第13話 侵入者

「俺様はゲコ!」


 慎重もヘチマもない、思い切りドアを開けてヘンテコなポーズを決める。なんのために尾行したと言うのだ……。

 幸いなことに、追跡していたメアの姿はなく、気づかれることは無かった。でも姿がないと言うのは、また問題だ。


「おいゲコ、いくらなんでももっと慎重に」

「何言ってやがる、俺様がこそこそと卑怯なマネ出来るか⁉」


 それは正々堂々とはちょっと違うぞ……。


「しっかし、どこに消えた、あのメア。確かにここに入ったんだがな……ん? お? これ、俺様か?」


 姿見に映った自分の姿を見て、ゲコは興奮気味に言う……自分のってか、俺の……だけど。


「おうおう、元が尊の割にはかなりイケてるじゃねぇか!」

「お前さ、いちいち一言余計なんだよ」


 鏡に映った俺は、吊り上がった鋭い目に逆立つ髪。幾分、普段の俺と違う容姿に見える。


「おい、こそこそしてねぇで出てきやがれ!」

「やめろ、大声出すな! 気付かれたらどうするんだ⁉」

「あん? 決まってるだろ、戦うのよ」

「戦うって、武器も何もないだろ⁉」

「ち、仕方ねぇな。よく見てやがれ」


 そう言うと、姿見のほうを向き舌を出す。みるみるそれは長く伸び、ついには姿見を巻き抱えて持ち上げる。


「ほうあ、いはは」


 舌を出したまましゃべるが、そのせいで発音が出来ていない。ゲコのことだから「どうだ、見たか」とでも言ってるのだろう。それにしても、その姿は我ながら格好悪すぎる……明日香さんの前では絶対……⁉ 持ち上がった姿見の奥に人影を感じた。


「ゲコ! 鏡の奥!」

「ん?」


 そこから突然、長い針のようなものが伸びてくる。間一髪でゲコはそれを避ける。


「あんあおはえ! ひほうはお!」


 ゲコは針の主に叫ぶが、舌を出したまま相変わらずで聞き取れない。


「ふふふ。よく避けたね。どんな奴かと思ったけど、こんな醜いマヌケだとはね」


 こちらに歩み寄る影は倉庫の灯りに照らされ、その姿を現す。黒い長髪のその女は、俺たちが追っていたメアだ。


「今のうちに大口叩いてやがれ。俺様を怒らせるとどうなるか、身をもって教えてやる!」


 ゲコは姿見を離し、伸びた舌を口に戻して言った。


「ほう、なら私を楽しませてみなよ!」


 そう言うとメアの指だか爪だかが鋭い針のように伸び、その十本の針が一斉に俺の体を襲う。

 ゲコは器用にそれらをかわし続ける。


「おう、そんなもんか? 止まって見えるぜ。口の割に大したことねぇ攻撃だな」

「クソがぁ! そんなに言うなら見せてやるよ、私の本気をねぇぇ!」


 伸びた十本の針はそれぞれ枝分かれして、無数の針の雨となり、四方から俺の体

に向かって降りかかる。さすがにこれは避け切れないぞ……。

 次の瞬間、それらは金属音を奏でて激しく交差する。その激しさのせいか、その中央は摩擦によってできた煙が立ち込める。


「ふ、やったか。まぁ私に本気を出させたことは認めてやるよ」


 次第に煙が晴れると、そこに俺の体はなかった。


「な、なに⁉」


 それを見てメアは驚愕する。そのとき俺の視線はもっと高いところにあった。


「だから言ったろ? 俺様を怒らせるなって」


 天井に貼り付いたゲコは、ものすごい速さで舌を伸ばし、メアの体を縛り上げる。そして、今度は舌を収縮していき、その勢いのままメアの体に突進する。


「おはえほはいいんは、おへははおひふひっはほほは」


 恐らく「お前の敗因は、俺様をみくびったことだ」かな。倒れたメアを舌でさらに縛り上げる。みしみしとメアの筋が切れるような音が響く。このままメアの体を骨ごと切断しそうだ。むしろ俺もみくびっていた。ゲコはかなり強いぞ。舌を出したままなのはやや不細工ではあるが。


「ん?」


 ゲコは突然、締め上げている舌を緩める。


「どうした? ゲコ」

「いあ、ほいふ……⁉」


 ゲコはしゃべり終わらないうちに、突然倒れ込む。一体どうしたと言うのだ?

 下げた視線は、腹部を貫くメアの針を映す。舌を緩めたことで、メアの反撃を受けたのだ。

 正直、どうして緩めたのか分からない。だがそれ以上に、腹を貫いてるとは言え、公園で受けたときの傷口に比べればぜんぜん狭い。なのにゲコは動かない。


「ゲコ、どうした? 大丈夫か⁉」

「毒だ……かなりの……なんとか、中和したけど……力使いすぎた……逃げろ……」


 次の瞬間、俺の体は俺に戻る。ゲコが力を使って治してくれたようで、傷口は塞がっているし、毒も抜けているようだ。


「くそ、私としたことが、お前の力を……見誤っていたようだ、ね……」


 メアは起き上がる。が、ゲコに受けたダメージは相当のようで、体をよろめかせている。

 ゲコは逃げろと言ったが、出口はメアの向こうだ。よろめいている今のうちにダッシュで走り抜ければ……。

 時間をかけてメアが回復してしまう前にと、俺は出口に向け猛ダッシュする。


「逃がしゃしないよ!」


 メアの横を通過しようとしたそのとき、例の針が俺に襲い掛かる。

 だめだ、ものすごい速さだ。このまま俺は……。

 その速さにどうすることもできず、もはや体を貫かれるのだと諦めかけたとき。


「ぐぁぁぁぁ!」


 突然、メアの断末魔の叫びが響く。メアの体に大きな穴が開いているのだ。


「山根さん、無事?」


 扉のほうから聞こえる声の主を見る。


「里田……さん?」


 後で束ねたセミロングの髪に、小洒落た眼鏡。それはカフェのアルバイト、女子高生の里田さんだった。彼女もまたメアなのだろうが、今さら驚きはない。とにかく、助かった。


「あ、ありがとう。助かったよ……でも、どうして?」

「トイレに行こうとしたら、下でメアの波を感じたの。変だと思って来てみたら、山根さんが襲われてて、慌てて……」

「いやぁ、よかった。ほんと危なかった」

「山根さんは怪我はない?」

「うん、俺はほらこの通り」


 体をアピールする。ついさっきまでは穴が開いていたが、ゲコのおかげで跡形もなく完治している。


「でも里田さん来てくれなかったら……博士なんて同じ地下にいるのに、全く気付いてないようだし……」

「あはは。博士は仕事に夢中なんじゃない?」


 つまりはエロゲーに夢中と言うことだ。俺の命がかかってるってときに……ったく。


「でも、ここにメアが侵入してきたとか、みんなに心配かけちゃうから内緒にしたほうがいいよね」

「まぁ確かに。メアは駆除できたし、特に被害もないみたいだから……でも、メアの処理はどうする?」

「そこはあたしに任せて。山根さんも仕事に戻らないとでしょ?」

「あ、うん」

「じゃあここは片付けておくから、先に戻っていいよ」

「なんか、重ね重ねありがと」


 礼を言うと、彼女は俺に笑みを浮かべて答える。ちょっとドキっとしてしまったが、危ない危ない、俺には明日香さんと言う人が……まだなんもないけど……。

 里田さんの言葉に甘え、俺は階段を上る。俺もトイレ行ってることになってるし、早く戻らないと館長を心配させてしまう。メアの処理はプロのときみたいに、里田さんがうまくやってくれるだろう。

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