第40話 瘴気とアンデッド(2)

 黒の森からどす黒い靄。瘴気だ。

 瘴気を纏ったモノたちがいる。あの時の傭兵たち……。

 いや、かつて傭兵家業に勤しんでいた者の、なれの果てだ。

 それが三体いる。


 アンデッド。不死の怪物だ。どうやって動いているのか見当もつかない。

 骨を砕くしか方法は無いのだろうか。


「頭蓋骨を狙えば良いのかな?」と僕はしおりさんに訊いてみる。

「あまり効果的では無いかと。

 主なアンデッド攻略法。

 一つ目。は聖なる武器での攻撃。

 二つ目。呪われた身体を維持するための、コアを破壊。

 三つ目。圧倒的な魔力による身体の消滅です。

 マスターの場合は、コア破壊が適切ですね」


 しおりさんが、指し示す方向。

 アンデッドの胸元、人間では心臓のある位置に、薄らと光る宝石のような物が見えた。

「手前の二体は、それで良いとして……」

 後ろで構える元傭兵の頭領。そいつが気になる。


「ぎ、ひゃは……ひゃひゃ」

 頭領は、顔面を掻きむしる。

 「顔」が、ボロリと崩れる。

 次いで、服から腐肉がこぼれ落ちる。

 腐った衣服が破け散る。

 腐肉がゴッソリとそげ落ち、中から赤い骨格が見えた。


 ギロリと、眼窩から覗く青白い炎のような瞳。

 恨みの籠もった瞳で、僕を睨みつける。

「うひゃひゃひゃ。殺す、殺す、殺す……」

 どうやら頭の中までイッてるようだ。

 ただ、狂気と怨念だけでは無いようで、非常に強い魔力も感じる。

 手前の二体のスケルトンは、淡い黄土色なのだが、頭領だったスケルトンは、骨の色が違う。

 雰囲気からして格上なのは間違いないだろう。


「手前の二体は、それほど手こずるような強さではないだろう。

 だが、後ろに構えてるヤツは相当手強いと見るべきだろうよ」

 と、ロベルトが言う。彼も赤黒いスケルトンが、ただ者ではないと感じたようだ。

 やはり、赤と言えば強敵なのだ。


「あいつは上位種だ。

 滅多に見かけねえが、厄介な相手だ」

「コアを砕けば良いのだろう?」

「まあ、基本そうなんだがな。

 魔法防御がシャレにならないほど高いので、苦手な属性魔法以外は効果が薄いんだ。

 接近戦に持ち込んでも、高い再生能力を持っていやがる」


 僕はチラリとしおりさんを見やる。

「ええ。あの赤黒いスケルトンは、周囲の瘴気を吸い取って、力に換えているようですね。強敵ですよ」

 と、しおりさんも忠告する。油断は出来ない相手のようだ。


「ならば、どうやって倒すんだ」

「俺のとっておきの聖水を使う。

 悪いがユリウスは、手前の雑魚を倒したら、赤いヤツの足止めをしてくれ。

 それほど時間は取らせない」

 アンデッドには聖水か。

 何処で手に入れるんだろう。

 転送陣が便利なので、普通の旅の経験は無いのだ。


「むう。マスターに命令するとは生意気な」

「まあまあ、ここは冒険者の先輩の言うことを聞いておこう」

「カカッそういうことさ。

 クラークよ、お前さんの聖水を分けてやってくれねえか?」

「ええ。今の私では近づくのにも一苦労ですからね」

 クラークは聖水の入った小瓶を五本、僕に手渡した。

 薄紫に輝く液体が入っている。

「もう少しアンデッドたちに近寄ったら、手前で撒いてください。

 直接かけなくても効果はあります。

 怯んで身動きが取れないでしょう」

「ああ、了解した」

僕は聖水を手にした。



 腐肉が爆ぜ飛び、骨がむき出しになった骸骨のアンデッド。

 RPGでおなじみのスケルトンだ。


 スケルトンの色合いが二種類いる。

 淡い黄土色なのが二体と、赤黒く禍々しいのが一体いる。

 赤黒いスケルトンから強力な魔力を感じる。


 そいつらは、各々武器を得物としていている。

 故人が得意としていた武器だろう。手前の二体はクロスボウ。

 赤黒いスケルトンはロングソードだ。


「腐肉が無くなったとは言え、あの臭さはなあ」

 僕は二体のスケルトンに注意しながら距離を詰めた。

 近づくにつれて、強烈な臭気が迫ってくる。

 五十メートルほど手前で立ち止まる。


 物凄い臭気。骨にまで臭いがこびり付いている。

 最初よりは、相当マシになったのだが、まだ鼻が曲がりそうなほど臭いがする。

 正直なところ、これ以上は近寄りたくない。


(動きは見るからに鈍そうなんだけど……)

 スケルトンたちは得物として、先ほどのクロスボウを持っている。

 まだ、射かけて来ないが、あのクロスボウで射かけられると厄介である。


 僕は手渡された聖水を見やる。

 聖水を振りかけるには、もっと近づく必要があるだろう。

 さて、これを使うべきかどうか……。


「別に聖水を使わなくても、コアを破壊すれば良いんだよな。

 そうすると……」

 僕は紫電のレイピアに魔力を注ぐ。

 レイピアの刀身が青紫に輝く。以前に狼の魔獣を屠った技だ。

 先ずはどの程度の強さなのか確認しよう。


「くらえ」

 紫電のレイピアの刀身が青白く輝く。

 魔力を帯びた稲妻。

 それをレーザーのように放つ。

 三筋の稲妻の刃は、二体のスケルトンのコアを破壊。

 スケルトンの身体、骨格が崩壊していく。


「二体のスケルトン、そのコアの破壊を確認。消滅します」としおりさん。

「うん。だけど……」

 奥の赤黒いスケルトン。そいつは、今の攻撃を凌いだ。

 コアに到達する前に、稲妻の槍は四散したのだった。

「雑魚なら問題ないけど、赤黒いスケルトンには効かないか……」


少なくとも、以前戦った狼の魔獣よりも強敵なのだとは理解出来た。

「周囲の瘴気を力に変える、だったっけ。

 魔法に対する耐性は高いと言っていたけれど……」

 強烈な魔法攻撃を喰らったのに、目立つほどの損傷はない。

 所々に身体の部位はひび割れた箇所が見られる程度だ。

 だが、見る間に再生していく。


「流石は上位種ですね」

「これがアンデッドか」

 スケルトンの胸元。心臓のある位置に橙色に輝く珠が見えた。

「コアは無事か……」見るからに強い魔力を放っている。


「コアを直接攻撃した方が良いかもしれません。

 ですが……」しおりさんは言い淀む。

「ああ」僕も同感だ。

 下手に近づくのは危険だと思う。どうにも嫌な予感がする。


 赤黒いスケルトンが、右手に握るロングソード。

 とても禍々しい気配を感じる。

「それと、あのロングソードだね」

「はい。何らかの呪いのかかった武器でしょう」

 もしかしたら、本体(骸骨)よりも高い魔力がありそうだ。


(何だか嫌な気がする。この感覚は、あの時の……)

 エレオノーラの館に向かう道中で、襲ってきた暗殺者。

 その時彼が手にしていた業物。

 それと同じ感じがする。


 呪われた武器。

 切れ味はアーティファクトに匹敵する。

 斬られれば幻影のアーティファクトでも危ないだろう。

 それと、上位種の力量は分からない。


 骨だけの身体。

 アンデッドは鈍重なイメージはあるが、意外なほど動ける個体もあるかもしれない。

 まあ、これはゲームの印象なのかもしれないが……。


 接近戦を仕掛けるよりも、遠距離で楽に仕留められればそれに越したことは無い。

「ならば……」

 一切の手加減は無しだ。

 ありったけの魔力を紫電のレイピアに注ぐ。


 魔力の奔流。

 先ほどよりも更に魔力を注ぐ。

 魔力の渦が、稲妻へと変換される。暴風のような魔力の余波。

 それがレイピアの剣先に収束されていく。

 紫電のレイピアの柄、その宝玉が眩く輝く。

『マスター、今です』と、紫電のレイピアが告げる。

「良し。やるぞ」

 狙うは、赤黒いスケルトンのコア。

 イメージとしては、稲妻の大砲だ。

 それを、放つ。


 青白い稲妻が走る。

 その後、遅れて音がやってくる。

 轟音。

 衝撃波が、森を切り刻み、地面をかき混ぜる。

 もうもうと巻き上がる土煙。


「う、うおおっ?」「こ、これは……」ロベルトとクラークの戸惑う声。

 落雷の直撃よりも大きな音が止んだ。

 土煙が晴れた。

 赤黒いスケルトンが居た、後ろの大木を幾本も巻き込みなぎ倒した。

 まるで土石流が引き起こされたような現場を見て、ロベルトたちは、口をあんぐりと開いて見ていた。

「こ、こりゃ凄い。俺のとっておきは要らなかったのか?」


 そこには、赤黒いスケルトンは居なかった。

 ただ、主を失ったロングソードが、地面に突き刺さっているだけだ。


「はあ、はあ、どうだ?」

 僕は粗い息を吐きながら、スケルトンが立っていた場所を確認した。

 赤黒いスケルトンは粉々に砕け散り、地面に散らばっている。

 コアは跡形も無い。


 だが、あのロングソードは原型を留めていた。

 ロングソードの刀身が妖しく輝く。

 汚染された土壌から漏れ出す瘴気を吸い取る。

 瘴気に汚染され、どす黒い土壌は元の大地へと戻ったが、瘴気の渦は、あのロングソードへと吸い込まれていった。


 周囲の力を巻き込んで、コアが復活した。

 次いで粉々だった骨粉が集まり、頭蓋骨になっていく。


「まさか、コアが復活した?」驚くロベルト。顔が青白い。

「新種? 既に魂さえ無いようですね。

 まさか、ロングソードが本体だったとは……」と声を絞り出すクラーク。

「魔剣の類いのようです」



「キシャシャシャシャッ。殺す、殺す、殺してやるぞ」

 赤黒い頭蓋骨が宙に浮かび、しゃべり出した。

 と、同時に身体が再生していく。

「よくも俺様を殺したなぁ。

 恨んでやる。

 呪ってやる。

 全部おまえのせいだ」

 逆恨みを喚きながら、再生した右手でロングソードの柄を握りしめた。


 襲い来る、赤黒いスケルトン。

 五十メートルの距離を、瞬時に詰めてきた。

 唸るロングソード。


「う……」僕は起き上がろうと、足に力をこめる。

 だが、鉛のような重い身体は、動いてくれないのだ。

 予想以上に魔力を放出してしまったようだ。


『マスター!』幻影のアーティファクトが、自分の意志で動いてくれた。

 煌めく刃が、僕の 髪の毛を幾本か掠る。

 どうにか避けることが出来た。正に間一髪だ。


「爆ぜろ!」クラークは、何かの魔法道具を取り出して、自分に使った。

 早口の詠唱。

クラークが炎の魔法を放つ。

 かなり大きな炎の弾だ。城で見たディアナの放った弾と遜色なかった。

「今の私、ありったけな魔力ですっ」


 人間大の火球は、赤黒いスケルトンに直撃した。

 頭蓋骨に亀裂、それと数カ所の破損。だが、スケルトンは怯まない。

「炎にも耐性が」歯がみするクラーク。


「マスター。今のうちにお下がりください」

 しおりさんが風の魔法を使う。

 強烈なカマイタチ。赤黒いスケルトンを切り刻む。

 先ほどの炎により、破損した箇所を集中的に狙う。

 スケルトンの左腕は崩れたが、ロングソードを持つ右腕は無事である。

 やはり、あのロングソードに何かがあるようだ。

 ただの剣ではない。魔剣となったようだ。


「しぶとい骨野郎がっ、コレでも喰らえ」

 呪文の詠唱を終えたロベルト。

 薄紫に輝く液体の入った小瓶を、アンデッド目がけて投げつけた。

 薄紫の光が、アンデッドを包む。


「グオオオッ……」

 これは効いたようだ。今までになく、苦しそうに悶えるアンデッド。

 身体は更に崩壊していく。

 が、耐えた。


「まさか、俺のとっておきだぞ」慄くロベルト。彼としても初めての経験のようだ。

「信心が足りないのでは? 恐らく強欲さを見透かされたのでしょう」しおりさんは、まだ軽口を叩ける余裕があるみたいだ。

「そんなこたあねえ、アイツが強すぎるだけだ」

 ロベルトは立ち上がると、周囲を見回した。

「クソ、どこから力が流れている? どんなイカサマを使っていやがる」


 そうだ。カラクリがあるのだ。そうでなければ、何故あのスケルトンは動いていられるのだ。 

 瘴気は晴れている。力を吸い取ることは出来ないはずだ。

 どこから力を持って来ているのだろう。

「ん?」

 先ほど、ロベルトが放った聖水のおかげで、魔剣の柄にヒビが入ったようだ。

 これで効力は半減しているはずだ。

 なのに、まだ高い力を感じるのだ。

 それが、もう一つ……。

(聖水のお陰で、幻覚が晴れたのか?)

 魔剣以外の、なんとも言えない不気味な力を感じ取れるのだ。


「邪気が二つ?」

 一つは魔剣から感じるもので、もう一つは離れた所から感じる。

(さっき、アイツが立っていた場所からだ……)

 もう一つの邪気。怨念だ。

(まだ瘴気溜まりがあったのか……)

 そこから魔剣に力を注いでいるのだ。


(何を媒介にしている?)

 あのどす黒い短剣からだ。

 短剣は、瘴気溜まりから、力を吸い取っているのだ。


「はあ、はあ……」痛む胸を押さえながら、よろめきながら立ち上がる。

 魔力の殆どは使い切った。

 このままではただ突っ立っているだけしか出来ない。


(あの短剣が鍵だ。どうにか、何か出来ないのか)

 しおりさんは今、赤黒いスケルトンの足止めをしてくれている。

 短剣を破壊するのに向かってもらうと、僕を含む者、クラークとベルたちが危険に晒されてしまう。

(後一撃さえ与えられれば、どうにかなるんだ)

 短剣は今無防備だ。

 だが、攻撃を仕掛ける人間が味方にいない。

 ロベルトの足で、果たしてスケルトンに気づかれずに近寄れるのだろうか


 胸のペンダントから温かい光が放たれた。

(ん?力が……。魔力が戻って来た)

 光の収束に伴い、魔力の回復は終わった。

 だが、縮地のアーティファクトを使う程度には快復出来た。


「マスター。退避を」

 しおりさんが、風の魔法で、赤黒いスケルトンの足止めをしてくれている。

 スケルトンの勢いは落ちている。流石に力を使い過ぎたようだ。


 今ならスケルトンを振り切ることは難しくない。

「やるか……」僕は両足に力をこめた。

 僕が何か仕掛けるかを察したのか、短剣が奇妙な動きを見せた。

 だが、退避する前に、縮地のアーティファクトで間合いを詰めた。


 紫電のレイピアの剣先が、短剣の柄を貫く。

 柄に嵌められた宝玉が砕け散り、どす黒い靄があふれ出た。

 黒い靄がかき消され、青白い何かが現れた。

『……。これで……。……がとう』

 幾人かの声が聞こえた。

「え? 誰かいるのか」

 一瞬身構える。が、声は聞こえなくなった。

「……空耳かな」

 悪意を含んだ声では、なかった気がする。


「おお、やったなっ」「やりましたねっ」「うおおおん、兄ちゃ凄いんら」

 とロベルトたちの歓声。

 彼らの方に振り返ると、今正に赤黒いスケルトンの身体が崩壊している最中であった。 

 それと同時に、魔剣と化したロングソードも、粉々に砕けていった。


「マスター、お見事です」いつの間にかしおりさんが隣で浮いていた。

「ああ。どうにかね」

 僕は軽く息を一つ吐くと、ニヤリと笑って見せた。

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