第23話 裏切り者

 ――病院?

 単色で物静かな部屋。どうやらベッドは俺のものだけ。他に誰もいない。

 個室なのか? 入院したことはないけど、ベッドの脇には窓があるイメージだった……が、そもそも窓が見当たらない。その上、俺は部屋の中央にいるようだ。

 なんとも飾り気のない……いや、撤回する。改めて見ると、部屋の中は理科室で見るようなビーカーや試験管が並んでいる。それだけではない。初めて見るような器具の数々。天井の眩しい照明は円形に整列しているようである。

 病室じゃなくて手術室? 器具はともかく、手術室って理科の実験で使うようなものまで置いてあるの?

 そう言えば俺、どうしてこんなとこに?

 一呼吸置いて記憶を辿ろうとしたとき、部屋のドアが開き、誰かが入って来た。

 俺は咄嗟に目を閉じる。自分が今、どんな状況か分からない。今来た誰かとコンタクトを取るのがいいのか、寝たふりを決めて様子を探るべきか。俺は手術を施されたのか? これからされるのか? なんで?

 あれこれ考えているうちに、その誰かは俺のベッドの横に来た。


「寝てるわね」

「寝てる」


 女の声? それに二人?

 その声は俺の両サイドから聞こえる。


「心拍数」

「七十一。正常」


 モニターを確認しているのか? 指先に違和感がある。クリップ? コードが繋がっている……のか。心電図……やはり、手術か……。なら、この二人は看護師か?


「正常……つまらない」

「そうね、つまらない」


 ……はい? え? 何言ってるのこいつら……。


「先生言ってた。男の人、股間蹴ると心拍数上がる」

「先生言ってた。興奮するって」

「私たち、患者思いだからサービスしよう」

「うん。私たち白衣の天使。ナイチンゲール」


 正気かよ⁉ それあれだよ、無いチンゲールになっちゃうよ。デビューもしてないのに、真っさらダウンでサヨナラバイバイだよ。

 でもこいつらがメアだったら……男を捨てるか命を捨てるか……。


「あ、先生」

「先生、これから実験」


 また誰か入って来た。先生? 助かった。おい、早くこのイカれた馬鹿どもを止めてくれ!


「いやぁ、仕事熱心で感心感心」


 は⁉ こいつもイカれてるのか⁉ くそぉ、これで三対一。どうすれば助かる……。


「山根氏、興奮して飛び起きるかもしれないガニね。……そのあとわいにも――」


 ……山根氏? わい? ガニ?


「おい!」


 俺は大声を上げ、勢いよく上半身を起こした。


「おぉ、山根氏。おはようガニ」


 俺を見て驚いたのか、博士は一瞬ビクっとしながらも、いつもの口調で挨拶をする。そして俺の両脇には、平日カフェでバイトをしている双子の袴田姉妹がいる。


「起きちゃった」

「残念。実験失敗」

「……」


 本当に残念そうにうつむく姉妹を見て、呆れて言葉が出ない。


「とりあえずさ、博士。何してるの……?」

「見て分からないガニか? お医者さんごっこに決まってるガニ」

「……はい?」

「山根氏が昏睡状態から戻れるように、わいたち三人が一生懸命看護してたガニ」

「……それが股間を蹴るってのと、どう関係が……?」

「何言ってるガニか⁉ 股間を踏まれる、蹴られる。これ以上の興奮があるガニか⁉」


 ……むしろ、博士の口調が興奮じみてくる。が、ちょっと何言ってるか分からない。


「まい氏ともえ氏は天才かもしれないガニ! 欲を言えばピンヒールで――」

「そんなので喜ぶのはあんただけだよ! こっちはもうちょいで命か玉を取られるとこだったんだぞ! だいたいそこの二人! こいつら俺を助けるとかじゃないよ⁉ ただのサイコパスだよ⁉ あんたたちただの変態三銃士だよ!」


 この理不尽な仕打ちに、俺の口はマシンガンと化す。


「はぁ。山根氏はこっち側の人間だと思ったのに、残念ガニ」


 大きくため息をついて、博士は心底残念そうな表情になる。


「こっち側ってなんですか⁉ 三途の川の向こうですか⁉ エロゲーのやりすぎで博士の頭バグってんじゃないの⁉」

「……そうガニね。もう、わいのエロゲー全部、酸で溶かして処分するガニ……」

「いや、そこまでしなくても……なんなら全部俺に――」


 黙っていればいつか自分に回って来たであろう、愛しのエロゲーたちを拝借したいと、つい本音が出てしまい慌てて横を見る。

 袴田姉妹の、まるで汚物を見るような凍てつく眼差しを感じる。それに耐えられず、博士に目をやる。さっきの台詞が嘘のように、生気に満ちた輝きが目に戻っている。


「安心したガニ。やっぱり山根氏は山根氏ガニ」

「いや、これはその……」


 釈明しようとしたが、余計沼にはまると悟り、俺は言葉を飲み込んだ。


「ところで……ここは?」


 俺は落ち着きを取り戻し、博士に聞く。


「山根氏、記憶ないガニか?」

「記憶?」

「A.I.S.P.より早く回収したはずガニが」

「A.I……なんて? うっ」


 包帯の巻かれた右手の小指に痛みが走る。そうだ、俺は西川に襲われて……そしたら知らない男が……助けられたのか?


「西川……さん、妹が……それで……」

「良かったガニ。ちゃんと記憶はあるようガニ」

「でも、どうして俺はここに?」

「山根氏の神器にインストールしたアプリで、その中のメアの波長を受信したガニ」

「メア?」


 ゲコのことか? あいつ、ちゃんといたのか。なら、なんで何も反応無かったんだ。


「聞くつもりはなかったガニが、波を傍受したことで会話を盗聴する形になったガニ。でもそのおかげで、山根氏に何が起きてるのか分かったガニ」

「確か……西川……さんに。そのあと、別の男が……」

「大丈夫。全部分かってるガニ。厄介なのはA.I.S.P.に遭遇したことガニだが、まぁ辰己氏がやつらより先に山根氏を回収出来たし、痕跡は残してないから追跡は出来ないガニよ。西川氏もそこはうまくやったようガニね」


 A.I.なんたらってのは、あの男の所属している組織の名前だろうか。


「A.I.なんとかって?」

「A.I.S.P.つまるところ、対メア特殊警察ガニ」

「警察? メアのことバレてるの⁉」

「普通の警察組織には何も知らされてないガニ」

「大丈夫なの? ってかなんでそんなこと……」

「わいは天才ハッカーでもあるガニよ」


 余り焦った様子ではないので、危機的な状況ではないのだろう。だと、信じたい。


「それよりも、最後に山根氏の神器をスキャンしたデータから、とんでもないことが分かったガニよ」

「とんでもないこと?」

「毒を検出したガニ。西川氏の妹氏と同じ成分の」

「え……どういうこと?」

「エデンに、裏切り者がいるガニ」

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