第32話 僕が向かう先は……

 監獄を出た。

 そう言うと何だか刑を終えた犯罪者になった気分となり、空の青さが眩しく感じる。

 人避けの魔法もかけられていて、付近に村落は一つもない。

 旧街道と街道に繋がる道もある。

 監獄の見かけはアレだけど、魔法防御も高いと言うし、ウィルバーン城とも直通で繋がっている。

 拠点としては申し分ないだろう。

 だけど入れ物は良くても、中身(味方)が伴わないのでは魅力半減だ。

 信頼できる味方も見つけなくてはならないだろう。


 まあ、味方はおいおい見つけ出すとして……。


 僕は辺境伯の住む居城がある方角に目をやる。

 ウィルバーン帝国の中央の東から南東はヴィシュトナと呼ばれている。

 東を黒の森、南部を南の王国に繋がる荒涼地帯がある。

 平野はヴィシュトナの中央付近だけ。


 東の黒の森は魔物が跋扈する危険な森で、南の荒涼地帯は灌木しか生えない不毛地帯だ。

 ただ、鉱物資源はかなりあるのだが、やはりここも魔物が多数出没し、危険な地域である。

 中央の平野部には、複数の中小貴族がある。


 彼らの中心人物が辺境伯ブルーノ・ヴィシュトナである。


 彼は乙女ゲー内では、ディアナに最後まで付き従った忠臣だ。

 僕の味方になってくれる可能性は十分にある。

 話をする価値はあるだろう。


「辺境伯の首都、ヴィルエスターへ行こうか」

「辺境伯を頼られるので?」

「?ああ。いけないかい」

「まずは、直近のデータを参照してください」

 しおりさんがポワッと光る。


「ゲオルクの陣営と、辺境伯の陣営との比較データです」

 ホログラムが写し出される。

 円グラフで表示されてとても見やすい。

 だが……


「戦力比率六対一だって」

 もちろん辺境伯が六ではない。ゲオルクが六なのだ。

 想定以上の開きがある。

「ウィルバーン城に上げられてきたデータですので、確実とは言い切れません。

 ですが帳簿上の収支と税収から、大まかなですが、それなりに信頼できるデータだと申します」

 としおりさんはキッパリと言い切った。

 ならば、まず間違いないのだろう。


「ちなみに、中立派であるオットー公爵陣営と、皇帝派である中央陣営はこのグラフには表示されておりません」

 と、無常な追い打ちをかけてきた。


「と、言うことは……」

「はい。ゲオルク陣営が更に強化される可能性は大いにある、そういうことです」

 北のオットー公爵の収支は、以前見たとおりボロボロだ。

 治安維持が限度で、増援を出せる余裕はない。

 しかも、最近はゲオルクたちとの関係修復に努めているようだ。


 中央は元来謀略渦巻く魑魅魍魎の集まりだ。

 絵に描いたような悪役貴族が現存している。

 その貴族たちの頭がゲオルク議長で、反ゲオルクのまとめ役が叔父であるアルベルトだった。

 大病を患ったアルベルトが中央から失脚したため、反ゲオルク陣営のまとめ役は不在。

 今もアルベルトは病気を理由に政界への復帰は果たしていない。

 今の現状を知れば叔父が無気力になるのも分かる。


「もう詰んでいるんじゃないか」

 以前しおりさんが、「知れば眠れなくなる」と言った理由がわかってしまった。

 これは眠れなくなる、というか今日から不眠症になるんじゃないか……。


「ですが、今の現状が拮抗している理由もあるのです」

「戦闘力としては、魔法道具の素材に事欠かない辺境伯は有利かと思います」

 ウィルバーン帝国最強は、皇帝直属の近衛兵団、次いで北方で魔族とのいざこざを制してきたオットー公爵、その次が東で黒の森制圧を任務としている辺境伯だ。


 西の経済区を支配下に納める議会、つまりゲオルクの軍勢は上記の軍勢に比べ劣ると言われている。

 だがここまで数の差があれば、ゲオルクが勝利するのは間違いないと思われる。

「戦いは数だよ兄貴」という有名な言葉が脳裏に浮かぶ。


「まさか、辺境伯は裏でゲオルクと通じていないよな」

 上層部同士で話しは終わっていて、後は配下の不満を抑えるだけ。それが一番怖い。

 何故ゲオルクが、自分にとって有利な状況を見過ごしているのだろうか?

 焦燥感にをかき立てられる。

 馬鹿正直に辺境伯の元へ向かうとしよう、ゲオルクの手土産として僕の首を持って行かれる。

 ……そんな可能性もあるのではないか。


 エレオノーラの一件もある。期待していた蒼穹のペンダントは入手できなかったではないか。

 乙女ゲーのシナリオは既に崩れているのかもしれない。

 ここは慎重に動かなくては……。


「……ここは状況を確認しながら進めよう」

 まずは辺境伯の陣営はどういう方針を定めているのか。それを確認したい。

 上がそういう大切な情報を隠そうとしても、一般民衆にまで完全には隠しきれないものだから。

 今のリアルな現状を知っておきたいのも理由の一つだ。

(まあ、辺境伯が心変わりしていないと良いのだけれど……)


「辺境伯の居城へは行かない。まずは第二の都市である城砦都市ヴァーヴロインへ向かおう」

「はい。それがよろしいかと」

「そうなると、転送陣は使わないほうが良いね」

「ええ、使用履歴が残されてしまいます。

 そもそもマスターの所在がゲオルク陣営にバレるのは間違いありませんから」


 皇族専用の転送陣と、他の転送陣とでは管轄が違うのか……。

 まあ、当たり前と言われればそうなのかも知れないけれど。

 知らなかったなあ。

 流石は知識の書。これでドヤ顔しなければ素直に褒めるのだけれど……


「ならば、旧街道を通るしか方法はないのか」

かなり遠回りだが仕方が無い。旧街道を進むことにした。



 監獄から続く細い道沿いに進むと、旧街道に出た。

「ここが旧街道か」

 エレオノーラの住む森にある旧街道よりはよほど整備されている。

 まあ魔女の住む森は、エレオノーラが人避けの魔法をかけていたから、わざと整備してこなかったのだろう。


 辺境伯の場合は、旧街道を使って黒の森へ入るから、今でも良く使われているのだろう。

 歩きやすいのは良いことだ。

 こういう時は、縮地のブーツの出番である。

 疲れないペースで城砦都市ヴァーヴロインへ続く旧街道を進む。


 途中、狼の魔物や、イノシシ、鹿の魔物も少数だが見かけた。

 だが無駄な戦いは避けて旧街道を進むことに注力した。


 旧街道の結界もそれなりに機能しているはずだ。

 だけど少しずつ、旧街道が森に浸食されている。

 黒い葉と幹の針葉樹。石畳を突き破り生えてきている。

 この周辺はオットー公爵領みたいに、維持管理が出来ていないようだ。


「マスター、気をつけてください。これから五キロ先に複数の反応があります」

「わかった」しおりさんの警戒網に何か引っかかったようだ。


「試してみようかな」と、僕は道具袋からおもむろに片眼鏡を取り出した。

 宝物殿で新たに加わったアーティファクトだ。

 格好から察するに、視覚強化の能力があると思われる。

 どの様な能力があるのか楽しみだ。


「さて、頼むよ」

『了解であります』とオラクルが答えた。

 映像の注意書き。まるでFPSのゲームの画面だ。

 敵の方角と位置がよく見える。これはかなり有用なアーティファクトだ。

 しおりさんの位置情報と連動して敵が丸見えである。


「これは良いな」

『お褒めにあずかり恐縮です』

 さて、得た情報によると、目の前に複数、五名の反応ある。

 そして彼らを囲うように十五名の反応がある。


「待ち伏せ?」

 少数の相手に油断させて来たところを、残り全員で取り囲み、袋だたきにするつもりだろうか。

「そうとも言い切れません。見てください」としおりさん。


 二人の人族と三人の亜人がいる。

 二人の人族の男性は、鎧を着ている者と、ローブを纏った男だ。

 亜人の種族、確か名称はゴボルトで、全員子供だ。


 ローブの男が負傷しているようで、鎧の男が手当をしている。

「芝居にしては、手が込んでいるようだ」

 ローブの肩口は真っ赤に染まり、男の顔色は青白い。

 相当な量の血を失ったみたいだ。

 鎧の男が真剣な顔をして、ローブの男に話しかけている。

 かなり危険な状態みたいだ。


「マスター、あのゴボルトをご覧なさい」

「うん?」

「ほら、右から二人目の少年は、あの時マスターが助けた子ですよ」

 あの時助けたゴボルト、ああ、無銭飲食した親子か。暗殺者の隠れ家に向かった時、そう言えば助けたのを思い出した。


 だけど

「……みんな同じ顔にしか見えないのだけど」

 子犬の顔を見比べても、飼い主ぐらいしか判断できないだろう。

 ただ、深刻そうな雰囲気は伝わってくる。

 助けを待っているのだろうか。


 そうなると、彼らの周りの男たちは、敵だということだ。

 何もしなければ彼らが負けるのは必至だ。この世界はかなり殺伐としている。

 子供でも容赦しないのではないだろうか。

何もしないで死なれては目覚めが悪い。

「分かった。行ってみよう」



「あの……」わざと足音を立てて近寄る。

 まず、ゴボルトが気づき、次に鎧の男が顔を上げた。

「誰だ」鎧の男は迷わず剣を抜く。

 鋭い眼光。かなり殺気立っているようだ。


「ああ、剣をしまってください。私は旅の者です。怪しい者ではありませんよ」

 僕は何も無い両手を空に挙げて、武器を持っていないとアピールする。

「何やら大変なご様子とお見受けします。私にも手伝えることはありませんか」

 世間知らずのお坊ちゃんのフリをする。まあ間違ってはいないかな。

「少し回復魔法の心得があるのですよ、はい」と笑顔を見せた。


 回復魔法と聞いて、男の顔が和らいだ。

「救援? おい助かるぞ」鎧の男がローブの男を励ます。

「ぐ」ローブの男が少し顔を上げようとする。

 だが直ぐにガクリと項垂れてしまった。


「僕は少しだけ治癒魔法が使えるのです。傷を診せてくれませんか」

 僕は回復魔法は使えない。

 だがしおりさんは魔法が使える。念のためにしおりさんは本のフリをしてもらっている。


「おお、お前さんその年で快復魔法が使えるのか」

「は、はい。簡単なものですけど」

 しまった。治癒魔法は結構難易度が高いのだ。

 闇の女神を信奉する人々は、回復魔法よりも攻撃魔法と補助魔法の扱いに長けている。

 だから初級とはいえ治癒魔法が使えるのは教会の関係者か、かなり素養のある魔法使いだけだ。


「簡単でも何でもいい、今は藁にもすがりたい状態なんだ。頼む」

「分かりました」

 ローブを脱がす。

 肩口から脇腹にかけて深い切り傷。包帯の下からにじみ出る赤い血。

 包帯を取り、傷口を診る。


 応急手当では間に合わない。深い傷だ。

 これは速やかに回復魔法を使わなければならない。


 しおりさんを通じて快復魔法をかけた。

 淡い光が男を優しく包み込む。見る間に傷口が塞がっていく。

「うう」ローブの男の顔色が良くなる。

 どうやら助かりそうだ。


「おお、大したもんだ。これなら生き残れそうだ」喜ぶ鎧の男。

「ふう。終わりました」

「魔法も使えるし、身なりも良い。貴族の出か」と鎧の男は独り合点する。

「君、何人お供はいるんだい」

「僕一人だけですが」

「それは、拙い」

「俺たちは、傭兵崩れに囲まれているんだ」


「ええ。そんな」と棒読みで答える。

 ああ、周りを囲んでいるのはやはり敵だったか。



『マスター、敵にも動きがあるようです』

 としおりさんが僕にだけ聞こえる声で言う。

(そうか)僕は小声で肯く。

『敵の声をお聞かせします』


(逃げたのはアイツか?)

(いや、違うぞ。応援かもしれねえ)

(だが、たった一人でか?)

(違う冒険者かもよ)

(やっぱ、死んじまったんじゃねえか。結構な傷だったからよお)

(それじゃ、あの小僧は?)

(ただの通りすがり。つまりカモだ)

(それなら、余計な連中が来る前に……)声の主が茂みから出てきた。

「仕留めるとするか」


「へへ大人しくしてもらおうか」

 散切り頭と無精髭。イメージは髭だるま。使い込まれた革鎧を身に纏い、手にはロングソードを握っている。

 鎧から魔力は感じないが、ロングソードから魔力を感じる。

 髭だるまの男は、リーダーと思われるので、装備が一番良いのだろう。

 手下を五名引き連れて、僕たちの前に出てきた。


「なあに、黙って言うことを聞くのなら、命までは取らないからよお」

 捕まれば、その後どうなるか、その事は言わない。

 まあロクでもない結果が待ち構えているのだろう。


「アイツらは?」僕は鎧の男に尋ねる。

「冒険者から得物を横取りしている集団だ。とんだゲス野郎どもさ」

 鎧の男は吐き捨てるように言う。


「おい。コイツは当たりかもしれねえ」

「ああ。見るからに業物を持っていやがる」

「貴族のボンボンか? 良い武器持って強くなった気になっていやがる」

「へへ。ぶん殴って泣かせてやろうぜ」

 傭兵崩れたちは、目ざとく紫電のレイピアを見つけたようだ。


 既に勝った気でいる。

 負けフラグがあるのなら、十分に立てているぞ。

「さてと……」人数は十五名と多い。

 だがこの程度の連中なら容易く倒せるだろう。

 油断する訳では無いが、相手はそれほど凄い装備ではない。


 確かにリーダーの武器は魔法道具だが、他の連中からは大した魔力を感じ取れない。手下の装備もそれなりの代物みたいだ。

 苦戦はしないと思われる。


 それと、あまり僕の力を見せるのは拙いかもしれない。

 貴族のボンボンだと言っていたが、やはり目立つのだろうな。

 冒険者たちとの繋がりも欲しいところだけど、どうするか……。


 わざと目立って名を上げるのが良いのか、黙って裏方に徹するのが良いのかどちらが良いのだろう。

 だが、アーティファクトを所有しているのがバレるのは拙いのだとは分かる。

 アーティファクトはそもそも数が少ないのだ。

 どこかの大貴族か大金持ち。

 はたまた皇族なのか、疑問を抱かれるのは不利益だ。


 かなり良い魔法道具を所有している、その位ならバレても問題ないだろう。

 冒険者たちに名を売る方針に決めた。

 情報収集のために、彼らと懇意になっておこう。


「腕試しには丁度良い相手だ」

 それぞれのアーティファクトの力はほとんど使わずに、僕の地力で戦ってみよう。それでも、紫電のレイピア切れ味や幻影のマント防御力が変わることはない。

 そもそもアイツらの武器でしおりさんの結界はどうにもできないだろう。


 対人戦、本物の武器で戦うのは二度目である。

 そのためか、少し落ち着いている自分に気づいた。

 さあ、どちらがカモなのか、分からせてやろう。

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