第12話 俺様はゲコ!

「お前さ、三十分以内って言ったよな?」

「過ぎてませんよ。あと一分あるし」


 西川の顔は不機嫌を通り越し、怒りを押し出して俺に言う。


「口答えすんじゃねぇよ! ちんたらしやがって、クソのろまが」


 かなり強い口調で俺に凄むと、西川はそのまま事務室を出て行った。

 前から嫌味な奴とは思っていたけど、最近更にひどくなってるな。日に日に苛立ちを増してる感じだ。


「おい、何だよありゃ」

「な⁉ お前……出てくるなよ……」


 頭の中で声が聞こえる。俺のメアが話しかけてきた。


「尊がバカにされるってことは、俺様がされてるのと同じだ。あいつ許せねぇな! おい尊、ちょっと体を貸せ!」


 こいつなら、恐らくすぐに西川に飛び掛かって行くだろう。ボコボコにしてくれればそれはそれでスカっとするが、さすがにそう言う訳には行かない。あれでもここのスタッフなのだから、館長やマスターに迷惑をかけてしまう。


「そんなことできるか。ってかお前、いつも見てるの?」

「あぁ? 俺様は今起きたとこだ。昨日尊の体を動かしたからな、中々疲れが取れねぇ」

「へぇ。メアも疲労があるのか」

「あったり前だ! お前ももっと栄養のあるもん食えよ。人間とかよ」

「……本気で言ってるのか?」

「身体を共有してるんだからよ、俺様の活躍が見たかったら――」

「却下」

「即答かよ、この石頭が」

「お前の活躍ってなんだよ、カエルのくせ……そうだ!」

「ん? どうした?」

「いつまでもメアって呼ぶのも不便だ。お前に名前を付ける」

「ほう、確かに俺様は特別で最強だからな。悪くないぞ。そしたらあれだな、強くてかっこよさそうな……ダーク――」

「ゲコ」

「……は?」

「お前の名前はゲコだ」

「尊……お前ふざけてんのか⁉」

「なんだ、月光知らないの?」

「月光だぁ?」

「月の光……ゲッコウを短くしてゲコ。夜を照らす神秘的な光。気に入らない?」

「……おい、尊。お前天才かよ⁉ ゲッコウ……ゲコ。そうだよ、まさに俺様のミステリアスな強さにピッタリじゃねぇか!」


 気に入ってくれたようだ。とりあえず、小学生の頃飼っていたカエルの「ゲコ」のことは伏せておこう。

 そうこうしている間に、ぞろぞろとカフェ目当ての客が入ってくる。俺はパスを確認するだけなので、手持ち無沙汰に引き続き脳内でゲコと会話をする。


「そういやゲコ。普通に会話してるけど、お前日本語どこで覚えたんだ?」

「日本語? よく分かんねぇけど、俺様は尊の記憶を共有してるから言語も同じなんじゃねぇか?」

「共有って、脳は俺のままだろ?」

「支配こそできなかったが、繋がっちゃいるからな。尊のことならなんでも分かるぞ」


 なるほど……。なら、あまり話を引きづって、俺の黒歴史を蘇らせてはまずい。


「ところで、お前を体に憑依させたり戻したりするのってさ……」


 あれ、なんか急にゲコの反応がないぞ。


「おい、聞いてるか? ゲコ?」

「――しっ。ちょっと待て、尊」


 ゲコらしからぬ、神妙な口調に俺は息を殺す。


「――やっぱりな」

「やっぱりって、どうかしたのか?」

「今ここを通ったあの女、メアだ」


 視線を来場者の女性に向ける。なんの変哲もない、普通の若い女性の後ろ姿だ。


「あれが? どうして分かるんだよ」

「波だよ。人間のと違う、メア独特の波を感じる。尊、お前はなんも感じねぇのか?」

「う、うん……」


 マスターも昨日明日香さんを探しに行くときに大きな波がどうとか言ってたし、どうやらメアにはそれを感受する機能が備わっているようだ。

 ほんとこう見ると、ここのみんなもそうだが、うまいこと人間社会に溶け込んでいるんだな。


「追うぞ」

「はあ?」

「ありゃ、なんかあるぞ」


 何言ってるんだこいつ。あの女性が何かするとでも言うのか? 第一、ここはメアの巣窟だ。暴れようが何しようが、その前にほかのみんながそれを察知してどうにかするだろう。


「なんかあるって、どう言うことだよ」

「誰かは分からねぇ。でもあの女の波は、ここで働いてる誰かと全く同じだ」

「同じって?」

「そいつと同調の波を出してるから、本体の波にかき消されて、こいつのは分からなかった。俺様も直接触れてなきゃ気付かなかった」


 さっきチケットの半券を切った際、彼女の手に微かに触れたことか?


「確証がある訳じゃねぇけど、あいつは危ねぇ。放っとくとまずいことになるかもしれねぇぞ」


 俺は元々感じることは出来ないけど、確かに誰かスタッフが彼女に近付く様子はない。だからと言ってそれが危険な存在ってのも、ゲコ自身確信がある訳じゃないみたいだけど……。


「尊、早く! 行くぞ!」

「だから持ち場を離れる訳に行かないって!」

「うまいこと言って、誰かにここを任せろ」

「お前なぁ、いきなりそんな――」

「俺様を信じろ、尊!」


 初めて聞いたゲコの真剣な叫び。確かにあれが危険な存在だとすると、他のみんなが気付いてない中、俺まで放っておいてはいけないのかもしれない。

 ここは俺の大事な場所。明日香さんに取ってもそう。守るべき大事な場所なんだ。


「お腹が痛い? 大丈夫かね?」

「はい……すみませんけど、トイレ行ってる間、受け付けお願いしても――」

「ここは任されたから、早く行っておいで」


 昼時でカフェは忙しい。俺は館長に嘘をついて、持ち場をお願いした。確証がない中、話を大げさにしたくなかったから。


「な? いよいよ怪しいだろ?」


 ゲコは自信に満ちた声で言う。女のメアをつけると、関係者以外立ち入り禁止のはずの階段を下る。カフェでも二階の展示フロアでもない、地下室に下りて行ったのだ。

 確かにこれはおかしい。本当に誰も気づいてる様子もないし、これはさすがに館長に報告したほうが……。

 もしこのメアが敵対的に対峙してきたら、俺一人では止められる自信がない。


「おいおい、まさか引き返すとか言わねぇだろうな?」


 俺の考えを察知し、ゲコが聞いてくる。


「さすがに無茶は出来ないだろ。みんなを呼んだ方が――」

「バカ野郎! 俺様と同じ体を使ってるくせにとんだ腰抜けかよ⁉」


 同じって……いやこれ、俺の体だからな?


「あ、あれ?」


 戻ろうとする俺の意志に反して、その足は階段を下り始める。


「ゲコ、お前まさか⁉」

「ん?」


 足こそ言うことを聞かないが、手や顔は俺の意のままに動く。ゲコも承知してない様子だが、これも神器の影響とかなの――。

 そう思いながら左手の神器を見ると、点滅のような淡い光を放っている。


「なんだこれ?」


 不思議に思いながら、右手で神器に触れる。

 「ドクン」と言う、大きな心臓の鼓動のような衝撃が全身を走る……一瞬時が止まったような感覚になったが、特に何かが起きたとかはなさそうだ。

 追っていたメアは倉庫の一室に入って行く。とりあえず一番近い博士のとこに行って報告したほうが……。

 あれ? 研究室を振り向こうにも、体は全く言うことを聞かない。


「来たぜ来たぜ来たぜ! 俺様の出番がよ!」


 俺の口は勝手に言葉を発している。またゲコに体を使われているようだ……。

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