第3話 誕生日
カーテンから差し込む陽の光と、やかましく鳴り続けるスマホのアラーム音で目が覚める。
「なんか、変な夢だったな」
時間を確認すると十時過ぎ。今日は三限目に英語があるだけ。
軽くシャワーを浴び、適当に身だしなみを整え出発する。
学校自体は近いのだが、途中の坂道には毎回体力を持っていかれる。行きは辛い分、帰りは楽なのだが。
息を切らしながら駐輪場に自転車を置き、目的の校舎への坂道を今度は徒歩で上る。マンモス校ならではの、敷地内に建物が乱立しているため、未だ足を踏み入れたことのない校舎もいくつかある。
学校までのそれと、更なる敷地内の坂道によって、六号館にたどり着いたときには、ぜぇぜぇと言う音しか口から出ない有様だ。
「山根君、大丈夫?」
学食の入口で膝に手を当て息を整えていると、後ろから声を掛けられる。
声の主は天寺さんだ。
元々昼食は決まった場所でとっていなかった。だが天寺さんが毎度ここでほぼ定刻に昼食をとっているのを知り、その時間を共有すべく俺も毎回ここに来るようになった。断っておくが、ストーカーとかではない。きちんと彼女と合意の上だ。
そんな訳で俺が不必要に家を早く出たのも、この為なのだ。
「あ、はい。全然、大丈夫です」
もちろん大丈夫ではない。が、彼女に情けない姿を見せたくはないと、強がってしまう。
「ほんとかなぁ?」
彼女は俺の正面に回り、手を後ろに組みながら顔を上げ、俺の瞳を覗き込む。肌に彼女の吐息を感じる。思いのほか距離が近い。
近すぎる彼女の顔に理性を保つことと、俺の荒い息遣いを悟られまいと言う思いから、止め続けた俺の肺は限界を迎え、床に向かって思い切り息を吐き出す。
「あ、ごめんごめん。ちょっと変な気を使わせちゃったかな」
「い、いえ。そだ、食券買って席確保しましょう!」
そう言いながら辺りを見ると、食堂はもう結構の人で埋まっていた。
「あ、ほんとだ。席無くなる前に急がなきゃ」
天寺さんもそれに気付いたようだ。とりあえず、妙な雰囲気は脱することに成功した。
そして二人で昼飯を調達し、テーブルに着く。
「山根君、昨日はありがとうね」
「え?」
「家に送ってくれて」
「あ、いえ。そんなの全然構いませんよ」
なんなら毎日送りましょうかと言いたいところだったが、俺の性格上そんな大胆なことを言えるはずもなく。
食事を摂り始めて少しすると、彼女の口から全く予想だにしない台詞が出る。
「今日、誕生日だよね?」
「ん、あ……え、えぇ、ぁはい」
「よかったぁ。はい、これプレゼント」
そう言って彼女はバッグからラッピングされた小さな包みを出して、俺に渡してくる。
俺の誕生日を知ってくれているだけでも有り得ないのに……プレゼント⁉
いやいや、これってまだ夢の中なんだろ。
そう思い頬をつねると、きちんと痛かった。
ってことは、これは現実なのか⁉ 天寺さんが俺に⁉
「――お、俺に、っすか⁉」
「決まってるじゃない。それより山根君、タイムラグでもあるの?」
この夢みたいな状況を現実と捉えるまで幾分時間を要し、反応の遅れた俺を優しく笑う。
「最近趣味で編み物始めてね。まだまだ超初心者だから、全くプレゼントって呼べる代物じゃないんで、期待しないでね。もうほんと、子供が作ったような出来だから、いらなかったら捨ててくれても――」
「ありがとうございます! 開けていいですか⁉」
「うん、って、山根君ちょっと声大きいかも……」
興奮の余り、自分のキャラと似つかわない大声を出してしまい、周囲の注目を集めたようだ。その視線に天寺さんが恥じらいでいるのも、またたまらない。
丁寧に紐を解き箱を開ける。
「――ミサンガ?」
「
「捨てるなんてとんでもない! これ俺の家宝にします!」
「喜んでくれたようで、よかった。でもそのままだと味気ないから、何か――あっ!」
天寺さんは突然大声を出し、テーブルの上にスマホと一緒に置いた昨日の勾玉を指す。
「え、何それ、勾玉⁉ うわぁ綺麗。丁字頭型かなぁ? でも、どちらかって言うとC字型っぽいかなぁ? うわぁ、すごいなぁ。綺麗だなぁ……どうしたの、それ?」
久しぶりに出てしまった。天寺さんの考古学オタクモードが。言葉の意味は分からないが、そんな彼女もかわいい。つまりは正義だ。
「いやなんか、よく分からないんですけど、気が付いたらポケットに。あ、よかったらこれ、ミサンガのお礼に!」
俺が持ってても仕方ないし、むしろ喜ぶだろうと、俺は進呈を申し出る。
「駄目だよ。私は誕生日のプレゼントとしてあげたんだから。それにこれはお守りなの。山根君が大事に持っていないと」
「ぁはい」
申し出は即刻却下される。
「だけどそれ、ちょうどいいんじゃない? ミサンガに通してみて」
「これを、ですか?」
勾玉にはおあつらえ向きにミサンガが通りそうな穴が開いている。こんなのあったか? まぁ、昨日は気付かなかっただけかもしれないが。
言われたように勾玉をミサンガに通し、左手首に巻いてみる。
「うんうん、いい感じ。すごく似合う!」
それについては疑問が残るが、とにかくこんな嬉しそうな表情を見せる彼女を見て、俺も気持ちが和らぐ。
「ほら、私とお揃いだよ」
バッグから取り出し、笑顔で俺に彼女の銅鏡を見せる。お揃いとは強引な気はするが、そんなことどうでもいいくらいのトキメキに包まれる。
「天寺さんの誕生日には、絶対お礼しますから!」
俺の言葉に彼女も口元を緩め、笑いながら言う。
「山根君は二十歳になった訳だし、十二月までは私と同じ歳」
「え? あぁ、確かに」
「だから、そろそろ敬語、やめない?」
「え、タメ口……ってことですか?」
「ほらまたぁ。敬語って、なんか距離を感じちゃうから禁止。私たち、バイト仲間でもあるんだからさ」
「まぁ、はい」
「違うでしょ!」
「う、うん」
「はい、よくできました」
そう言うと、彼女は満足そうに微笑む。なんだろうこの幸福感。俺、明日死ぬのかな? いや、だとしても、そのくらいの価値があるくらい嬉しい!
多少ぎこちなさもあったろうが、言われたように極力タメ口で話しながら昼食のひと時を共に過ごす。慣れない口調で緊張していた為か、余り話の内容は覚えていないが、気が付くと至福の時間は終わりを迎えていた。
お互い午後の授業に向かうべく食堂をあとにする。
急に距離を縮められた気がする。こうやって俺も大人の階段を上っていくのだろうな。
――なんて考えているうちに、三限目は終わっていた。いつもながら授業は何も頭に残っていない。英語はもちろん、そもそも史学科など望んで入った訳ではない。第一志望は法学部だったが、ここしか受からなかったのだ。
浪人する余裕もなかったし、仕方なく――と、当初こそ思っていたが、バイト先の影響か最近では割と興味を持ち始めている。天寺さんとも話が合うし。まぁ、英語は嫌いなままだけど。
アパートに帰り時間を確認すると、まだ十五時。十八時からのバイトまではだいぶ時間がある。それまで仮眠でも取ろうとバッグを置き、布団で横になる。
左手に巻かれたミサンガを撫でながら、夢見心地のまま眠りに就いた。
『お前、よくも俺様の邪魔をしてくれたな』
「は? お前誰だよ? 何言ってるの?」
声は聞こえるけど、視界は真っ暗。きっとまた夢の中なのだろう。
『け、こうなった以上仕方ない。お前と俺様は一心同体だ』
「言ってる意味が分からないんだけど……」
『鈍いやつだな。まさかこんな奴にドジを踏むとは、俺様はよほど運がないらしい』
「だから、分かるように言えっての!」
『とりあえず、お前に死なれると――』
相手の最後の言葉が終わる前に、セットしたアラームの音で目覚める。すごく気になる言い方だったが。
十七時過ぎ。少しのつもりがだいぶ寝たようだ。やや早いけどバイトに向かうか。
バッグを背負い、俺はアパートを出た。
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