第15話 マスターVSメア

「一人で行ってもつまらないじゃない。それに山根ちゃんもさ、いざメアと戦うってなったときのために、色々勉強しとかないと。ね」


 確かにそれもある。だけどそれ以上に、メアのマスターが人間を守るためって言ってるのに、人間の俺がそれを黙ってみている訳にもいくまい。マスターと一緒だと言う安心感が、俺にそんな使命感を生み出す。


「また籠に乗せて行くんですか?」

「何言ってるの。あのときは俺の体を頭と分けたからでしょ。今日は俺の後ろに乗ればいいよ」


 そう言うと、マスターは俺にヘルメットを渡してきた。そのままマスターのアメリカンスタイルの大型二輪に乗って、颯爽と風を切りながら走りだす。


「そいや、山根ちゃん。博士には聞いたの?」

「ん? 何をです?」

「ほらぁ。山根ちゃんの中にいるメアのこと」

「あぁ。なんか、カエルみたいです……」


 虎や狼のような猛獣を期待していたところもあり、気恥ずかしさからボソっと答える。


「おぉ、そんじゃ俺と仲間じゃんね」

「仲間?」

「ほら、俺はトカゲでしょ? 同じ爬虫類」


 マスター、カエルは両生類ですよ……。


 そんなだらだらした会話を続けながらしばらく進むと、マスターはバイクを止めてヘルメットを脱ぐ。


「ここか。山根ちゃん、行くよ。さぁ降りて」

「あ、はい」


 大きな建設工事現場。病院、学校、ショッピングモール。建物はまだほとんど骨組みだけだが、そう言ったものが建ちそうな広さだ。


「ちょっと慎重に行くよ。どこにいるか分からないからね」


 マスターのあとを歩きながら、質問する。


「波ってので、分からないもんですか?」

「だいたいこの辺りってだけで、ピンポイントで分かる訳じゃないのよ。西川ちゃんでもいれば別なんだけどね」

「西川……さんは、分かるんですか?」

「うん。彼は鼻が利くからね。犬の能力だよ」


 西川のオヤは犬なのか……なんか負けた気分で悔しいな……。


「まぁ、ここにいるのは確かだし、何とかなるでしょ」

「西川さんもいい加減な人ですね……」

「そう言いなさんな。彼も色々あるし。今日もさっちゃんと一緒に帰ったんじゃない?」


 さっちゃんとはカフェの給仕係の里田さんのことだ。そう言えば、何度か二人が一緒に帰ってるの見たな。これってまさか、二人は出来てるのか? メアでもそう言う感情あるのか?


「二人は、付き合ってるんですか?」


 いてもたってもいられず、ストレートに聞く。まぁマスターだから聞けるのだが。


「ん? 気になる?」

「えぇ、まぁ……メアもそういう関係になるのかなって……」

「だって記憶は宿主のものを共有してるんだから、あるんじゃない? 俺だって、さっちゃんも西川ちゃんも、もちろん山根ちゃんも好きだし」


 そういう「好き」じゃ、ないんだよな……。

 続けて恋愛について意見しようとしたとき、急にマスターは立ち止まり、左手で俺の口を塞ぐ。


「この音。ほら、あそこだ」


 小声で語るマスターの言葉に耳を澄ますと、公園で聞いたのと同じ、嫌な咀嚼音が聞こえる。言われたほうに目をやると、向こうを向いたまま屈み込む人影を見つける。


「どうやら、あれ一体だけのようかな?」


 マスターは周囲を見回してそう言った。


「一体って、複数いたってことですか?」

「いや、最初に感じた波はもっと大きかったからさ。まぁ場所も離れてたし、気のせいかな」


 波を感じ取れない俺にとっては、そんなものか程度しか分からない。


「んじゃ、山根ちゃんは今日はここで見学。さくっとやって来ちゃうから、メアとの戦い方をよく観察しといてよ」


 そう言うと、マスターは一直線にメアに向かっていく。


「おりゃぁぁぁ! ウルトラストレートミサイルパーンチ!!!」


 マスターの叫びとともに、振りかぶった右手は鞭のようにしなって、槍のように鋭くなりメアの体に襲い掛かる。

 が、マスターの声に気付いた女メアは間一髪それを避ける。なんでいちいち大声で言うかな……。

 避けたメアの奥には、血だらけの男性が倒れている。犠牲者のようだ、一足遅かった……。


「甘いな!」


 今度はマスターの左手が伸びて、メアの首を鷲掴みにする。苦しそうにもがくメア。そのまま腕が伸び、メアは首を掴まれたまま宙に浮く。


「山根ちゃん、メアを確実に仕留めるには頭部の破壊だ。ちょっとグロいけど、きっちり見ときなよ」


 そう言うと、宙ぶらりんのメアの頭部めがけて、槍となったマスターの右腕が伸びていく。

 そのとき、もがくメアの爪が針のように伸び広がり、マスターの腹部に向かっていくのが見えた。

 昼間倉庫で俺が対峙したときのメアと全く同じ攻撃。ならばこれはただの針じゃない。猛毒だ。


「マスター! 危ない! 毒!!!」


 瞬時に俺は大声で叫んだ。マスターはそれに反応し、一瞬ビクンとなった。だが、避けることも出来ないほどの数の針が、マスターの体を貫く。


「うぐぁぁぁぁぁ!」


 それでもマスターの右手はメアの頭部を貫き、共に地面に倒れる。

 遅かった……。無数の針で貫かれたせいか、その体は綺麗に上半身と下半身に分かれている。俺がもっと早く気付いていれば……。マスター……。

 倒れたマスターの体が涙でにじむ。その光景を茫然と見ることしかできない俺は、その場に立ち尽くす。自分の無力を嘆き、やるせない気持ちのまま空を見上げると、骨組みの間を飛び交う人影が見えた。

 西川⁉

 涙のせいで鮮明ではないが、あの憎らしい顔つきは俺の知る西川だった。

 西川……どうしてここに? マスターがこんな目にあってるのに、素通りするのかよ……。

 そうだ、ゲコ。ゲコ! マスターを助けてくれ!

 ゲコならもしかしたらと思い、頭の中でゲコに呼ぶも、全く反応がない。

 目の前に倒れたマスター。俺たちを放って消えて行く西川。眠ったままのゲコ。俺……どうすりゃいいんだよ……。


「ちょい、山根ちゃん。手、貸しとくれ」

「……マスター⁉」


 マスターの上半身はこちらに顔を向けしゃべっている。


「マスター! 無事なんですか⁉」


 急いでマスターの元へ駆け寄る。


「山根ちゃんのおかげでね。ナイスアシスト」

「だって、体が……体が⁉」

「忘れちゃないかい? 俺が体を切り離せるってことをさ」


 首は見たけど、他の部位も出来るのか? だとすると、これは意図的に分離したってこと? 無事なのはよかったけど、本当にショック受けたのに……。


「マスター……意地が悪いですよ……」

「ん? そうそう、山根ちゃん、俺の下半身を体にくっつけちゃってよ」


 俺が悲しみに暮れていたことなど、きっとこの人は理解してくれていない。


「はいはい」


 まぁ無事でいてくれるならいいか。返事はしたものの、マスターの下半身なんてすぐ隣にあるんだから自分で取れば……。

 そう思いながらマスターの手を見ると、これまた体と分かれているじゃないか!

 それだけじゃない、マスターが槍と化した腕で貫いたと思ったメアの頭部は、そのまま原型を留めている。マスターの両手がガッチリと抑え込んでいるから身動きさえしていないが、息はある。


「マスター、メアは?」


 言われた通り下半身と上半身の「付け根」を合わせると、腕のないままマスターは起き上がって言う。


「いやぁ、ありがとさん。いやさ、止めを刺そうとしたところで気付いちゃってさ」

「気付く?」

「こりゃ、メアじゃない。人間だ」

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