第36話 ロベルト先生の講義

「辺境伯が抱える問題は、大きく三つある」

 ロベルトはビシッと指を三本突き立てて見せた。

「一つは当然だが議長との対立だ。

 今は全面攻勢まで至っていない。これは辺境伯の軍勢の強さによることだ。

 ブルーノ辺境伯率いる軍勢の強さは、ウイルバーン帝国でも指折りで、数で上回る議長でも戦を仕掛けるには躊躇するだろう」

「でも議長と辺境伯との戦力差は、六対一もあるんじゃないか、力攻めでも勝てるのでは?」と僕は疑念を問いかける。

「議長とて全ての戦力を辺境伯にだけ向けられる訳じゃない」

 ロベルトは不敵に笑った。


「議長の対峙する相手は、魔族だけではない。

 それは隣国であり、光の女神を信奉するクライセナ王国。

 それらの対処も議長の責務だからな。

王国への抑えとして国境に兵士を残して置く必要がある。

 更に、魔族との最前線に面していないとは言え、後詰めの予備兵力を残して置かないといけない。

 辺境伯との戦いには、全兵力の半分も投入出来ないと言われている」


(半分もない。三割強か。それなら粘り勝ち出来るのかもしれない)

 僕は強く肯いた。

 籠城戦では、兵力差は三倍まで持ちこたえられると言う。

 これは、少し希望が持てるかもしれない。


ロベルトは話しを続ける。

「ゲオルクは議長として『目に見える明確な形での勝利』を義務づけられている。

 だが、ブルーノ辺境伯率いる軍勢は、片手間で倒せる相手じゃない」


 アルヴィンを支持するブルーノ辺境伯と、イグナートを支持するゲオルク議長。

 皇太子である僕、ユーシスを差し置いて次期皇帝の座を伺うには、中立陣営の取り込みが必須だろう。

 ゲオルク議長の、中立陣営に対する引き抜きは、どうやら芳しくないようだ。

 中立陣営筆頭のオットー公爵を完全に味方に引き入れるまで、ゲオルクは動かない。

 いや、動けないのだろう。


 意外なことに、ロベルトはこういう政治に詳しいみたいだ。

『意外だね』僕は感心しつつロベルトを見る。

『意外ですね』しおりさんは奇異なモノを見たような視線(?)を送る。


「ん? また主従揃って失礼なことを考えてるんじゃねえか?」ロベルトはジロリと一瞥する。

「いやいや、感心していたんだよ。続きをどうぞ」

「まあいい。それじゃ」ロベルトは、ゴホンと一つ、大げさに咳払いをした。

「後、問題として共に転送陣の運営に制限をかけている」


「制限。……ああそうか、転送陣を使えば軍勢の移動は楽になる。

 転送陣を一方的に使って、辺境伯の首都に軍勢を送り込めるからか」

 なるほど。だから使用制限を掛けているのか。

「そう。それが第二の問題なのさ」

 ロベルトはチチチと言いながら、人差し指を左右に振った。



「辺境伯と議長。共に領内の流通網が混乱しているのさ。

 お陰で品物の値上がりが半端じゃなくなってきたんだ」

「どういうことだい? 転送陣は使えるのだろう」

 転送陣は、自国領なら使えるはずだ。地震や台風でも起きたのだろうか


「転送陣に罠が仕掛けられていないか、定期的に確認しなきゃならん。

 それとどんなヤツが来るかも判らんし、馬車も調べなきゃならん。

 どんな積み荷なのか、それを検査するのにどうしても時間が掛かるのさ。

 積み荷にコッソリと爆弾でも仕掛けられたら目も当てられないだろ?」


「ああ、なるほどね」

 この世界には魔法がある。どんな威力や効果がある魔法が存在する

のか見当もつかない。

 それに物理的な効果を生む爆弾もある。

(金属探知機の代替品でもあるのかな?)

 もしかしたら、そんな魔法道具があるのかも。


 だから、議長陣営から転送してくる物品は『黒』。

 議長陣営から、中立陣営を通して転送してくる物品は『グレー』。

 辺境伯の領内のみで転送してくる物品は『白』。

 ザックリと分ければ、この三種類に分類される。

 もちろん、『黒』の検査が一番厳しくなり、時間と手間がかかってしまう。


「お互いやり方は知っているからな。だまし合いさ。

 外国との戦争ならば、予め通過拒否しておけば入ってこれなくなるが、帝国の領内では、敵側と繋がりがある箇所を、一旦何処かを使用禁止にする必要があるんだよ。

 だから、そこまで運んでくるのには、昔からの手段である馬車に頼っちまうんだ。

 だから手間がかかるんだ」


「転送陣は便利だからなあ」

 僕も体験したけれど、一瞬で行き来出来るエレベーターみたいなものだ。


(……そうだ)

 皇族専用の隠し通路。

 こいつを辺境伯にも使えるようにすれば、戦況を優位に進めることが出来そうだ。


『しおりさん、これは使えそうかも』僕はしおりさんに小声で話しかける。

『はい、そうですね。ただ、残念ながら議長の首都には存在しません。

 有力な都市には二つありますが』と、しおりさん。

『そうか、それは残念だな』

『それと、大勢での移動は、どうしても目立ってしまいます。

 都市一つ制圧出来るほどの人数を、露見せずに送ることは困難かと存じます。

 それと、一度でも使えば、議長も虱潰しに転送陣を探すことでしょう。

 何度も使えると考えてはいけませんよ』


 少数精鋭での奇襲に使えるのなら重宝出来る。

まあ、バレれば二度目は使えない。

 一度限りとはいえ、とっておきの切り札となり得るだろう。

(これは良い情報を手に入れたぞ)

 辺境伯に対する、良い手土産になりそうだ。


 僕は、再びロベルトの話に耳をかたむける。

「だから、以前よりも輸送コストが余計に掛かるから、物価が上がるのさ」

「物価の値上がりはどの程度?」

「ザックリと言えば二割三割は当たり前、舶来品は二倍三倍に跳ね上がっているぜ」

「それは大変だ」

「だから流通網で大きく負けている辺境伯は負担が大きいのさ。

 何せ帝国の海運業の大半は、西側の港湾施設に頼っている。

 そこを支配する議長とでは、経済力に格段の差があるからな。

 辺境伯も頑張っているだろう。

 だが、いくら貴重な素材があるとは言え、食材などでは、買い負けしているんだろう」

 大口の取引先の方が優遇されるのは当然だろう。

「食料の自給率はどの程度あるのだろう」

「麦やジャガイモなどの主食は、ある程度備蓄はあるだろう。

 だが、それ以外は厳しいんじゃねえかな。

 なんせ辺境伯の領地は山がちだからな、耕作地は十分じゃない」


 食料問題。これは切実な問題である。

 いくら貴重な素材が手に入ったとしても、素材は食べることは出来ないからだ。

「まあ、辺境伯も戦慣れしている。兵糧攻めされても、直ぐには飢え死にしない程度の備蓄はあるだろうよ」


「すると物価高をどうにかして抑えないいけないのか」

 これはまた難しい話だ。パニック買いで買い占め等も起きているのだろう。

 十分に物資はあるというアピールをどうやってするのだろう。

(これも辺境伯に会ってから考えるしかない、か……)

 具体的な打開策は思い浮かばない。

 この問題はひとまず保留だな。


「そして三つ目の問題。これは俺たち冒険者にも関わってくる話だ」

ロベルトは身を乗り出して、大げさな身振り手振りで話しを進める。

「転送陣の使用が制限されている以上、どうしても馬車などでの運搬が増加してしまう。

 そして、少人数での行動は、盗賊たちにとって、良いカモだからな。

 だから商売人たちは、キャラバンを組んで大人数で行動しているんだ」

大きなキャラバンの方が護衛は充実しているから、襲撃に対抗できるわけか。


「ええ。野盗の中には『腕の立つ不審者』も多いでしょう。

 彼らに対応するには、騎士たちでなければ歯が立ちませんから」とクラークが補則する。

 騎士でなければ相手にならない強敵。

 僕を襲った暗殺者。そんな連中のことだろう。

 物流網の混乱と破壊。

 裏では既に辺境伯と議長との戦いは始まっているのだ。

 

「そんなに辺境伯陣営には、人手があるのだろうか」

 転送陣はもちろんだけど、他にも重要施設はあるだろう。

 拠点の防衛や街の警備などが要ることになるが……。

「人員はカツカツみたいだ。だから、他の所から借りている」

「それが冒険者ギルドだ」ロベルトは胸を張って答えた。



「冒険者たちからの歓心を買うために、辺境伯は大きな手を打った。

 それが黒の森から採取された素材に対しての課税免除なんだ」

「税金か。それって、今までどの程度かかっていたんだい」

「ギルドから支払われる報酬。

 まあ、手数料と税金を引かれた金額だな。

 課税は諸々の諸費用という名目で、二割引かれていたんだよ。

 貴重なお宝ならもっと高い。下手すりゃ四割だ」


「かなりの金額だねえ」

「まあ、辺境伯は黒の森まで通っている街道の整備と保全、定期的に依頼していた魔物退治の費用も、ギルドに丸投げしたけどな」

 つまり、税金は課さないから、お前ら冒険者で黒の森はどうにかしろ、ということだ。


「次は護衛任務だ。

 さっき言ったが、商人たちは、キャラバンを編成することが必須となった。

 商人たちも自前で傭兵を雇うこともあるが、実績のある傭兵は人手不足なんだ。

 大切な商品に関わることだから、お墨付きが欲しくなる。

 そこで冒険者ギルドから、信頼出来る冒険者が派遣されるのさ」

「なるほどね。

 この付近の地理に詳しい冒険者なら、盗賊や魔物が相手でも安心ということか」


「ああ」ロベルトは満足そうに肯いた。

 辺境伯は領内の維持のために、冒険者を活用しているみたいだ。

 やはり辺境伯の陣営も人手不足なんだな。

 それと、難民たちを屯田兵として活用する。

 人手不足の解消と、難民たちへの仕事の供給。

 一石二鳥の良いアイデアだとは思うけれど……。


(元の世界で見た、難民問題。

 そう簡単に解決出来る問題じゃ無かったと思うけど……)

 受け入れる側も、難民たちがその国に馴染むまで、フォローが必要だ。

 切羽詰まった今の辺境伯たちに、それが出来るのかな?

(これもまた辺境伯に問うべき問題だなあ)

 ロベルトたちと話して、今現在の辺境伯の問題が浮き彫りになってきた。


 さて、どうしよう。

『辺境伯が優位に立てるモノ。

 それは良くも悪く黒の森から手に入る素材でしょう。そのことについて、もっと詳しく知るべきかと存じます』しおりさんが提案する。


『そうだね』僕も同意する。

 辺境伯の強みである素材。

 口で言うほど簡単には手に入れられないだろうし、何より黒の森は危険な場所だ。

 だが、危険な場所に赴く必要があるからこそ、その品には需要がある。

 魔法道具に必要不可欠な魔石と、道具に使える素材の数々。

 それらは重要な特産物として、辺境伯陣営の経済を潤している。


後は……。

(ベルたちも気になるからね)

 奇妙な縁から、再び出会ったゴボルトの少年。

 出来るなら、ベルたちと交流を深めて、亜人たちと仲良くなりたい。

(あの子たちのモフモフ具合ならば、ディアナも気に入るんじゃないかな)


 人間の貴族の子女たちならば、ディアナやアルヴィンのことを知っているだろう。

 特にアルヴィンなんて、次期皇帝の筆頭だ。名前はもちろん、身体的特徴や好みまで知られていてもおかしくない。


(今のうちに、亜人たちの偏見を無くしておかなきゃいけないしな)

 人間はもちろん、それ以上に亜人たちの命なんて何とも思わない、悪役女帝と冷酷非道将軍。

 そんなねじ曲がった性格になる前に、友人を作る手助けをしてあげたいのだ。


(もちろん、黒の森の危険を排除してからの話だけれど)

 瘴気の対策は、恐らくロベルトたちも知っているはずだ。

 でなければベルたちのような子供たちを連れてくるとは思えない。

 ロベルトは顔に似合わず義理堅いヤツなのだ。


 少しずつだけど、真っ暗だった道に、ほんの少しだけど灯火が灯ったような気がする。


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