第18話 メイドと執事

「ご来館ありがとうございます」


 珍しく開館早々客が入る。そのあともひっきりなしに客が押し寄せる。人手が足りないこんな日に限って……。まぁ俺の仕事はそれでも楽なほうだ。モギリの他には、館内案内や落とし物などの受け付け程度。

 むしろ心配なのはこんなに賑わう館内で、さらに予想されるカフェ目当ての来場者。マスターと明日香さん、大丈夫だろうか?


「じゃあ尊君、カフェのほうに行っちゃうけど、一人で大丈夫?」


 十一時少し前、事務所内でデータ整理をしていた明日香さんが俺に声を掛ける。


「もちろん、全然大丈夫ですよ」

「もし忙しかったら、遠慮せずおじいちゃん使ってね」


 明日香さんは優しい言葉を残し、控室に向かう。一度着替えるためだろう。

 はぁ、見たいなぁ。明日香さんのメイド姿……。

 ここからはカフェの中までは見えない。歯がゆい気持ちを押さえながら、モギリを続ける。

 十一時を回り、予想通り年パスの客がどんどん入ってくる。

 カフェのほうに目をやると、入りきれずに外に行列が出来ている。

 これ、やばいんじゃないかな……。


「山根君、すまないね。急に入ってもらって」

「館長、おはようございます」


 後ろから館長が声を掛けてきた。明日香さんは俺が忙しかったらって言ってたけど、あの盛況ぶりだ。むしろ俺がカフェにヘルプに行くべきだろう。


「館長、カフェが大変みたいで。俺あっち手伝うんで、ここお任せしても大丈夫ですか?」


 カフェに並ぶ行列を見ながら、館長に言う。


「あぁ、すまないね。本業じゃないのに。大丈夫かい?」

「はい、俺は大丈夫ですよ」

「じゃあ、ここは私がやるからお願いするよ。確か、私のロッカーに男性給仕用の制服があったはずだから、使いなさい」

「分かりました」


 控室に入ると、館長のロッカーを開ける。

 これか。男の給仕って執事だよな。やばいなぁ、明日香さん惚れちゃうんじゃないかなぁ。

 俺は妄想し、ニヤニヤしながら服を身に纏う。

 カフェに向かっていると、行列の客たちが俺を見てざわめき始める。これは、かなりウケがよさそうだ。やばいなぁ、明日香さんだけじゃなく、客の女性たちに黄色い悲鳴を上げられたらどうしよう。

 でもまぁ、せいぜい握手……いや、連絡先交換くらいかな? だって俺は明日香さんひとすじだから。


「明日香さん、助けに来ましたよ!」


 左肘を畳み、壁に掛けてあったクロスを颯爽とその手に掛けて、右手を回して軽く会釈しながら言う。完璧だ。我ながら執事として申し分ない振る舞いだろう。

 さぁ、いいんですよ。俺に惚れても。


「尊君、ありが……」


 あれ、反応が止まったぞ。どうした?


「ちょっと、尊君……なにそれぇ」


 そんな明日香さんの声に正面を見る。眼前で微笑むメイド服の明日香さん……かわいすぎるぞ! くそぉ、もっと見たい、ずっと見たい、保存したい! あれ? なぜか明日香さんは口元を押さえ、堪え切れずに笑っている。一体どうしたと言うのだ? 


「……どうか、した?」

「これ見てごらんよぉ」


 明日香さんは笑ながら、ポケットから銅鏡を出して俺に見せる。

 相変わらずの低解像度だが、そこには金色のジャケットに身を包んだ俺のマヌケ面があった。執事どころじゃない、これじゃ売れない漫才師じゃないか⁉

 明日香さんのメイド姿に浮かれて、きちんと確認していなかった。館長、いくらなんでもこれは……。


「ちょっと、着替えてくる……」

「ううん、そのままで大丈夫だよ」

「えぇ、でも……」

「ごめんね、笑っちゃって。でも私の為に来てくれたんでしょ? 私は好きだよ。すごく尊君らしくて」


 今好きって⁉ おい、マジかよ⁉ 俺らしいって、褒められてるのか貶されてるのか微妙だけど、いいんだ。結果オーライだ!


「じゃあまずは、料理をテーブルに運んでくれる?」


 俺は出来上がった料理を、テーブルにどんどん運んだ。特に出るのがザクロバーガーだ。昨日味見したが、確かに美味しくて舌鼓を打った。しかし、これ、マスター一人で厨房回してるなんてすごいな……。

 感心しながらも、俺は料理を運ぶ。明日香さんと共に。あれ? これ共同作業じゃね? 俺と明日香さんが共同作業……。


「お待たせしました、人肉バーガーでござる」

「え……?」

「あ、ザクロバーガーでございます……」


 途中こんな失敗もしたが、忙しいながらも幸せな時間はあっという間に終わった。


「ふぅ、二人ともお疲れさん」

「マスターこそ一人で大変だったでしょ?」

「うんうん、マスターこそお疲れさまでした」


 俺たちはマスターを労う。


「それじゃ今日のお礼だ。好きなだけ食べていきな」


 そう言うと、マスターは皿に山盛りになったザクロバーガーをテーブルに乗せる。

 俺と明日香さんはそれを堪能すると、マスターにお礼を言って持ち場に戻る。


「それにしても、どうしたんだろうね?」

「ん、何が?」

「西川さんと里田さん。二人一緒に休むなんて、しかも当日でしょ?」


 確かに今まで当日欠勤なんてなかったな。それも二人同時に。


「何かあったのかな?」

「さぁ……西川さんはむしろ、今までそういうの無かったことが不思議だけど」

「西川君もあれで結構根は真面目なのよ」

「ふぅん。そんなもんかなぁ?」

「もしかしたら妹さんに何かあったのかな?」

「え?」

「あ、尊君知らないか……」

「いや、知ってるけど。明日香さんこそ知ってるの?」

「うん、前にマスターから聞いて」


 マスターめ、他言無用みたいなこと言っておいて、自分で広めてるじゃないか。


「ねぇ、仕事終わったら行ってみない?」

「はい?」

「妹さんのお見舞いも兼ねて、西川君の家に」

「家、知ってるんですか?」

「それも、マスターに聞いて」


 そう言いながら、明日香さんは笑う。もはやマスターは歩く宣伝カーじゃないか。やばいな、明日香さんに貰ったミサンガは見せちゃったけど、好きだってことは絶対に言えないな……。


「えぇ、でも俺が行くと西川……さん、嫌がるでしょ……」

「そうかなぁ? 尊君が嫌なら大丈夫、私一人で行ってくるよ」


 それはもっと嫌です。


「いや、大丈夫。俺も一緒に行くよ」

「うん、ありがと」


 明日香さんはにっこり微笑む。くそぉ、明日香さんじゃなければ、絶対行かないのに……さっさと行ってさっさと帰らねば。


 仕事が終わると俺と明日香さんは自転車に乗って、途中お見舞いに果物を買い、西川の家に向かう。


「ここが、西川君の家だよ」

「へぇ……」


 二階建ての普通の一軒家だ。暗さのせいか、やや古めかしさを感じるような――ん?


「あれ、降って来ちゃったかな」


 明日香さんの言うように、雨粒が肌に触れるのを感じる。いつも以上に暗く見えるのは雨雲のせいだったのか。

 そう思いながら空を見上げようとしたとき、西川の家の二階の窓から黒い影が飛び去って行くのが見えた。

 西川……なのか? いや、マスターの話通りなら……まぁこの暗さだし、鳥かコウモリがただ飛んでいただけだろう。


「電気が点いてないみたいね」

「両親も出かけてるのかな?」

「西川君のご両親はね……もう……」


 その言い回しで、俺は悟る。どうやらここには、西川と妹の二人で暮らしているようだ。だから生活費を稼ぐためにも、大変な思いをしているのだろう。けど、俺への悪態は別だ。俺はあいつの捌け口じゃない。


「一応、チャイム鳴らしてみようか」


 明日香さんはそう言い、玄関のチャイムを鳴らすが応答はない。


「やっぱりいないかぁ」


 明日香さんは残念そうに言う。が、俺は内心西川に会わずに済むことで、ほっとしている。


「ちょっと待とうか」


 えぇぇぇぇ。明日香さんと一緒なのは嬉しいけど、西川の顔を見るのは嫌だ。もう、玄関前に果物の籠を置いて帰りにお茶でもして帰りたい……。

 そう考えながらソワソワしていると、左手が光るのを感じた。

 また勾玉が点滅を始めている。メアのことは明日香さんに秘密にしてるから、この神器もバレる訳にはいかない。

 俺は右手を被せて勾玉を隠す。


「来たぜ来たぜ来たぜ!」

「え? 尊君何か言った?」

「俺様の出番だ!」


 最悪だよ……。

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