第35話 ゴボルトの子供たち。

 僕はロベルトとの会話を終えると、ローブの男とゴボルトの少年たちに目を向けた。

 先ほど治療したローブの男、まだ少し顔色が冴えない。

 流石に失った血液までは戻らなかったようだ。

 彼を支えるように三匹のゴボルトの子供たち。ローブの男にかなり懐いているようだ。

 犬好きに悪い人間はいないと、犬派の僕はそう思う。


 すると、ゴボルトの少年が、僕の足下へ駆け寄ってきた。

「兄ちゃ。助かったろ、あんがと。二度めだら」舌っ足らずな言葉で話しかけてくると、ニッと笑いかけてきた。


「えっと、この子は……」

 以前街で出会ったことがある、そうしおりさんは言っていたけれど……。

 ゴボルトの少年は期待に満ちた目で、僕を見つめている。

(うーん、話したことはないのだけれど……)

『恐らく、この子は臭いでマスターを覚えていたのでは?』としおりさん。

『あの一瞬だけでかい?』

『ええ』

 僕としては、どの子なのかまで覚えてはいない。

 だけど、当てずっぽうで話すのは悪い。

 素直に名前を聞くとしよう。

「君、名前は?」

「ベルだ」

 そう言うと、ベルは再びニカッと満面の笑みを見せた。

 ローブの男の影から顔を覗かせていた他のゴボルトたちも、ベルが僕と親しげに喋っているのを見て、つてつてと前に出てきた。

「コイツらはジルとマルル」

 ベルに紹介された二匹はぺこりと頭を下げた。



 三人は、暫く大人しくしていたが、戦いの緊張感から解放されたこともあるのだろう。次第に騒がしく喋り出した。

「オラがいっとう先に石さぶん殴るっと……」「んにゃ。あんときは……」


 恐らく戦いの武勇伝を語っているのだろう。

 僕が見たときは、尻尾を丸めて縮こまっていたような気がするが、そのことを問いかけるは無粋というものだ。

 微笑ましい光景なのだが、何を喋っているのか半分も理解出来ない。

 一応、大陸標準語だと思われるが、北方鈍りが酷い。

 更に犬の口だから滑舌も悪いのだ。


『しおりさんは理解出来る?』

『はい、分かりますとも』と彼女は胸(?)を張って答えた。

 亜人との会話も問題ないようだ。この世界には、ゴボルトの他にも色々な亜人がいるようだし、その時もしおりさんの世話になりそうだ。

(あんな聞きづらい言葉まで理解できる?ならば……)

 もしかしたら、全く知らない言語、日本語も解読出来るのかも知れない。

(アーティファクトたちは、僕と魂の一部が繋がっているとか言っていたっけ)

 あまり迂闊なことは考えないようにしよう。



「わたしもお礼を言わせてください」

 暫くの間、微笑してゴボルトたちの様子を見ていた、ローブの男が話しかけてきた。

 ローブの男は背筋を伸ばすと、優雅な仕草で礼を述べた。

「わたしの名はクラーク。ロベルトの相方です」と和やかに微笑む。

 ロベルトとは対照的雰囲気だ。何処となく気品みたいなものが見受けられる。


「クラークは貴族の出だ。それで魔法の教養があるのさ」とロベルト。

「貴族といっても貧乏な下級貴族ですよ」とクラークは苦笑い。


「しかし……ユリウス殿でよろしいのでしょうか?」クラークは、真剣な眼差しを僕に向ける。

「ええ。それで頼みます」

「はい、承りました。わたしも野暮なことは聞かないことにします」

「はは……」

 やっぱり僕がユーシスだとバレているようだ。


「それと、しおりさんでしたね」

「おや、わたしの名前をご存じで?」

「はい。恩人の名前を忘れるほど不届き者ではありませんから」

 クラークの仕草は嫌みを感じさせない。中々の好青年に見えた。


「しかし、彼女は凄いですね。意志を持ち、防御結界が使える上に魔法まで……」

「流石はアーティファクトと言うべきでしょうか」

「ふふ。それほどでもありませんよ」

 褒められても謙遜するしおりさん。

 だが、機嫌が良いのは声色でよく分かる。何処となく身体(本)の輝きが増しているような気もする。

「この方は、何処かの誰かさんとは、もの凄く違うと、わたしは強く認識しました」

「ほっとけ」とロベルト。


 知りたいことは色々とある。さて、どこから尋ねようか。

「何故ロベルトたちと、ベルたちは一緒にいたんだい?」

「ああ、チビたちか……。コイツらは案内人だ」

「黒の森の、抜け道でも知っているのかい?」

 ベルは、しばらく前まで、違う場所に暮らしていた。黒の森の土地勘なんて無いはずだが……。

「道案内じゃない。お宝探しの協力者さ。

 ゴボルトは人間と話せるし、鼻が利くからな。

 素材……花や薬草を嗅ぎ分けるのに重宝するんだよ」


「この子たちも冒険者ってことか」

 こんなちびっ子が雇われているとは……。

 まあ、発展途上国や、昔の日本でも子供も貴重な働き手だったからね。

(それに、ゴボルトの年齢はまるで見当もつかないしなあ)

 人間に置き換えるならば、案外僕と変わらない年齢かもしれない。


「案内人な」

 ロベルトは冒険者であることを否定する。

 ベルたちを共に戦わせるつもりは無いからだろう。


「それなら……」ヒマラヤ登山のサポーター、ポータルという仕事みたいなものか。

「なら、ここまで逃げてきた、ゴボルトの大人たちは、どうしているんだい?」

「黒の森で屯田兵をしている。狩人として頑張っているぜ」

「なるほど、難民対策か」

 警備と開拓を兼ねた一石二鳥の制度だ。


「俺たち人間が既に住む場所に、難民たちが思い思い勝手に済まれちゃ問題が起きるからな。

 それに放っておくと、仕事や食い物が無けりゃ、盗賊になるのは目に見えている。

 下準備に多少手間がかかっても、屯田兵なってくれたなら、黒の森の開拓が進むし、素材も採れる。

 辺境伯も難民も双方が助かるって寸法さ」


「それは上手い手だね」

「ああ。黒の森周辺なら、開発の進んでいない空いた土地はいくらでもあるからな。

 村が出来そうな場所は伯爵が斡旋してくれる。

 亜人たちの受け入れもまずまず順調みたいだぜ。

 辺境伯も、黒の森を開発するための人手が増えて喜んでいるだろうよ」

 僕はベルたちを見やる。少し毛並みが良くなったような気もする。

 飢える心配はなさそうだ。

「辺境伯はやり手だね」

「ああ。無愛想だが色々と考えてくれているよ」


『これなら、辺境伯を頼るのも悪くないかもね』と僕はしおりさんに話しかける。

『そうですね。後は何処まで議長たちと渡り合えるかどうか、ですね』

『そうだねえ』戦力差は六対一。正面から戦えば、先ず負ける戦力差だ。


(どうするのか、だよなあ)僕としおりさんが考え込んでいると、

「だが、辺境伯にゃ難民以外にも問題が山積みだからなあ」

 ロベルトは頭をガシガシと掻いた。

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