第8話 尊と明日香
「辰己……プロ? どうしてここに?」
白髪の彼は俺の問いに優しく微笑みながら答える。
「呼ば、れた。ここ……平気」
「でも、天寺さんが……天寺さんが倒れたままなんです!」
「これ、持って……きた。使う」
そう言って、俺に銅鏡を渡してくる。天寺さんのバッグの中にあった「神器」と言うやつのようだ。それにしても「使う」? 確か……そうだ、額に当てるとかって館長が言ってたはずだ。
記憶を頼りに、天寺さんの頭を抱え起こしてその額に銅鏡を当てる。
「う、うぅん……」
瞼は閉じたままではあるが、どうやら生きている。最悪の状況ではないと胸を撫でおろし、今度は天寺さんの体に目をやる。
驚くべきことに、細かいたくさんの泡のようなものに包まれている。その泡はすぐに引いて、あとに残った彼女の服は血も付いてなければ穴も開いていない。全く元の状態に戻っていた。
「これって……」
プロの顔を見上げて、確認するように言う。
「神器……力」
「天寺さんは大丈夫なんですよね⁉」
「もう、行く。あと……任せる」
「え?」
そう言うとプロは右手を掲げる。それに合わせて、また大きなつむじ風が巻き起こり、今度は俺を飲み込んだ。
暴風の中とは真逆の、静寂に包まれた空間。周りの景色とは遮断され、見渡す限り延々と続く白い世界。ここはどこだとか、俺たちはどうなるんだとか考える間もなく、その世界はすぐ終わる。
白い幕のようなつむじ風が晴れると、そこは俺が自転車を置いてきた雑木林だった。
マスターは、博物館のみんながメアだと言ってた。頭を切り離せるのがマスターの特殊能力だとすると、この風はプロのそれなのだろうか。
「うぅん……」
その声のほうを見ると、俺の脇に天寺さんがいる。
「ちょい、山根ちゃん」
「あれ、マスター? 起きてたんですか?」
反対側にはマスターの頭がある。プロがみんなを、あの場から運んでくれたようだ。
「いや、すぐ意識無くなっちゃうからさ、要点だけ」
「要点?」
「天寺ちゃん起きちゃう前に、俺を紙袋に。彼女に、メアのこと内緒……ボス……み」
それだけ言うと、マスターはまた休眠モードに入ってしまう。とりあえず、天寺さんはメアのことを知らされてないらしい。それなら尚更、俺の口から言えるはずがない。
俺はすぐにマスターの頭を紙袋で被せ、籠に入れる。
「あ、あれ? ここ……山根君?」
間一髪、天寺さんに見られずにすんだ。
「私、どうしてここに?」
「え……いや、ほら……」
やばい、どうにか誤魔化さないと。でも、どうすれば?
天寺さんは俺を見つめたまま、どんどん不安そうな顔になってくる。何か言わなきゃ、でも絶対にボロは出せない。
メアや神器のことは絶対に言えないし。くそ、何も思いつかない……。
「どうしてだと⁉ 何言ってやがる、俺様がこれを探してやったんだろうが!」
俺はそう言って天寺さんに銅鏡を差し出す。って、え? 俺じゃないぞ⁉ あいつだ、メアだ。あのバカいつの間に……。そうか、神器のこと伏せなきゃと考えて、迂闊にも勾玉を擦ってしまったようだ……。
「あ、ありがと……」
「ったく、世話焼かせやがって。でもまぁ安心しろ。俺様がいれば無敵だ」
勝手なこと言いやがって! 天寺さんに向かって、なんて口を利くんだ⁉ やめろ、早く体を返せ!
「ったく、いちいちうるせぇな。少し黙ってろ!」
「え?」
「いやなに、こっちの話だ」
くそ、こいつに勾玉を擦らせなきゃ。
「なんか、山根君。ちょっと雰囲気変わった?」
やばい、ばれる。お前早く戻れよ!
「おう、男らしいだろう⁉」
「うん、ちょっとびっくりした。なんか意外かも」
あれ? こいつ人間を襲う気はないのか?
「あぁ? まぁな。よくよく考えたらお前と共存するなら、人間らしくしねぇとな。まぁこの生活も面白そうだしよ。よかったな、俺様が賢くて。がっはっは」
「え? 山根君、今なんて?」
分かった分かった! いちいち返事するな。ややこしくなる。とりあえずは、ちゃんと俺らしくしろよ。
「いや、こっちのことだ。気にするな。それよりもあれだな……どうすんだこれ?」
何も考えてないのかよ! 余りいい加減なことしてると、博士やマスターに頼んでお前を祓ってもらうぞ⁉
「なに⁉ そんなことできるのか⁉」
いちいち答えるな! マジで!
「山根君、大丈夫?」
「……よし、後ろに乗れ。送ってやる」
メアは自転車に跨り、天寺さんに言う。どうやら、俺としてのまともな判断もできるようだ。口調はあれだが。
「え、いいの?」
「おう。お前は弱いからな。お前が死なないように俺様が付いててやる」
「お前、じゃないよ……」
「あん?」
馬鹿者! 失礼にもほどがあるぞ! 俺がそんな口調でしゃべるか⁉
「明日香って呼んでよ……」
「ほう、明日香か。よし分かった。早く乗れ明日香」
「ねぇ」
「ん、なんだよ?」
「尊君って呼んでも、いいかな?」
「ふん、好きにしろ」
「うん、尊君、よろしくお願いします」
天寺さんはそう言って後ろに乗ると、片手を俺の腰の回す。
え? 明日香? 尊君? ちょっと、これ……かなりいい雰囲気になってないか⁉
やばい、嬉しすぎるぞ! でも待て、これって俺とって言うか、メアといい雰囲気になってるんじゃないのか? でも体は俺だし……。
「ん?」
どうした?
「北のほうで強めの波長が出てるな」
北? そう言えば博物館を出る前に、マスターが北と南に何か感じるって言ってたからそれか?
「よし、こりゃあれだな。バトルの始まりだな」
「尊君、何か言った?」
「おう、このまま行くぜ、戦場に! 落ちねぇように、しっかり捕まって――」
馬鹿野郎! 天寺さんを巻き込む気か⁉ もう体を返せ!
「ん? 戦場って?」
「――え、いや。自転車そろそろ洗浄しようかなって……はは」
あれ? 体が戻ったぞ。どうしてだ? 見えなかったけど、勾玉に触れたのか?
「あ、そうだ。バイト、今日行ったっけかな?」
「うん。バイト終わって、ほら天寺さんが銅鏡失くしちゃったって言うから、一緒に探しに……」
「違うよ」
「え?」
「名前で呼んでよ」
「明日香……さん」
「もう、呼び捨てでいいのに」
自分のヘタレぶりが改めて憎い。こんな嬉しいシチュなのに……。でも焦ってまた失敗するより、慣れて行くんだ! 山根尊、頑張るぞ!
そして彼女の家の前に着いた。
「今日もありがとう」
「ううん。全然、いつでも、送るよ」
よし、よく言った、俺! そうだ少しずつでいいんだ、一段ずつだ。
「じゃあ、また甘えちゃおうかな」
「うん、任せてよ」
「おやすみ、尊君。気を付けて帰ってね」
「おやすみ、明日香……さん」
俺に手を振り玄関に入って行ったが、そのときの彼女がとびきりの笑顔を見せたのがはっきりと分かった。これは、家の中に入れてもらえるのも、時間の問題かもしれないぞ。
明日香さんを降ろしてからも、俺はテンション爆上がりのまま自転車を漕いだ。
「おはよう、尊君」
「……マスター、おはようございます……あと、その口調、真似しないで貰えますか……」
「うん、聞く気は無かったんだけどね」
「ちなみに、どこから……?」
「全然、いつでも、送るよ。辺り」
「そですか……」
「博物館まで送ってって貰える?」
「はい……」
あ、明日香さんにバインの件、どう説明しよう……。
「――血痕らしきもの?」
「はい、途切れた通報を元に向かったらしいのですが、本当にわずかに遊具の淵に付いていただけらしく……血痕の主も通報者も、誰もいなかったと」
「あの辺りは確か……」
「どうします? 『ヒトガタ』の可能性も全くないとは……通報者の電話番号を漁って――」
「いや、必要ない。しばらく様子を見る。それでいいな? 佐野」
「えぇ……。ちぇっ。分かったよ」
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