第16話 妹
「人間……? ちょっと待ってよ、マスター。だってこいつ人間を捕食……」
メアに捕食されていた亡骸に目をやる。それは出血こそしているものの、食われたような形跡はなかった。だったらあの咀嚼音みたいのは何だったんだ⁉
「傷口から察するに、こいつの針かな?」
犠牲者を見ながらマスターは言う。
「針?」
「まぁ、詳しく調べてもらう必要がありそうだな。山根ちゃん、俺の胸ポケットからスマホ出してプロに掛けてちょうだい」
「はい……」
言われるままスマホを操作し、プロに掛ける。
「うんうん、そう。んじゃ、よろしくね。山根ちゃん、サンキュー。もういいよ、切っちゃって」
俺はマスターの耳に当てていたスマホを離し、通話を切る。
「プロが、来るんですか?」
「そうそう、博士はほら。体使うの苦手だから。プロに運んでもらわないと。俺もいつまでもこのままじゃいられないしね」
博士が脳筋タイプじゃないことは分かる。が、プロに運んでもらうってのが分からない。このメアをか? いやいや、プロにそんな筋力はないだろう……。
「正確に言うと、半人半メアかな? 両方の波が出てるのよ」
「それって一体どういう……」
「さぁ、俺もこんなケース初めてだからねぇ。ただまぁ、人間の要素はまだあるって訳だから、殺す訳にも行かないでしょ」
自分が窮地だったってのに、あの一瞬でそんなこと考えてたのか……。あれ、そう言えば……倉庫で襲われたとき、ゲコも攻撃の手を止めていたように見えたけど、まさか……どうなんだろう? 肝心のゲコは未だに反応なし。前回もそうだったけど、治癒に相当のエネルギーを消費するのだろう。
「お、来たね」
マスターの声に反応して周囲に目を向けると、建設現場の一角につむじ風が起きている。
「涌井氏、辰己氏から聞いたガニ」
特徴的な口調と共に、風の中から博士が出てくる。そのあとからプロも出てきた。どうなってるんだ?
「おぉ、博士。こいつだ。ちょっと見てよ」
マスターは切り離した両手で押さえているメアに目をやって、博士に言う。
「ちょっと見てみるガニ」
博士はそう言うと、メアに近寄る。すると、白衣のポケットからペットボトルを出して、それを飲む。それから人差し指を鋭く伸ばして、メアの腕に食い込ませた。
「もう手を離しても大丈夫ガニ」
メアは動かなくなった。
「博士、一体何を?」
疑問を先送りせず、俺は博士に聞いた。
「暴れないように、麻酔を注射したガニ」
「麻酔? 博士の指から?」
あれ、モグラってなんかそんな能力あるんだっけ? 博士のオヤはモグラだったはず。聞いて益々疑問が残る。
「だから、さっき麻酔薬を飲んだガニ。それがわいの体の中を通って、指先から注射液として出せるガニ。わいもただのモグラじゃなく、日々進化してるガニ」
「なるほど……」
え? それ、麻酔薬そのまま飲ませればよくないか……? 喉元まで来たその言葉を、俺は飲み込んだ。
「これは……毒だと思うガニが、研究室でよく調べるガニ。これはエロゲーどころじゃないガニよ」
博士の興奮した様子。よほど興味を惹かれるもののようだ。
ん、待てよ? ってことは博士の中では【研究>エロゲー>俺】か……。
「頼んだよ、博士。んじゃプロ、よろしく」
「あ……任せ、て」
プロはメアに向けて右手を上げると、メアをつむじ風が包み込む。そして風と共にメアの姿は消えた。続いて、博士とプロも出てきた風の中に入る。その風も二人の姿と共に消えた。俺は知識をフル稼働させて考える。きっとあれはワームホールのようなものなのだろう。
「あれ、死体はそのままかよ……」
現場に残った犠牲者を見ながらマスターは言う。
「まぁ、誰にも見られてる訳じゃないし、あとは警察に任せましょうかね」
「見られる?」
「ほら、変にうちらが疑われたら面倒じゃない」
「まぁ、確かに」
「結局最初の大きな波の主は会えなかったけど、まぁ一件片付いたし、良しとするか」
「あの……」
「ん、どうした?」
ここで西川を目撃したことを報告しようとした。だけど、確証がある訳じゃないので、少し濁して言う。
「西川さん、この辺りにいないですよね?」
「西川ちゃん? いないいない。妹ちゃんのことがあるから、仕事以外で家を離れないよ」
「妹?」
「あれ、聞いてない?」
「はい……」
「しまったなぁ。言っていいもんかなぁ」
「マスター、お願いします。教えてください!」
別に西川のことなんか興味ない。あんなやつ。俺はただ、マスターがそこまで西川がここに居るはずがない、と言い切る根拠が知りたかった。ただ、それだけだ。
「絶対に言っちゃダメだよ?」
そう釘を刺すと、西川の妹のことについて俺に話し始めた。
「西川ちゃんはさ、元々かなり荒れててさ」
今でも荒れてますけど……。
「メアのくせに人間じゃなく、メアを襲いまくってたのよ。まぁうちらもそうだけどさ」
まぁ確かにそうだけど。
「ただ違うのは、うちらは人間を守るって大儀があるけど、彼の場合手あたり次第メアを襲ってた」
あいつらしいと言えばあいつらしいけど……。
「それである日、うちの博物館、エデンに襲撃に来たのよ」
「え……そうなのですか?」
「ただうちはほら、精鋭揃いだからさ。彼もまぁ強かったけど、返り討ちにした訳」
ざまぁみろ。
「別に命までは取ろうと思ってなかったんだけど、負けを悟った彼はさ、命乞いじゃないけど言う訳よ。自分は死んでもいいけど、妹を助けてくれって」
ん、どういうことだ?
「聞けば、彼には先天的に目が不自由な妹が一人いるんだって。それが突然原因不明の昏睡状態になって、ついには医者も匙を投げたようでさ。懇願する彼の必死さに、俺たちもそのままにはしておけず、様子を見に行ったのよ」
「西川……さんの家に?」
「そうそう。そこで目にしたのは、青白い顔してぐったりとやつれて、息もたどたどしい妹ちゃんの姿」
俺は黙って聞きいる。
「同行してた博士にすぐ見てもらってさ、栄養だけはその場で点滴を設置して送ることが出来た。血液を持ち帰って調べても、原因は毒と言うことしか分からず、なんでも他のどの毒の分子配列とも一致しない型みたいでさ」
「中和出来ない……?」
「そそ。栄養で死なないように生かしてるのがやっと。それも毎日薬を入れ替えないといけないから、西川ちゃんも大変だろうよ」
「でも、毒の元があれば、どうにかなるんじゃ?」
「それがさ、メアに襲われたことしか分からないみたいで。だからどういったメアか、毒がどんな種類かも手がかりなし」
「それで、メアを手あたり次第に?」
「そうだね。でもうちらが協力を申し出たら、素直に受け入れてくれてね。山根ちゃんがうちに入るちょっと前までは、接客も普通にやってたんだけどねぇ」
「俺がエデンに勤め始める前まで?」
「そうそう。今よりずっと明るかったよ、彼」
「なんか……俺が原因?」
「違う違う。山根ちゃんが入る一月くらい前からだから」
とりあえず、俺があいつを変えた訳ではないらしい。むしろ、毎日いびられて迷惑してるのはこっちだ。
「まぁそういう訳だから、彼は今も妹ちゃんのとこにいるよ」
「分かりました。俺も変なこと言ってすみません」
「気にしなさんな。んじゃ帰ろうか」
バイクに戻ると、俺はマスターの後ろに跨った。
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