第37話 冒険者の稼ぎは?

「さて、ちゃっちゃと片付けるか」

 ロベルトは、先ほどの戦闘で散らかった自分の獲物を集め出した。

 雑草とは見た目からして違う草木や花々、魔物と思われる動物の部位であった。


「それは?」

「依頼主に頼まれた物さ。

 他にも道中で仕留めた魔物の素材なんかがある」

 ベルも鼻をヒクヒクと動かして、茂みの中まで散らばった獲物を探し当てていく。


(そう言えば、冒険者の収入ってどの程度なのだろう。ロベルトに聞いてみるか)

 こんな所まで出向くのだから、相当実入りが良いのだろう。

「冒険者ってさ、一回の収入ってどの程度なんだい?」

「そうだな。ザックリと言えば金貨四枚ぐらいだな」


「ええっと」

 銅貨百枚が、銀貨一枚。

 銀貨百枚が、金貨一枚に換算される。

 ザックリした価値で言えば、銀貨五十枚で一家族暮らして行けるという。


「確か銀貨五十枚あれば一月暮らしていけるんだよね」

「そうだな。五人暮らしなら、そんなもんかな」

「じゃあ、冒険者の稼ぎは、一月辺りではどの程度あるんだい?」


「新米なら金貨一枚も稼げるかどうかだ。

 下手くそなら銀貨五十枚も稼げない。

 だが、中堅の冒険者で金貨五枚前後は十分に稼げるぜ」


 金貨五枚か……。元の世界の月収で言えば四百万円相当?

 まあ、通貨の価値が日本と同じだとは限らない。

 実際に店で買い物をしたこと無いからね。

 スマホやPC等の便利な家電なんて有るわけないし、魔法道具もあるのだが、恐ろしく高価そうだ。

 だから通貨の価値はもっと低いだろう。

(だけど、月収四百万と言われたら、迷うよなあ)

 

 課税免除と言われているし、確かに冒険者になろうと考える人が大勢現れるのもおかしな話ではない。

(だけど、命の危険と隣り合わせなんだよなあ)


 かつて北方大陸を二分する大国同士で大戦が起きた。

 その大戦で残された負の遺産。

 大魔王の呪い。

 強烈な呪いは千年経っても残されて、黒の森から湧き上がる。

 そんな危険な場所へ、ホイホイと足を踏み入れるのは、勇気があるのか無謀なのか……。

そう考えると、この世界の命の値打ちは、相当安いのだろう。



「お次は……」

 ロベルトは傭兵たちの亡骸の前に立ち止まると、教会のシンボルを空中に手で描く。死者に対する手向けの仕草なのだろう。

 亡骸から武器と道具の入った袋を取り出した。

 RPGで言うところの『戦利品』を入手している所だ。

 まあ、実際に見てみると、かなり生々しいものだ。


「防具はどうするんだい?」

「俺は捕らない。

 まあ、身につけた防具にガタが来ていたら、仕方ないから捕るけどな」

 ロベルトは手慣れた手つきで道具の選別をしながら、そう言った。

「まあ、死んだヤツの防具は大抵補修が必要だ。

 それに死んだヤツの防具なんて、ツキが落ちるからよ」


 なるほど。ロベルトのジンクスなのだろう。

「お、魔石を持っている。これは儲けたな」ロベルトは顔を綻ばせる。

「魔物が持つ魔力の塊だったっけ」

「ああ、そうだ。大粒なのは良い値段で売れる。

 金貨三枚は堅い。

 更に魔獣の魔石となればかなりのレア物だから、金貨十枚はいけるだろう。

 魔獣特有の素材なら金貨二十枚、三十枚と値段は跳ね上がるからな」


 一千万単位か。

 アメリカ企業のボーナスの額だ。それも大企業の。

 一部上場企業ならば、億単位のボーナスが支給されるんじゃないかな。


(彼らはエリート。そこの至るには身体を張るしか方法はないのか……)

 とある有名なギャンブルマンガの主人公に、似た考えのキャラクターがいる。

 とある船に乗り、借金を重ねた青年は、借金を帳消しにして、大金をつかみ取るために新たなゲームに参加することになった。

二千万で命を賭ける。

 ゲームの内容は、ビルの谷間にかかる鉄骨を渡るという危険極まりないものであった。


(金は命より重い、か……)

 これも有名な中間管理職の言葉である。

 真実ではないが、何か心に突き刺さる言葉であった。


「ロベルト。生活が苦しいのは分かるが、借金はほどほどにした方が良いとおもうよ」

「俺は借金なんざしていねえっ」

 と、顔を赤らめるロベルト。ムキになるところが怪しい。

「そうですか。

 なら貯金はいかほど有るのでしょうか?」と、しおりさんの指摘が入る。


「ぐ」言葉に詰まるロベルト。

「残念ながら貯金もありませんよ」とクラーク。

「クラーク。お前さんまで要らんこと言うもんじゃねえよ」

顔を更に真っ赤に染めるロベルト。

 それが可笑しくてみんな吹き出してしまった。



「結構な量だねえ」僕は詰まれた荷物を見て呟いた。

 ロベルトたちが手に入れた素材と依頼品の数々。

 それと戦利品の武器等をかき集めると、相当な量の荷物となった。

 これを人力で運ぶのは一苦労だ。

 それにクラークの体調も完全に元には戻っていない。

 ベルたちの村までどの程度距離があるのか分からないが、歩いて向かうのは難しいだろう。

一体どうやって村まで行くのだろうか。


「まあ見てろ」

 ロベルトは道具袋からオカリナを取り出すと吹き始める。

 陽気な旋律のメロディーだ。

 ドドッと草木をかき分けながら駆けつけて来る三つの影。


 ラクダ。いやダチョウに似た鳥。

 もっとハッキリと言えば、老舗国産RPGに登場するあの有名な黄色い鳥に似ている。

 違うのは色が黄色ではなくて青だという程度だ。


「なんだ、ピラッチョを見るのは初めてか」とロベルトは首をかしげる。この世界ではポピュラーな存在のようだ。

 ……何処となく名前まで似ているぞ。

「だけど。いやこれは、チョコ……」

「言ってはいけません」としおりさんが僕を諭す。

ピラッチョはロベルトの前で立ち止まると、腰をかがめて背中に載せやすいような体勢をとる。

「へへっ、慣れたもんだろう?」とロベルト。

「ああ。良く訓練されている……」

 実際に、荷物を幾つも背中に載せられてもピラッチョは嫌がる素振りは見せない。

(あれ?)

 先ほどの傭兵との戦い、囲まれる前にコイツに乗って逃げれば良かったんじゃ……。

(まあ、完全に不意打ちを食らえば、呼び出すことも出来なかったのか)

 あの傭兵たちは、強力な飛び道具を持っていた。

 呼び出しても無駄死にさせていた可能性が高い。

 帰る手立てが無ければこの森で立ち往生していたかもしれないのだから。

 

「あ、でも……」

 でも、稼いだ金額が幾ら高くても、かかった経費はどの位なのだろう。

 武器や防具をそろえるにもお金がかかるし、道具や食料などの消耗品。

 他にベルたちみたいなポータルを雇えば、結構な出費ではないだろうか。


「経費はどのくらいかかるんだい」

「半分くらいですね」と苦笑するクラーク。

 結構必要だな。それと、毎月稼げるのだろうか。


「毎月、金貨四枚は入ってくるのかい」

「いいえ。

 依頼は早い者勝ちですし、季節によって入手出来る素材も違います。

 それに単価も変動しますからね」


「ああ、なるほどねえ」やはり安定した職業ではないようだ。

「だがな、金なんざ一山当てれば、たんまり稼げるのさ」

 と、ロベルトは、正にギャンブル依存症患者みたいなことを言い出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る