第34話 心に獣を宿しています

 鎧の男は改めて僕の前に立つと、ゴホンと一つ咳払いをした。

「ああ。お前さんが助けてくれたんだよな。礼を言わせてくれ。

 俺はロベルト。しがない冒険者をやってる者だ」

 ロベルトは右手を前に差し出してきた。

 ひげ面の屈強な戦士の風貌だけど、仲間共々助かったことで、顔を綻ばせている。


(冒険者か……。ゲームの世界みたいな職業があるんだな)と僕は感心した。


「まあ、お宝探しが主じゃなくて、雑多なことをしてる便利屋みたいなもんだけどな」と、ロベルトは少し自虐的な笑みを浮かべた。

 やはりお宝なんて、簡単に見つかるものではないようだ。現実は厳しいね。



 僕も、微笑みながら彼の方を向いた。いわゆる営業スマイルだ。

 少し芝居臭いかなと思ったけれど、今現在の状況を知っている人とは、是非とも知己になりたいのだ。

(一般の人たちの生活。生の声は大切だからね)

 僕たちが、これから会いに行くブルーノ辺境伯。

 彼の評判はどうなのか、どういう風に行動しているのか、辺境伯に対する生の声を聞いておきたいのだ。

(何せ僕が知っている情報は、所詮ゲームの知識をベースにしているものだからね)


 病弱皇太子ユーシス。説明書にチラリと名前が出るだけの、ただのモブキャラ。

 物語に影響を与えるのは、僕が死ぬことだけだ。

 ザックリした設定だが、時期的に僕は死んでいる頃合いだ。

 僕の死。それが大前提で、物語は進んで行く。

 権力闘争は悪政を生み、国内の治安を乱し、周辺国を破滅へと追いやる。

 そうして悪の帝国、ウイルバーン帝国が誕生する。


 その、僕は既に死んでいるはずの世界で、僕は生きている。

 これがどの様なイレギュラーとなって、この世界は変化しているのか皆目見当もつかない。

 城で情報収集をしていたが、大したことは分からなかった。

 分かったのは帝国の現状は悪化し続けていることだ。

 それは僕が知りたい情報ではない。


(エレオノーラの態度を見ていると、この世界には確実に影響しているはずだ)

 彼女の反応は、恐らくゲーム内での設定とは違っていると思われる。

 僕の生存は、既にこの世界に影響を与えているはずなのだ。

 それが、最悪の結末を変えるほどなのか。それが分からない。

(焦って動いて、失敗する。それが最悪なのは分かっているのだけれど……)


 僕が居ても居なくても、結局はディアナとイグナートは婚約してしまい、アルヴィンはやさぐれてしまい、ディアナも悪役女帝まっしぐらなんていただけない。

 その結末。『本来の正しいシナリオ』を迎えるために、やはり僕は死ぬのだろうか。

 足掻くのだけ無駄かもしれないが、折角生きているのだ。こうなったら、打てる手段は全て講じるつもりだ。



 僕もロベルトと握手をしようと手を伸ばす。

 するとしおりさんが、僕にだけ聞こえる声で、

『マスターお気を付けてください。この者心中に獣を飼っているようです』

と、辛辣な台詞をのたまう。


『大げさだなあ』

 僕も心の中で応えた。

 少しがさつな印象を受けるが、仲間を見捨てずに戦ったのだ。

 ロベルトが悪い人間とは思えない。


『ですが、あの嫌らしい目と指先の動き……注意しなければなりません』

 と、しおりさんは、身体をくねらせる。

 ロベルトがまるで痴漢か何かのように言う。

 いや、しおりさんの身体は本でしょうと、ツッコミたかったが言わないでおこう。


 

「僕は……」コホン。一つ咳払い。

 えーっと、皇太子ユーシスだ、なんて素直には言えないよな。

『はい。本名を名乗るのは流石にどうかと思いますよ』としおりさん。

『ああ。そうかもね』


 確かに今、貴族たちは二つの派閥に別れて対立している。

 そのトップ。名前だけのお飾りが、僕だ。

 実際辺境伯が推しているのは、弟のアルヴィンなのだから。

 そんなお飾りとは言え、皇太子ユーシスには利用価値はある。

 本人だと信じられなくても、近しい存在と思われたのなら、最悪議長の手土産にされるかもしれない。


『うーん。考えすぎかもしれないけど』

 目の前の男は、そんな酷薄な奴には見えないけれど……。

『慎重さは必要ですよ?』としおりさん。

 まあ、彼女の忠告はもっともである。

 ロベルトが「俺は皇族の知り合いだ」なんて周囲に吹聴するような人間でないにしても、秘密なんて隠しきるのは難しいものだ。

 逆に、ロベルトを何らかのトラブルに巻き込んでしまう可能性もあるだろう。

 お互い知らない方が良い。そんな関係だってあることだろう。


『すると、偽名だね』

 さて、偽名はどうしよう。適当な名前を急にパッとは思いつかない。

 何せ基本人格は七対三で前世の人格、つまり日本人なのだ。外国人の名前なんて大して知らないぞ。


「ゆ、ユリウスだ。貧乏公爵の三男坊さ」と、何処かの時代劇みたいに言った。

「……貧乏公爵ねえ。

 まあ、帝国の上のお方。やんごとない方々のゴタゴタに巻き込まれたくないからな。

 それで良いさ」

 と、ロベルトは不承不承に肯いた。


『もうバレた』と僕は驚く。帝国上位とは皇族を指しているのだろう。

 ロベルト。彼は見た目とは裏腹に、頭の回転はかなり早いようだ。

『クマみたいな顔しているのに、意外と鋭いですね。やはり獣。嗅覚は鋭いと見ました』と、しおりさんも驚く。


 それを見たロベルトは鼻を鳴らす。

「……主従そろって失礼なこと考えてるみたいだが、

 お前さんみたいな子供が、アーティファクトなんて持ってるのがおかしいんだぜ?

 アーティファクトなんてご大層な代物は、当主以外が持てるハズが無いんだからよ」

 と、鋭い指摘。

 ああ、全力でないにしても、アーティファクトを使っているのを見られていた。疑念を持つのは当然だろう。

「その辺の事情は、凄い魔法の使える少年で納得してくれると嬉しいよ」

「まあ、お前さんは色々と問題アリみたいだからな。

 了解した、俺もお前さんたちを、貧乏貴族の少年として接するぞ」

「ああ。それで構わないよ」


 これで晴れて、僕とロベルトは、お互いに握手するのだ。

 が……

「? なんて柔らかい手。お前さん、武術なんて殆どしていないだろう?」

 驚くロベルト。

「ま、まあね」

 ここ何年は、起きているよりもベッドで寝ている時間の方が多い。

 まあ、やさぐれて鍛錬をサボっていた時もあったけれど、真面目に鍛錬が出来る状態ではなかった。


 ロベルトは、レイピアを見て動きを止めた。

「……まさか?」他にもブーツとマントもジッと凝視する。

「ちょいと失礼」

 ロベルトは僕の腕をまくると、ペタペタと肩や背中を触る。

「な、なんて貧弱な腕だ。それに背筋もサッパリ無い。

 こんな体つきで、何故あれだけ動ける。

 もしかして、複数のアーティファクトを持っているのか」


『やはり、この者が隠し持つ獣性。それがマスターを狙っています』

 としおりさんは断言した。

『……しおりさん、何か興奮していない?』僕は恐る恐る聞く。

『この者は、何を言っているのかちっとも分かっていないですね!

 華奢な美少年だからこそ、需要があるのではないですか』と憤る。


『……』

『こ、これが〝びーえる展開〟なのでしょうか』と興奮気味のしおりさん。

 しおりさんは何を言っているのだろうか。

(……びーえる、BLって、アレか!)

「え、まさかゲイなのか」僕は慌てて、ロベルトの手を払いのける。

 しおりさんの言うとおり、ロベルトが僕を見る目が違うような気がする。

 まさか本当に?


「違えよ! 俺はゲイじゃねえ」

 僕の態度を見て、ロベルトは慌てて否定する。

「本当にそうでしょうか。疑わしいですね。

 貴方のその鋭い瞳、なおかつその嫌らしい視線は、獲物を見定める捕食者の目をしています」と追求するしおりさん。

「なんで俺をゲイにしたがる。こんな古本の言うことなんて、真に受けるな。

 俺はそんなことよりも知りたい。

 何故お前さんはアーティファクトをそれだけ使えるんだ?」

 古本と言われ、しおりさんは身体(本の角)でロベルトの後頭部をガスガスと小突いているが、彼はそんなことを気にしていないようだ。


「なんでそんな貧相な体格で、あれだけの動きが出来るんだ」

 ロベルトは真剣な顔で訊いてくる。

 複数のアーティファクトを持っているのはバレたので、話をはぐらかすのは無理だろう。

(真相を知りたいのは、本心からみたいだしね)

 実直な態度は、歴戦の戦士だ。

 彼の本質はそうなのだろう。とてもゲイには見えなかった。

 彼のゲイ疑惑が払拭されたので、僕も素直に答える。


「まあ、さっきの戦いは、ね……」身につけたアーティファクトたちに目配せした。

 紫電のレイピア、幻影のマント、縮地のブーツ、緊縛のロープ……。

 それぞれのアーティファクトたちが、誇らしげに明滅した。

 ロベルトは更に驚愕する。

「ま、まさかそれだけのアーティファクトを使いこなしているのかよ」

「まあ、ね」僕は、少しだけ胸を張る。

 使いこなしていると言えば聞こえは良いが、実際はアーティファクトたちに頼り切りなんだけどね……。それは言わないでおく。

「……こいつは驚いた」

「ホント?」

「ああ、ガチで。

 アーティファクトを使えば、あれだけ凄え動きが出来るのは理解できる。

 だが、アーティファクトはその性能の高さの見返りとして、魔力も馬鹿みたいに消費するんだ。

 いくら皇族だとしても、何故お前さんみたいな子供が……」


 驚愕しているロベルトを見て、しおりさんも攻撃を止めた。

「フフ。この者、やっとマスターの凄さに気づいたようですね」

 しおりさんはドヤ顔?をしつつ、ロベルトの周囲をクルクルと回っている。

「分からん。皇族ってのは全員これほど凄い魔力を持ってるのか?」

「……僕は貧乏公爵の三男坊」

「ああ、悪い。そんな設定だったな」

「頼むよ」

 思ってもみない展開だったけれど、ロベルトがどんな人物なのか、少し理解できたような気がした。

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