。ってか、部外者多すぎないか……?

 それよりも、裏切り者って……スタッフの中にってこと、だよな?


「博士、さっきの裏切り者って――」

「山根ちゃんストップ」


 マスターが俺の博士への質問を遮る。


「うちらもさ、信じたくないのよ。杞憂であればいいって。だから何も言わずに終わらせちゃおうって思ってたの。んで、このタイミングで山根ちゃんが起きちゃった訳」

「起きてすいませんでしたね……」


 俺は不貞腐れながら言う。


「ごめんごめん。ちょい、言い方悪かった。たださ、余計な心配かけたくない訳よ」

「わいの口が滑ったガニ。山根氏を焦らすことになってしまい……むしろわいは焦らされたいガニ」


 博士の発言はきっとベクトルを間違えてる。

 ってか、餌とか言ってたけど、西川はのこのこ現れるのか? だって妹が……。


「西川、さん。明日来るの?」

「西川氏? ちゃんとシフト入ってるガニよ」

「いや、じゃなくて。妹さんが――」

「山根ちゃん、すまん!」


 突然マスターが、俺に土下座で謝罪する。


「マ、マスター?」


 マスターが地に頭をつけたことで、後ろのストレッチャーが丸見えになる。そこには誰かが寝ていた。よく見ると、それは俺が見た顔。西川の妹のゆきちゃんだった。


「え? なんで、ゆきちゃん?」

「俺が連れ去った!」


 額を床につけたまま、マスターははっきりと言う。


「誘拐⁉」

「その上、さっちゃんに言いました!」

「な……なんて?」

「山根ちゃんが連れ去るのを見たって!」

「マスター、一体何を言って――」

「それがどういう訳か、西川ちゃんには山根ちゃんが妹ちゃんを殺したって、伝わってしまいました、まる!」

「しまいました、じゃないよ! そのせいで俺殺されかけたんだよ⁉ あんた何してくれちゃってるんだよ⁉」


 相手がマスターだろうが関係ない。俺は命の危機を思い出し、思い切りマスターに怒鳴り散らした。


「ほら、山根氏。もうそこらへんで」


 興奮する俺を博士がなだめに入る。


「先生が言った」

「そう、先生が言った」


 双子が突然口を挟む。


「――何を?」


 俺はとりあえず質問してみる。


「山根を犯人にしろって」

「うん、マスターにそう言った」


 俺は無言で博士を睨む。


「や、山根氏。違うガニ……」

「何が違うんだよ? 言ってみろよ!」


 俺は怒りの矛先を、今度は博士に向ける。


「これも妹氏を救う作戦だったガニ」

「はぁ? 救う?」

「そうガニ! 毒を解析できたガニ!」


 毒……そうだ、ゆきちゃんは正体不明の毒でずっと昏睡状態だったのだ。どの毒素とも一致しないって……あれ?


「解析?」


 博士に聴き直す。


「山根氏の神器を最後にスキャンしたデータから、毒を検出したガニ」

「スキャンって、あのインストールどうのこうのってとき?」

「その通り。それが驚くことに、中和されていたガニよ」

「中和?」

「神器の力なのか、中のメアの能力によるものなのか。わいもビックリして、すぐに成分をバックアップして血清を作ったガニ」

「そうなのよ。んで、博士に急遽依頼されて妹ちゃんを誘拐……もとい、保護したって訳」

「――それをなんで俺のせいにしたの……?」

「わいたちがやったとなると、犯人が警戒するガニ。人間である山根氏なら警戒は薄いし、もしものときにメアがいるから大丈夫だと思ったガニ」

「そうそう、博士がそう言うから俺も従ったんだけど、カエルちゃんが出てこないってのは計算外だったね、ははは」

「笑いごとじゃないよ……」

「山根氏のメアは恐らく、毒の中和に大量のエネルギーを消費して、今は軽い冬眠状態と推測されるガニ」

「ゲコはいるの?」

「安心するガニ。メア……ゲコ氏の波はきちんと受信できてるガニよ」


 そっか。

 それを聞いて、なぜか俺は安心してしまう。


「ゆきちゃんは大丈夫なの?」


 ストレッチャーに横になっている彼女を見て、俺は博士に聞く。


「脳波も正常値になってるガニ。寝返りもうつし、寝言も言うガニ。もう、いつ目覚めてもおかしくないガニよ」

「西川ちゃんにも、ここにかくまってることは言ってないけど、妹ちゃんが無事なことはきちんと伝えたしね」


 ゆきちゃん、回復するのか。

 俺はそっと胸を撫でおろす。安心すると、やはり気になってくる。


「ねぇ、明日何をやるの?」

「気にしなさんな……と言っても、気になるよね」

「そりゃあ……」

「正直失敗出来ない作戦だからさ。万が一にも情報が出ちゃったらさ」

「俺、誰にも言いませんよ!」


 悪いけど、マスターより口が堅い自信はある。


「山根ちゃんはそうだと信じてるけど、もしカエルちゃんが復活しちゃったらさ」


 ――ゲコは……悔しいけど否定できない……。


「じゃあ、一部だけ教えるガニよ」


 言葉に詰まる俺を憐れんだのか、俺に死の淵をさまよわせた申し訳なさからなのか、博士はそう言うと、懐から何かを取り出して俺に見せる。


「銅……鏡?」


 それは明日香さんの持っている銅鏡と同じに見える。


「そう、神器ガニ」


 神器? ってことは、やはり明日香さんの……。


「でもこれ、明日香さんの――」


 明日香さんは銅鏡が手元にないと、メアが暴走してしまう。

 そして、自身がメアに感染していることも、おじいさんである館長がメアであることも知らない。もちろん他のみんなのことも。それは館長からの切実な頼みでもあった。

 なのに彼女から銅鏡を離すなんて……。


「――怖いガニ」


 ん? 博士は俯きながらボソっと口ずさむと、すぐに頭を上げ、いやらしい笑顔で顔をぐしゃぐしゃにしながら言う。


「わいは自分の才能が怖いガニよぉ!」


 ……何言ってるんだ、このおっさん……。


「さぁ、天寺氏。いや、明日香嬢! カモン!」


 明日香さん? え、ここにいるのか?

 博士の掛け声と共に、奥の両開きの扉を双子が同時に引く。

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