第11話 へんてこ博士
正面玄関の鍵を開けると、そのまま受付カウンターに待機する。
来場者のチケットから半券を切り取り、館内の案内図を渡す。これが俺の仕事。いわゆるモギリだ。
もちろんそれだけでなく、書類やデータの処理。事務作業全般。それを一人でやるとなると、さぞ重労働だと思うだろうが、実際は至極楽な仕事だ。
土曜だと言うのに、開場しても誰一人入ってこない。
理由は明確で、「ここに魅力がない」の一言に尽きる。
「私立多摩郷土博物館 エデン」
外見こそ、その名の通り洋風の館のような佇まいで立派ではあるものの、中身はからっきし。地上二階地下一階で、地下室はまるまる倉庫になっている。一階は事務室やら職員専用スペースが大部分を占め、客が利用できるのはカフェくらい。二階が展示フロアとなっている。
建物自体の大きさが、一般的なファミレスを四件合わせるくらいあるので、二階だけと言っても決してそれが狭い訳ではない。
だが、箱の大きさだけが取り柄で、展示物はすべて郷土の出土品ばかり。有名な偉人がいた訳でも、大きな戦場があった訳でもない。
そんな中展示してあるものと言ったら、歴史と言えるほど文明が発達していなかった頃の、石器や土器、さらには貝塚の貝やら骨やらばかり。
なのでリピーターなどほぼほぼいないし、初見でもなんの宣伝広告もしていないこんなところに来る客は稀である。むしろ、何も知らずやってきた家族連れのときなどは、期待に瞳を輝かせる子供たちに対し、申し訳ない気持ちで胸が痛くなる。エデンと言う名に、完全に負けている。
ただ、カフェのほうは多少評判が良く、昼時などはわざわざそのために年パスを買った、サラリーマンや主婦たちで賑わうことも多い。
給料を貰っている身ではあるが、常々経営が心配になる。でも、やっていけている訳なので、他の不動産や株式など、資産運用できっと大きな利益を出しているのだろう。
開場して三十分。未だに誰一人来ない。いつものことではあるが、あと三十分、十一時になればカフェ目当ての客でちらほら入ってくるはずだ。
「――痛っっっっっ⁉」
唐突に頭に衝撃を受ける。そんな頭を手で押さえながら振り向くと、憎らしい顔がそこにある。
「こんなのも避けれねぇのか、本当にのろまだな」
西川は丸めた雑誌を手に持ちながら悪態をつく。くそ、こいつが俺をはたきやがったのか。急に後ろからなんて普通避けれる訳ないだろ! が、どうにか言葉を飲み込む。が、目だけはきちんと抗議を伝える。
「松さんがお前を呼んでる。いいか、三十分以内に戻って来いよ」
そんな俺の抗議の視線などお構いなしに西川は言う。ん? 松さんて博士だよな。俺が離れる間、こいつが受け付けをするのか。
そもそも西川のやっている備品管理などの仕事より、俺の仕事のほうが楽だ。こいつの性格上、無理やりにでも俺に仕事を変われと言いそうだが、それは無かった。
こいつは極力人との接触を避けているようで、今も渋々と言った表情だ。三十分以内とは、カフェに来る客が来る前にと言うことだろう。その辺、こいつも普段客が来ないことは把握しているようだ。
まぁこんな性格だから、接客でもしようものなら、ただでさえ悪い評判が更に下がってしまうだろう。今日は明日香さんの代役で来ている訳だから、余計に職場に迷惑は掛けられない。
「もたもたしてねぇで、さっさと行けや! こののろまが! ぶち殺すぞ!」
「分かりましたよ。じゃあ、ここお願いします」
人付き合いの出来ないコミュ障め。内心そんな捨て台詞を残して、俺は地下への階段を下りる。
博士は地下の倉庫の一角で、研究室と銘打った部屋にいつもいる。平日はどこかの大学の客員教授をしているようで、エデンには土日しか顔を出さない。なので他のスタッフの中では面識は一番少ないが、割と気が合う。
「山根です」
「開いてるガニ」
ドアをノックして来たことを伝えると、ドアの奥から独特な返事が来る。
中に入ると、本棚以外閑散とした部屋の正面に、こちらに背を向けたまま座っている人物が目に映る。
「博士が呼んでるって、西川さんが」
「ほら、山根氏。早く座るガニ」
博士の横にはあからさまに用意されたパイプイスが置いてある。そこに腰かけ、博士に目をやる。
ぼさぼさ頭を隠すよう被った帽子。年は三十半ばくらいで小太りの体格。眼鏡を掛けたその目線の先は、テーブルの上に置かれた本に向けられ、両手はキーボードを忙しくブラインドタイプしている。俺の知る博士そのものだ。
「山根氏ぃ。星野氏から聞いたガニ!」
博士はその口調を保ちながらも、やや興奮気味であるのが伝わる。ちなみに星野とは館長の苗字。明日香さんの母方の祖父なので、彼女とは苗字が違う。
「館長からって、もしかしたらメアのこと?」
「それだけじゃないガニ。早く出すガニ」
「出す? 何を?」
「神器に決まってるガニ!」
そう言うと、博士は初めて俺のほうを向く。その瞳は少年のように、純粋に輝いているように見える。きっと彼にとっては、この上ない研究材料なんだろう。
「あぁ、これ?」
神器と聞いて、まだピンと来ないのもあって、確認するように左手を博士の前に出す。
「おぉ、これは天寺氏とはまた違った――」
博士は勾玉を少し触ると、俺の左腕を掴み、A4サイズのタブレットのようなものの上に乗せる。
「博士、これは何?」
「わいの作ったスキャナーだガニ」
俺に答えながらその視線は目の前のパソコンディスプレイに向け、両手はまたキーボードを忙しくたたく。
「スキャナーってことはこれで何か――」
「うぅん。やっぱりどれにも当てはまらないガニ」
「ん? 何か分かったの?」
「地球上にあるどの鉱物とも一致しないガニ。天寺氏の神器と同じガニ」
地球上って、それならこれは一体何で出来てるんだ? ってか、あの一瞬でもうデータが取れたのか?
「山根氏はいつそれを手に入れたガニ?」
「えっと、一昨日……そう、誕生日の前だから一昨日だ」
「どこでガニ?」
「自分の部屋で。気づいたらポケットに入ってて」
「その前に何かおかしなことは無かったガニ?」
「おかしい……バイトのときに、搬入物を倉庫に運んで、そのときに変な光を見たかな……」
「二日前の搬入物――これガニか」
博士は仕入れデータを参照しているようだ。
「とりあえず今はこれで大丈夫ガニ。協力感謝するガニ」
博士は満足そうに俺に礼を言う。
「あ、待って博士」
「ん? どうしたガニ?」
「俺もメアに感染しているようなんだけど、そのメアの正体ってか、何者なのか分かる? マスターのトカゲみたいに」
「あぁ、オヤのことガニね」
「親?」
俺はその言葉に疑問を投げかけているうちに、博士はヘッドセットのようなものを俺に被せる。
「人間に感染する前の第一宿主のことガニ。長いからオヤって呼んでるガニ」
まぁそのメアのルーツってことで……か。長いからって、いかにも博士らし――。
「え、ちょ……博士、これ何?」
「山根氏が知りたいって言ったガニ。さっき協力してもらったし、これからも実験台になってもらうから、わいも協力惜しまないガニ」
どうやら、俺のメアのことを調べてくれるようだ……え? 実験台?
「ほら、これを見るガニ」
俺がそれに対して疑問を投げかける暇もなく、博士はパソコンの画面を見るよう促す。
「これが山根氏のメアのオヤだガニ」
「え……カエル?」
あんな偉そうな口調だから、もっと強そうな猛獣かと思ったのに……なんか違う……。ちょっと拍子抜けだ……。
「これまた、わいとは全く違うガニね」
「え、博士のは?」
そういえば博士もメアだから第一宿主がいるはずだ。最初からちょっと変だと思ったこの口調、博士のそれはカニとかか?
「わいはモグラガニ」
全然違った。もはや影響するのは能力だけで、口調や性格については第一宿主は関係ないようだ。
「じゃああいも仕事に戻るガニ。また協力お願いするガニ」
「うん、俺もまた分からないことあったら――」
ヘッドセットを外しながら、仕事を再開したと言う博士の見つめる画面を見る。
「博士、仕事って……」
画面一杯に広がっているのは萌え絵の美少女キャラ。いや、それどころではない。脱いでいらっしゃる。よく見れば卑猥な体勢で、産まれたままの姿でいらっしゃる。今まで真面目な話をしていたのに、仕事って言ってこれかよ……。
「わいの評論配信が評判で、色んな会社からレビューの依頼が来てるガニよ」
最初広げていた本は、エロゲーの設定資料かよ……。
「山根氏もどうガニ? サンプルいっぱい貰ったから持ってくガニ?」
そう言って、エロゲーのパッケージを俺によこす。
【い・け・な・い♡魔法少女】
「いや、俺仕事中だから……」
「そう言う割に、きちんと懐にしまってるガニね」
体は正直だ。しかし、バッグもないのでシャツの中にしまうしかなかった。
「じゃあ博士、また――」
部屋を出ようとしたとき、肝心なことを思い出す。
「そうだ、メアなんだけど。俺の意志で召喚ってか、出したり引っ込ませたりって自由に出来るの?」
「わいはメアだから考えたこともなかったガニ。でも、メアの周波数をマイナスとすると、神器のそれがプラスだから、そこら辺の兼ね合いがあると思うガニ。つまり……」
「つまり?」
「神器を通すと言うことしか、現状まだ分からないガニ」
「……なるほど」
「でもデータは取ったから、今の仕事が終わったら解析していくガニよ」
エロゲーのレビューより後回しにされてしまった……。まぁ現状俺のメアは大怪我を負ったときの、治癒に役立つ程度だろうから急ぐこともないか。博士なら期待していいだろうし。
「じゃあよろしくね、博士」
そう言って時間を見ると、十一時二分前。
ぁやべ、早く戻らないと。西川にだらだら嫌味を言われるのは耐えられない。
そそくさと、俺は段を駆け上った。
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