第22話 剣士
「に、西川……さん……?」
息をするのもやっとの状態で、どうにか声を絞り出す。
俺の声が聞こえないのか、無視しているのか、西川は目を大きく見開いたまま無言で俺を睨み続ける。
「ど、どうし……て」
西川は今度、
「どうして、だと? ふざけんじゃねぇ、てめぇ!!」
西川が怒鳴ると、俺の首に巻きついたものが、今度は俺を大きく壁に叩きつける。背中を強打し、一瞬呼吸が止まる。苦しさの中見上げると、ロープのように長くうねうねとしたそれは、西川の背中から出ているように見えた。
今まで見てきたメアと同じ、人体が変異した触手のような器官。でも何でメアの力を使う? 生身の俺を殴りたいなら普通に殴ればいいのに。そもそも、俺にはこいつに殴られる、いわんや怒りを買う理由はない。
だがこいつの目は本気だ。今にも俺を殺しかねない。命の危険を感じ、右手で勾玉をかざすが、やはりゲコの反応はない。いつもしゃしゃり出てくるくせに、どうしてこんなときにいないんだよ、ゲコ。
何で、俺がこんな目に……だめだ、声が出ない。その間、西川は鬼の形相のまま一歩一歩俺に詰め寄ってくる。相手はメアだ、どうすることもできない。せめて、理由だけでも……。
「俺が憎いか?」
なんだ? 一体なんのことだ?
「だからやったのか?」
だからって、何を?
「だからゆきを殺したのか⁉」
――え? その言葉でベッドに目をやると、その上には枕が置いてあるだけだった。
次の瞬間、やつの触手が俺の腰に巻きつき、勢い任せに窓の外に俺の体を放り投げる。
空を向いて飛ばされる俺の視界に、西川が映る。超人的な跳躍力で、放り投げた俺に追いつき、更には両手を頭の上に組み、思い切り俺の胸に振り落とす。
横に飛ばされていた俺の体は、そのまま真下に叩き落された。
激痛が走ったはずだ。が、それよりも息の出来ない苦しさが勝った。ただでさえメアの攻撃を喰らったのだ。下が芝だったためなのか、頭を打たなかったからなのか、命はまだあるようだ。だけど全く動けない。
やっと息を吸えたと思ったのも束の間。倒れる俺の横に、西川が立っている。
「楽には殺さねぇ。じっくり苦しませてやる」
全く動けない俺の右手を掴む。
⁉ 雷でも落ちたような鋭く、熱い痛みが小指から脳に伝わる。今にも落ちそうな小指の爪は、びらびらと揺れている。ナイフのように伸びたやつの爪が、俺の小指の爪を剥いだのだ。
その耐えがたい苦痛で額から大量の汗が出る。だけど喉が潰れたのか、声が出せない。
「どうだ? 痛いか? 苦しいか? だけどなぁ、ゆきの苦しみに比べたら全然足らねぇよな⁉」
さっきから何言ってるんだ、こいつ。どうして俺が彼女を……。
「このまま手足の爪を剥がして、一本ずつ指を折ってやるよ。いや、それは可哀そうか。そんなの見たくねぇよな?」
くそ……声が……。
「俺は優しいからよ。お前がそんな光景見ないで済むよう、まずは両目を刳り貫いてやるよ!」
西川は伸びた右手の爪を俺の目に向ける。さながらフレディ・マーキュリーだな。醜いお前にはお似合いだよ。顔もそうなればいいのに。
体が動かない。声が出せない。ゲコもいない。死を悟った俺はそんな強がりで抵抗するのが精一杯だった。せめて、その一撃で死ねれば楽なんだろうな。
西川の爪が迫る。もう、瞼を閉じることもできない。
「⁉」
金属音のような音と共に、突然西川は視界から消えた。
「ってぇ……誰だよ⁉ なんだよ、てめぇは⁉」
西川は少し離れた場所で、膝を落としながら右手を押さえている。どうしたんだ? 誰に言ってる?
俺の顔の横にドサっと、何かが突き刺さる。剣? 地面に突き刺した剣のようなもの
「いやぁ、ラッキーだよ。今回は出番ないかなって思ってたんだけど、こんなところでヒトガタに出会えるなんて」
「てめぇ、人間だよな? 人間ふぜいが偉ぶってるんじゃねぇよ!」
「出た出た。ヒトガタはどうしてこうも人間を見下すのかな。まぁそのほうが、僕は楽しみが増えるからいいんだけどね」
「山根、順番変えるぞ。てめぇを殺すのはこのチビをやってからだ!」
「……お前、言っちゃったね」
若い男の肩が小刻みに震えだす。
「は?」
「一撃で仕留めるのはやめた。存分にいたぶってから処理させてもらうよ」
「ほざけ、くそがぁ!」
西川は鋭く伸びた左手の爪を振りかぶりながら、若い男に突進する。
男はそれを剣でいなし、そのまま勢いよく飛び上がる。
「甘いんだよ!」
西川はすかさず背中から触手を出し、舞い上がった男目掛けてそれを伸ばす。触手は男を捉え、その腰に巻きつく。
「へぇ。色んな武器を持ってるんだね。ただの雑魚じゃないみたいだ」
「よほどのバカかてめぇは。自分の状況は分かってねぇみてぇだな」
確かに、余裕をかませられるような状況じゃない。ただのやせ我慢か?
「もう他に必殺技はないの?」
「ふん。ならお望み通り、てめぇを生きたまま食い殺してやるよ!」
西川の口から牙が伸び、ものすごい勢いで男に飛び掛かっていく。西川が男に嚙みつこうとしたとき、巻き付いていた触手がボトボトと切れ落ちていった。見ると男の手には剣が握られている。
腕ごと巻き付かれていた状態で剣を抜いたと言うのか?
驚く間もなく、男の体は細長く伸び、逆に西川に巻き付く。さながら蛇が獲物を絞めつけているようだ。
「てめぇ……人間じゃねぇのか?」
「人間だよ。お前と一緒にしないでくれる?」
「なら、どうして……ぐはっ」
男は西川を絞めつけたまま、その背後から握った剣で西川の腹部を突き刺す。
「さぁて、何回刺せば処理できるかな?」
男は笑顔のまま、再び西川の腹部を剣で貫く。
「て……てめぇ……絶対、許さ……」
「あぁあ、勇ましいね。次はもっと深くいってみようか」
この男、本当に人間なのか? まるで殺戮を楽しんでやがる。
「これも耐えられたら、褒めてあげるよ」
男は今までより大きく剣を振りかぶる。それを勢いよく西川に突き刺そうとしたとき、男の手が止まった。
「っち、上司からだよ。ちょっと待ってね」
男はスーツの内ポケットからスマホを出して耳に当てる。どうやらスマホが振動したようだ。
「――ヒトガタと交戦中。うん、人間は生きてる。え? さぁ、動いてないけど……えぇ、どうして? っちぇ、分かったよ。じゃあね」
男はややがっかりした顔で西川の拘束を解いた。
「まぁヒトガタは動けないでしょ」
西川を離すと、男は倒れる俺に近寄る。
「君、動ける?」
だめだ、声が出ない。俺はそれに対し、鯉のように口をパクパク動かすだけだった。
「だめかぁ」
男は再びスマホを手に取る。
「――うぅん、いないいない。そう、ヒトガタ。うん、A.I.S.P.の管轄で。はぁい、お願いしまぁす」
スマホを懐に戻し、また俺に話しかける。
「救急車呼んだから、いい? ヒトガタのことは内緒。約束だよ。――まぁ、覚えていたくても消されちゃうんだけどね、一応」
消される? 記憶を……ってことか? ……確かに命は助かったけど、この男一体何者なんだ?
「お待たせ、じゃあそろそろトドメを……あれ、いない……」
男が後ろを振り向くと、そこにはもう西川の姿はなかった。俺も見逃していたが、あの傷を負ったまま逃げたのか?
「くそぉ、あんなときに電話してこなければ……天寺さんめ……。じゃあ僕は行くから、またね。あ、再開できても覚えてないか、あはは」
そう言うと、男は忍者のように塀に飛び上がり、そのまま夜の闇に消えて行った。
なんなんだ……あの男もそうだけど、俺がゆきちゃんを? 訳が分からない。確かにゆきちゃんの姿はなかった。だけどなんで俺が……。
そこから俺の記憶はない。次に気が付くと、俺は見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
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