第17話 尊、エロゲーに振り回される

「おい、尊!」

「ゲコか? お前今までどこに――」

「まだ完全に回復してる訳じゃねぇ。もっと栄養が必要だ」

「栄養? カップ麺でいいか?」

「バカ言うな! お前が昨日食べたあれだ、人肉バーガー」

「人肉じゃないけど……」

「いいから、あれをまた食え! そうすりゃ俺様も完全復活よ」

「食えったって、高かったら無理だぞ」

「そしたら人間でも食やいいだろ。そっちのが手っ取り早いしな」

「却下」

「ちっ。とりあえず分かったな? 俺様がいつでも行ける状態にしとかねぇと、お前の周りにゃもう――」

「ん? あれ? ゲコ?」


 目が覚める。日差しが眩しい。スマホを確認すると九時だ。

 今日は学校もバイトもなし。部屋でだらだら過ごすのもいいが……そうだ、昨日博士からもらったエロゲーでもやるか。

 早速パソコンを起動し、ディスクを入れる。メーカーのロゴが画面に映る。

 きたきた。さぁ一体、どんな素晴らしい世界に俺を導いてくれるのかな?

 ロゴが消えると、真っ暗な画面から不気味は音楽が流れ出し、遠くに女性の悲鳴のようなものが響く。

 え、なにこれ……?

 おかしいなと思いながら、画面に近付いたとき、画面全体におぞましい幽霊の顔が映り出す。

 激しく鼓動する心臓を押さえながら俺は画面を消して、ガクガクと震える手でディスクを取り出す。

 その表面には「ほんとうにあった心霊ビデオ」と、あった。

 くそ、博士。中身違うじゃないか……ちゃんと確かめなかった俺も悪いけどさ……。

 だが、このままでは済まされない。俺の脳内はすでにエロゲーに染まっていたから。

 軽く準備をして、問題のディスクをバッグに押し込み、ペダルを踏む。

 せっかくの休日だがまだ朝だ。今のうちなら今日と言う日を取り戻せる。

 俺は真っすぐ、博物館に向けて自転車を漕ぎ進める。




「博士! これ中身違うよ! 死ぬかと思ったよ!」

「おぉ、山根氏。どうかしたガニ?」


 研究室に入るとすぐに、博士に苦情を伝える。まだ九時半だが、みんな十時出勤なので、ここまで誰ともすれ違わなかった。もっとも、控室に寄れば誰かいたかもしれないが、何よりも俺の目的はここなのだ。


「どうしたもこうしたもないよ! これ!」


 俺は博士に問題のディスクを見せる。


「あれ、中身間違えたガニ? すまなかったガニ。こっちが本物ガニ」


 そう言って博士は別のディスクと交換する。


「しっかりしてよ、博士……って、あれ? それは?」


 ディスプレイに映った、エロゲーでない、分子モデルみたいなものを見て、俺は博士に聞く。


「昨日メアから採取した毒の分子構造ガニ」

「へぇ。こうやって分かるんだ。なんの毒だったの?」

「それが、どの毒素とも一致しないガニ」

「なんか昨日、そんな話聞いたような気がするな……」

「ただ、ものすごく類似してるのは一つだけあるガニ」

「そうなの?」

「西川氏をすぐに呼んでくるガニ」

「えぇぇぇぇ」


 あいつに関わるのは凄く嫌だけど、博士にはいつも世話になってるし、呼んでるってだけ伝えて、すぐに帰ってエロゲーやろう……。

 俺は階段をとぼとぼと上って、控室に向かう。


「あ、おはよう、尊君」

「おはよう、明日香さん!」


 はぁ、来てよかった。明日香さんの笑顔が見れたよ。


「昨日はありがとうね」

「ううん、それよりも体調は?」

「尊君のおかげでもうバッチリ」


 そう言って俺に力こぶを見せる。かわいすぎるぞ……写メに残したいな……。


「あれ? でも今日、尊君休みじゃなかった?」

「あ、博士にちょっと用があって」


 エロゲーを貰いに来たとは、口が裂けても言えない。


「あれ、西川さんは?」

「西川君? そう言えばまだ見てないなぁ」

「そっか……」

「なんか、珍しいね。尊君が西川君を探してるなんて」

「いや、博士に頼まれて。呼んでくれって」

「おはよう、お二人さん」


 ドアが開くと、マスターが入って来た。俺たちは挨拶を返すと、マスターは嬉しそうに俺に言ってくる。


「いやぁ、山根ちゃん。ちょうどよかった!」

「え?」

「あのさぁ、急で申し訳ないんだけど、今日シフト入れない?」

「え? 今からですか?」

「そうそう。ついさっき、西川ちゃんとさっちゃんから連絡来てさ、今日欠勤するって。だから天寺ちゃんも、ランチタイム、カフェのほうお願い」

「えぇ、私はぜんぜん。大丈夫ですよ」

「山根ちゃんはどう?」


 え、明日香さんがカフェの給仕係? メイド⁉ お帰りなさいませ⁉


「山根ちゃん?」

「あ、萌え萌えキュンキュ……いや、大丈夫。出来ますよ」


 危ねぇ……興奮しすぎて、ボロを出すところだった。


「悪い、助かるよ。昼飯また、ご馳走するからさ」


 マジか⁉ すると、直に明日香さんのご奉仕を……。

 おっと、また妄想にふけるところだった。まず着替え……いや、その前に博士に伝えて来ないと。

 と、俺が椅子から立ち上がったとき、テーブルにバッグが引っかかって、その中身が雪崩のごとく、テーブルの上に飛び出す。

 はい、終わった。何もかも。

 一糸纏わぬ萌え絵の美少女は俺に向かって微笑む。もちろん強烈なタイトルもはっきりと読み取れる。

 俺の時間は止まる。さよなら、俺の幸せ。はぁ、きっと明日香さんはゴミを見るような目で俺を見てるんだろうな。そうです、俺はゴミなんです。

 怖くて明日香さんを見ることも出来ない。が、そのとき、


「お、悪い悪い。山根ちゃん、俺のエロゲー持たせたままだったね」

「えぇ、マスターこんなのやってるのぉ? 面白いの?」

「まぁまぁね。結構、ストーリーもしっかりしてるんだよ」

「へぇ、どんなだろう?」


 マスターはエロゲーを掴み取る。

 俺にはそんなマスターが神々しく見える。おぉ、ジーザス……。思わずお祈りを捧げそうになる。

 あれ? でも、明日香さんのこの反応。もしかしてNGじゃなかった?


「ってことで山根ちゃん。これは俺が借りるよ」


 マスターが俺に耳打ちする。今日ここに来た目的はあっさりと達成できずにに終わったが、まぁ窮地を救ってくれたお礼だ。飲もうじゃないか、その願いを。


「じゃあ、ちょっと博士に伝えてきます」


 俺は再び階段を下り、博士に西川がいないことを伝えた。

 さぁ、西川もいないなら、明日香さんとの楽しい時間の始まりだ。

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