第33話 黒の森での戦い

僕に一番近い傭兵が、舌舐めずりをして剣を抜いた。

 僕を間抜けな貴族の小せがれ程度の認識なのだろう。

「へへ。楽に殺してやるよ」とこれまた陳腐なセリフを吐く。


 精神年齢は、元々が二十七歳だが、十四歳と混じって大体二十歳ぐらいだろうか。

 だが見た目は十四歳の子供だ。

 この世界では成人が十五歳なのだから、大人扱いなのかもしれない。

 それでも痩せ気味の少年に、喜んで剣を向ける。


(かなり殺伐した世界だよなあ)

 暗殺もそうだけど、この世界の命の値段は相当安いのだろう。


 まあ、相手が油断してくれるのは、こちらとしても好都合だ。

(今のうちに、数を減らしておくか)

 僕も少年の見た目とは裏腹に、既に暗殺者と命のやり取りをしている。

 初めてよりはかなり落ち着いている。


 心臓の持病は抱えたまま、だけどそれ以外の身体の不調はかなり改善した。

 恐らく四十分は、自由に動けるはずだ。

 僕を守っているしおりさんたちアーティファクトには頭が下がる思いだ。

 前の時よりは動けるはずだ。

 ジワジワと、少しずつでも身体が動けるようになるのはとても素晴らしいことだ。


 それから、授業で学んだ内容は、しおりさんを通じてイメージトレーニングしている。睡眠学習というヤツだ。


 自分に付与魔法をかける。

 縮地のブーツがあるので、サボりがちだが、有用な魔法だ。これも少しずつだが威力は増している。


「よし」下準備は終わった。

 僕は紫電のレイピアを抜き、手前の傭兵に向かって突進する。


「げ」驚く傭兵。

 間抜けな顔して僕を見る。

 紫電のレイピアの間合いに入った。


 僕は油断している傭兵に向かって、紫電のレイピアを突き刺した。

 革鎧程度では手応えを感じない。レイピアは深々と傭兵を貫いた。


「次だ」更に隣の傭兵に狙いを定める。

 傭兵は動揺しているその隙を狙う。レイピアの突きは違うこと無く胴体を貫いた。


 悶絶し倒れ込む傭兵。一撃では死ななかった。

 前回、狼の魔物を一撃で屠ったのは、紫電のレイピアの能力だったようだ。


 それでも胴体の真ん中、みぞおち付近を貫いた。

 アイツが生き残れるかどうかは運否天賦だ。


 僕だって積極的に人を殺したいとは思わない。

 だが、少年でも喜んで殺すような悪人にかける情けはない。


 瞬く間に仲間が二人やられて、傭兵たちの顔色が変わった。

 ただのカモ野郎から、油断できない敵へと認識が変わったようだ。


(数が少ないところは……)

 包囲が狭まる前、手薄な所を狙う。

 僕の頭の中には、先ほどの情報が残っている。

 ゴボルトたちを襲われると、僕も身動きが取れなくなってしまう。

 傭兵たちの体勢が整う前に人数を削りたい。


 今度は左手側の傭兵を、標的に定める。

 三名の傭兵が固まっていて、僕を迎え撃つ体勢だ。


 僕は風の魔法の詠唱した。

 しおりさんの使うカマイタチの魔法よりランクは劣るが、目眩ましには十分だ。

 三対一での連携を潰すためだ。

 魔法が発動した。怯んだ手前の傭兵に攻撃を仕掛けた。

 レイピアは音も無く敵を貫く。


(三人……)

 完全に仕留めたかどうかは確認しない。動けなくなればそれで十分だ。


 残る二人の傭兵も魔法道具を展開し、攻撃役と防御役に別れた。

 それなりの魔法道具のようで、傭兵たちの顔に自信が浮かんでいる。


 だけど、僕は躊躇うことなく、次々と紫電のレイピアで攻撃を仕掛けた。

 紫電のレイピアの能力を使うまでも無い。

 傭兵は魔法道具では、アーティファクトに太刀打ちできない。

 容易く二名を倒した。


 残り十名……。

「あなたたち、今のうちに逃げて!」

 僕は鎧の男に声をかけた。

 包囲は崩れてきた。逃げるなら今だ。


 弱ったローブの男の足では逃げるのに一苦労だ。

 それとゴボルトの子供たちは、戦いに完全に萎縮していて、震えて縮こまっている。


それを見逃すほど傭兵も甘くはなかった。

 傭兵たちは二手に分かれた。

 僕だけなく、鎧の男たちも標的に加えたようだ。


(人質にするつもりか)

 僕は彼らの救援に向かおうと立ち上がる。


 ヒュンと鋭い風切り音。

 僕の頭部を狙った一撃だ。だがしおりさんの防御結界が弾いてくれた。

 隣の木に深々と弓矢が突き刺さった。


 「飛び道具、クロスボウか」

 傭兵の半数が彼らに向かい、リーダーを含めた残りの五名は、僕にはクロスボウで攻撃を続けている。

 接近戦は不利だと感じたようだ。

 次々と矢が襲いかかる。かなり装填速度が速い。

 あれも魔法道具なのだろう。


 時折光る一撃。それが結構強烈なのだ。

 黒い木々をなぎ倒す威力がある。


「見た目とは違うのか」

 ただの弓矢だと思ったら、手痛い一撃を食らいそうだ。

 流石に弓矢を見切れるほどの動体視力を、僕は持っていない。

(付与魔法にあったかな)これは次の課題だな。


「……マスター。もう十分では?」黙っていたしおりさんが話しかけてきた。

「ああ。分かっているよ」

 僕は鎧の男たちの方を見やる。


 鎧の男は懸命に戦っている。

 彼の腕前は中々のもので、既に二人の傭兵を倒している。

 ローブの男も鎧の男に付与魔法をかけているようで、魔法の援護も大きいのだろう。


 二人は懸命にゴボルトの子供たちを守って戦っている。

 だが、それも何時まで持つか分からない。


「よし」僕はアーティファクトの力を使うことを決断した。

あの鎧の男はとても義理堅い性格をしているようだ。

 仲間も見捨てず、ゴボルトの子供を助けようと頑張っている。

 ゴボルトの子供とパーティーを組むのなんて、時間的に考えれば今回が初めてのはずだ。

 それなのに命を張れるのは誠実な性格をしているのだろう。


 話せば、アーティファクトのことを言わないでいてくれるかもしれない。


 僕は縮地のブーツに魔力を注ぐ。

 瞬く間に鎧の男の近くへ駆けつけた。


「え」一瞬の出来事に驚く鎧の男。

「伏せて」

 僕は紫電のレイピアに魔力を注ぐ。

 なぎ払い。稲妻を纏った一撃は、残った三名を一瞬で屠った。



「ぐ、ぬぬ。て、撤退だ」悔しそうな顔の傭兵のリーダー。

 勝てないと悟ったようだ。


「逃がすものか」

 僕は縮地のブーツに魔力を注ごうとする、

「マスターお待ちください」と、しおりさんが制する。

「何故?」

「向こうから、得体のしれない力を感じます。追いかけてはなりません」


「その本の言うとおりだ。向こうはかなり不安定なんだ。危険だ」と鎧の男も同意する。

「本ではありません。しおりと申します」

「え、ああ。しおり」

「なれなれしい人は嫌いです」クルリと背を向けるしおりさん。

「ぐ……。なあどうすれば良いんだ」かなりの腕前の冒険者が、困った顔を僕に向けてきた。


「ぷ」

 僕は二人のやり取りを見て脱力してしまい、思わず吹き出してしまった。

 

 アーティファクトの存在は露見してしまったが、待ち伏せやだまし討ちをする連中だ。

 周囲の信用なんて無いと思う。

あんなゴロつきの言うことは誰も真に受けないだろう。


ただ、しおりさんが危惧する得体のしれない力。それが気になった。

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