第38話 遺跡とロマンと

「この黒の森の奥深く。

 そこには忘れ去られた遺跡が眠っているのさ」

 ロベルトは目を閉じて夢見るように語り出す。


「かつて栄華を誇った古代帝国。

 魔族の帝国と覇権を競った魔法帝国。

 だが、偉大なる大帝国も栄枯盛衰の理からは逃れられず、ついには滅ぶ」

 どこかの吟遊詩人の受け売りだろう陳腐な口上を述べる。

「この危険と死との隣り合わせ。

 無慈悲で豊穣な黒の森。

 この黒い不気味な森の奥深くに遺跡は……。

 いいや、お宝は眠っている。

 そう、俺たちを手招きしてくるのさ」


「お宝って……」

「遺跡に眠る古代帝国時代の魔法道具たちのことですよ」とクラーク。

「古代帝国は、魔法技術の発達した国でした。古代帝国時代末期、魔法技術の頂点の時代。

 それは千年前の技術なのに、今の我々の技術よりもワンランク上なのですよ。

 今では失われた技術の数々を用いて作られた魔法道具は、高値で取引されているのです」


(ああ、なるほどね。

 ウイルバーン城の造りが、所々で違うと思ったのは、古代帝国時代の技術を流用しているかどうかだったのか)

「だけどさ、遺跡の探索なんて、強い魔物がいるんじゃないか?」

 ダンジョンの奥深くには、強敵が待ち構えている。

 RPGのお約束だ。果たしてこの世界ではどうなんだろうか。


「ああ。もちろん居るぜ」ロベルトは大きく肯いた。

「なにせ、遺跡から漏れ出すマナを、たらふく食っているからな。

 魔獣や、それ以上の上位種が巣くっているのも珍しくはねえ」

「ああ、そうなんだ」この世界でもお約束は通じるみたいだ。

「だがな、そんな強敵を打ち破って名を上げる。

 それこそ冒険者冥利じゃないか」とカラカラと笑う。


「勇気があるというか、無鉄砲というか」

 やはり死生観が違うのだろう。

 光と闇の女神が実際に存在する世界。

 生きることと死ぬことは地続きなのだ。


「死ぬことが怖くないのかい?」

「そりゃ怖い。死んだら人生は終わりだ」

 と、ロベルトは何を当たり前のことを、という顔をして、僕を見た。

「だがよ。

 今を精一杯生きていりゃな、死んだ時に女神様に胸を張ってお会いできるぜ」


「でもさ、ロベルトみたいな気持ちの良いヤツばかりじゃないだろう?」

 少年相手に、暗殺者を送り込むヤツが実在するのだ。

「そりゃ良い奴ばかりじゃない。

 悪党もいる。

 だが、そいつも人生を全力で生きているんだよ」

「……あっさり言うなあ」

「それが嫌なら力を付けるしか方法はねえな」


「あのねえ」

 『力こそが全てを司る真理だ!』とある三ツ目の大魔王の言葉を思い出した。

(なるほど。悪い方向に進むと「ああなる」のか。

 闇の女神様は、もう少し信徒を良い方向へ導くべきだと思うぞ)

「そりゃ強い皇帝が望まれるわけだ」僕は盛大なため息をついた。


「俺は剣しか能が無い。

 だから、今の俺として名を残すにゃ遺跡を見つけるのが一番なんだよ。

 頑張った見返りとして、アーティファクトを手に入れられるかも知れないしな」

「今ではアーティファクトを作れないのかい?」

「ほんの一握りの天才技術者だけが作れるぜ。

 まあ、あまりに高級品過ぎて、俺らみたいな末端にまで流通していねえがな」


「貴族や豪商たちが、家宝として購入する場合が殆どでしょう」

 とクラークが補則する。


「俺ら冒険者が、冒険者ギルドの世話になっているのは、名声を高めて貴族のパトロンを得るためなのさ。

 軍資金がありゃ人手が集まる。

 そうして幾つかのパーティーを作り、連携を取りながら、遺跡探索に繰り出すのさ」


「ええ。

 単独や、少人数のパーティーでは、黒の森踏破は難しいですからね。

 かなり大がかりな探索部隊を組織する必要があるのですよ」

 とクラークは同意した。


「それで、今まで遺跡は見つけたの?」

「近場の遺跡は大体踏破したみたいだな。

 まあ、踏破し易い場所は行ったみたいだが、黒の森の三分の一さえ踏破していない。まだまだ遺跡はあるだろうぜ」

「地図とかは残されていないのかい?」

「千年前の継承戦争で領土が書き換わったからな。

 地図の原本は残っちゃいないと思うぜ」

 しばらく他愛の無い話をした後、ロベルトたちは、再び荷造りに戻った。



「地図の原本が残っていない。そうなのかな……」

僕は、首を少しかしげながら考えていると、

「愚か者たちの話を鵜呑みするのは危険です。

 当然ながら、そんな重要なデータを記録していないはずはありませんから」

 と、しおりさんはそっと話しかけてきた。


「ウイルバーン城には、ちゃんと地図の原本は残されていますよ。

 何しろ古代帝国の正当後継国ですからね

 公表しないのは、目の前にいる強欲たちに、情報を与えないためですから」


「ああ、そうなんだ」

 地図は重要な軍事機密だ。

 幾ら戦乱の混乱時でも全てのデータを紛失するのは考えずらい。

 ましてやウイルバーン城は健在なのだから。

珍しくしおりさんが口を挟まなかったのは、地図の原本が残されており、正確な遺跡の場所を知っているのを、勘ぐられると思ったからだろう。


「ふん。冒険者など浅ましい者たちです。所詮墓荒らしではありませんか」

 しおりさんの怒りは収まらない。

 まあ無理も無い。

 しおりさんにしてみれば、過去の記憶に残る風景を、土足で踏み荒らす行為でしかならない。


「お宝、か……」

 現世の記憶を思い返しても、良い思い出は少なくて、僕自身への暗殺未遂に、母の不慮の事故死などなど……。悲しい出来事の方が多いのだ。

 偉大なる古代帝国。祖先の地。そこへ冒険者とか言う無頼漢たちが土足で入り込む。

 皇族としては怒鳴りつけるのが正しいのかもしれないが、今ひとつピンとこないのだ。

 しおりさんは憤然としているが、ロベルトたちの考えも分からないでも無い。

 ロマン。

 今から千年前の出来事。

 その間何が起きてそうなったのだろうか。

 色々な事件が引き起こされて遺跡となった。

 トロイア遺跡の発見や、吉野ヶ里遺跡の発見。そんな感覚なのだろう。

 富と名声を求めて、危険な黒の森を踏破する。

 彼らをかき立てる想いも理解できるのだ。


「ん? そう言えば此処に来るまでに見たことがあったな」

 黒の森に立ち入る前に、出口として通った古代遺跡。

 上層部は、朽ちた都市であったが、転送陣は生きていた。

「誰も下層部まで来られなかった? だから知らないのかな」

「ええ。誰も知らないのでしょう。上層部は荒らされて、何も残されていませんが、「真のお宝」である中枢部は誰も立ち入ることが出来なかったのでしょう」

「中枢部って、つまり城の守護者みたいな存在が生きているのか」

「はい。重要拠点には、城の守護者の下位互換というべき存在がいます。

 彼らが動力源の保管と保持を担っています。自己再生システムを搭載しているので、コアに致命的な損傷が無ければ現在も稼働しているはずです」

 なるほど、それで防御の結界が生きているのだろう。

「それで誰にも見破られなかったのか」転送陣と結界については納得できた。

 だけど他の疑問も湧いてきた。


「動力源はどうしているんだろう」

 原子力でも何百年かで停止する。高速増殖炉でもあるのだろうか

「重要拠点は、レイラインを中心に設計されています」

 レイライン東洋で言えば龍脈のことだ。

 風水に出てくる氣の流れ。大自然を循環する力の流れのことだ。

「ああなるほどね。さっきロベルトは「遺跡からマナが溢れている」って言っていたね」

「レイラインからあふれ出るマナを動力源として帝国は施設を建造したのです。

 ウイルバーン城もレイラインの上に建造されているのですよ?」

「へえ」ウイルバーン城の守備システム。

 あれだけの仕掛けを維持するのに、何処からエネルギーを引っ張って来るのか不思議だったけれど、そういう仕掛けがあったのか。


「でも、そんな凄い仕掛けなら、他の貴族も知っていても可笑しくない」

 何故貴族たちは、競って遺跡を探索しないのだろう。

「正確な数と位置までは把握していないでしょう。

 ですが有力な遺跡、その大まかな位置は把握していると思われます。

 ですが、それら遺跡を制圧するには、相応のリスクを背負わなくてはいけないのですよ」


「ロベルトが言っていた強敵か……」

「はい。

 レイラインからあふれ出るマナの恩恵は、その地に住む動植物に恩恵を与えてくれます。

 それは生命に更なる力を与えてくれるのです。

 エレオノーラの館に向かう途中に出会った魔物たち。

 その上位種である魔獣を覚えていますか?」


「ああ。当然だよ」

 あの狼の魔獣。あいつは強かった。特に連係攻撃には手を焼いたのだ。

 僕の足止めとして、相当数を使い捨てにしなければ、もっと苦戦していただろう。

 暗殺者が全力を最初から出していれば、結果は違っていたかも知れない。

 もっとも、城から抜け出したのを確認したから、暗殺者は追跡してきたのだ。

(今思い返すと、相当な博打だったよなあ)

 だけど、あの博打を打ったからこそ、今があるのだ。

(人生、ここぞというときに勝負に出なきゃいけないよな)

 僕がしんみりとしているのを、しおりさんはフンワリ浮かびながら見守っていた。


「コホン。

 それで、あの多数の魔物たちが、強敵であった魔獣と入れ替わったと想定してください」

「えっと。入れ替わる」つまり魔獣が群れをなして襲いかかって来るのだ。

「それは……。厳しいな」と率直な感想を述べた。

「更に、魔獣の上位種がそこに現れたならば、どうしますか?」

「あの魔獣よりも強いのかい?」

「はい。当然ながら」しおりさんはサラリと言う。

「むむ」

 多数の魔獣と、更なる強敵。

 いくらアーティファクトを所持していても、戦うのは勘弁して欲しいものだ。


「つまり、そういうことなのですよ。遺跡の攻略というものは」

「それで遺跡の攻略は遅々として進まないのか……」

「更に付け加えるのならば、周囲の敵を掃討して、遺跡の内部に入ったとしても「主として認められるかどうか」は、分からないのですよ」

「それはつまり……」

「制御システムに認められなければ、遺跡は再稼働出来ないと言うことです」

「そうか。それは厳しいな」


 探索部隊を派遣して遺跡を発見しても、その遺跡の重要施設が手に入るかどうかは分からない。

 そうなると、過去の技術を手に入れることだけが報酬となる。

 手に入る魔法道具がアーティファクト並の魔法道具なら良いが、さほど価値のない壊れた魔法道具しか手に入らない場合もあるだろう。

「そりゃ本腰入れて遺跡の探索に乗り出さないはずだ」

 恐らく冒険者主体での遺跡の探索は、「本命」を見つけ出すための当て馬なのだろう。

 ウイルバーン城みたいな遺跡を発見できたのなら、貴族たちは騎士団を直ぐさま投入することだろう。

(……ロベルトには教えない方が良いかもな)

 『貴族が探し求める本命の当て馬でしかない』彼のロマンをぶち壊すことになりそうだ。


「ですが、マスターならば話が違ってきますよ」

「え、本当?」

「はい。マスターはウイルバーン帝国の正当後継者なのです。

 それは「複数の」アーティファクトたちが認めていますから。

 制御システムからの認証もさほど難しくはありません」

「具体的には?」

「単純に制御システムの前に立って、手をかざせば済むことです」

「なんだ、そんな簡単な事なのか」

そうと分かれば、少し寄り道したい気分になってしまう。


「動力源の生きている遺跡は、他にもあるのかな?」

「はい。複数あります。

 ここ、辺境伯の領地から、さほど離れていない場所にも……」

 しおりさんは、コッソリと宙に地図を浮かべて見せてくれた。

 確かに行けないこともない距離だ。さてと……

「そこに、マスターが直接出向かれて、遺跡を再起動させれば転送陣は復旧出来るでしょう」

「ん」意識を戻される。

「マスターは、遺跡に行かれて何を為さるおつもりですか?」

「え? そ、それは遺跡に眠る秘宝を手に入れるため、かな?」

「そんな所に行かなくても、ウイルバーン城には、宝物殿があるのですよ?」

「ぐぐ」言葉に詰まってしまう。

 それはそうだ。

 危険を冒してまで遺跡に出向いても、お宝なんてあるかどうか分からないのに、城の宝物殿にはお宝がある。

 それも飛びっきり上等なお宝、アーティファクトが眠っているのだ。


「そして、行かれてはならない最大の理由。それは……」しおりさんは言葉を区切る。

「マスターは、そんな所で倒れることがあってはならないお方なのですよ」

「うう」

 僕の目標。それは、ウイルバーン帝国の再興だ。

 それと同じく、いや、それ以上に重要になることが、妹と弟を救うことだ。


 この世界がゲームなのか、ただの偶然なのかは依然として分からない。

 だが、二人を救い未来を書き換えることが、とても重要なことなのだと、確信めいたものを感じ取っているのだ。


(優先順位を間違えちゃいけない)

 身体も動かせるようになってきた。

 それに伴いかなり気が楽になったのも確かなのだ。

 ロマンを追い求めるのは後のお楽しみにしておこう。


「千年前に思いをはせる。ロマンを追い求めるのは当分先の話だね」

「はい。それがよろしいかと」

(千年前か……)不意に他愛ないことを、思いついてしまった。

(ええっと、千年前に城のアーティファクトたちが作られたんだよな)

 古代帝国時代の魔法技術。その粋を集めて作られたのが、城に伝わるアーティファクトたちなのだろう。

(当然、しおりさんもその辺りの時代に作られたんだよなあ……)

 僕は顎に手を当て考える、

(千年前……。千歳……。

 ならば、しおりさんはお姉さんじゃなくてお婆さ……)


 と、そこで僕は考えるのを止めた。

 なぜならば、顔の直ぐ隣から、冷たくて強い視線を感じ取ったからだ。

「……」無言で何かを訴えるしおりさんが、そこに居た。

 先ほどまでとは、まるで違う反応に驚く。

「う……」

 これ以上詮索するのは拙い、と僕は悟った。

 大至急何か言い訳を考えなくてはならない。


「……マスター。何をお考えで?」

「い、いや僕は何も……」

「人はやましい事を考えると、相手の目を見て離すことが出来ないと聞きます」

 ズイッと顔(本体)を近づけてくる。

「マスターは、わたしに隠し事がお有りで?」

 と、更に近寄る。

 吐息がかかるほどの距離なのだが、甘酸っぱいイベントでは決して無い。


「さあ、さあ」

 迫ってくるしおりさん。

(アーティファクトは、年齢を気にするのだろうか?)

 そんなとりとめないことを考えてしまう。

「うう」この窮地をどうやってどうやって切り抜けようか……。


「うひゃあー、助けてくんろーっ」と、ベルの叫び声が聞こえてきた。


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