第31話 僕が向かう先は監獄?
僕は自室に、クーとサンチョを呼んでおいた。
ディアナとアルヴィンは二人の専属メイドたちが相手をしている。
「まずは、君たちに重要な情報を渡しておく。しっかり活用して欲しい。
しおりさん」
「はい」
しおりさんの身体が淡く光る。次いで、クーとサンチョも淡い光を放った。情報のやり取りをしているようだ。
クーとサンチョに、ウィルバーン城内の敵と味方の情報を渡した。
「それは、このウィルバーン城にいる、敵側の人間の情報だ。彼らに僕たちの情報は与えてはいけない。
それと、敵でも味方でもない中立派の人間もいる。彼らも同様だ。
このリストに載っている人物には、僕は病弱なままであるかのように偽情報を適時流して欲しいんだ」
「ほほう」「なるほど。委細承知いたしました」二人は肯く。
「ならばユーシス元帥」とサンチョ。アルヴィンが将軍なので、兄貴の僕は元帥と呼んでいる。
「なんだい」
「某(それがし)らは、普段どの様に振る舞えば良いのでござろうか」
「ああ、そうだな。
ディアナやアルヴィンたちの自室なら、君たちは自由に動いても構わない。メイドにもそのことは伝えてあるからね」
自分の意思で動けるアーティファクトが手元にあるのだから、二人のお話相手にはうってつけだろう。
ディアナたちの部屋は、僕の部屋と同じく防音の結界があり、秘密は漏れないだろう。
「ただ、部屋から外に出る場合。特に中庭などの人目が付く所では、ただの人形の振りをしておいてほしい」
「イグナートの間者がいるからですな」とサンチョ。
「そうだ。ディアナはともかく、アルヴィンは、いつイグナートの気が変わって、僕みたいに命の危険に晒されるかもしれないからね。慎重な行動を頼むぞ」
「はっ、拝命いたしました」
サンチョはビシッと敬礼した。
「それと、これが一番重要なことなんだけど、僕が外出していること、それをディアナとアルヴィンにバレないようにして欲しいんだ」
外出しているとバレれば。当然のように付いていくといって聞かないだろう。
だから、二人に会わない言い訳。つまりアリバイ作りの共犯だ。
先日、ディアナとアルヴィンには、『僕はこれから皇太子として勉強をしなければならない。勉強に専念したいから、別館の個室に籠もる』と伝えておいた。
二人は遊んでくれないので、文句タラタラだったが、こればかりは仕方が無い。
「だからクーとサンチョには、しおりさんを通して、声だけでも二人に伝えて欲しいんだ。
別館で勉強している、というアリバイ作りも兼ねて、ね」
「それはまた、かなりの難易度かと思いますが……」と、クーの顔色(?)が曇る。
「皇帝(かなり気が早いが、クーは僕をこう呼ぶ)陛下は、女帝(ディアナのことだ)陛下に慕われておりまする。
全くご尊顔をお見せ出来ない、とあっては不審に思われるのでは?」
「厳しいのは分かってるが、そこを誤魔化して欲しいんだ。僕も毎日出かけるわけではないからね」
二人を誤魔化しきるのは相当困難だが、最低でも一月は誤魔化して欲しい。
向こうで足場を固めるには、その程度は必要だろう。
「クーよ。敵は、しおり殿の防御結界を切り裂くほどの業物を所持しておる。
それほどの相手ならば致し方ないかと。
元帥のおっしゃる通り、用心にこしたことはないであろう」とサンチョは同僚に促す。
「二人の命に関わることなんだ。頼むぞ」僕は真剣な目をして二人を見やる。
「了解しました」とクーとサンチョ。
僕としおりさんは、表面の大部分を蔦が覆い、裾の石壁は苔むしている古ぼけた尖塔の前に立っている。
入り口であろうさび付いた鉄扉。錠前は真っ茶色にさび付いていて、見るからに開きそうにもない。
「マスター、その扉はダミーです。本物はこちら」
しおりさんに促され、脇のくぼんだ場所へ移動した。
しおりさんが光ると、隠された扉が出現した。
「さあ入りましょう」
光る天井と通路。ウィルバーン城と同様の造りだ。
しおりさんの後ろに続く、しばらく歩くと大きな石版が見えてきた。
「少々お待ちを」
まずはしおりさんと城の守護者との情報のやり取り。しおりさんがポウッと緑色に光る。情報がインストールされているのだ。
「終了しました。これから向かう場所は監獄です」
「か、監獄」何か嫌な気分になる。投獄されるんじゃないだろうか。
「心配はありません。上層部はこの尖塔と同じくダミーですから。
そして、魔術の結界はこのウィルバーン城に匹敵するものです」
それは、相当凄い防衛力じゃないか。
「何故そんなに厳重なんだろう」
「ウィルバーン城が、陥落した場合、そこで再起を図るためです。
拠点として相応しい防御力を兼ね備えています」
「それは心強い」
つまり秘密基地が手に入ると考えれば良いのか。
そこならば僕の安全が確保できるはず、拠点として活躍するのは間違いない。
エレオノーラの言うとおり、行ってみる価値はありそうだ。
「よし、行こう」
以前通った秘密通路に入る。
インストールされた情報を元に、しおりさんが先導する。
「ここです」
行き止まりの廊下でしおりさんは停止した。
何も無い壁が開き、先に進む通路が現れた。
奥に進むと古代文字で書かれた転送陣が現れた。
既に魔方陣は起動しているようで、古代文字は緑色の光を放っている。
「この上に乗れば良いのかい?」
「はい。転送の開始はわたしがします。ご命令を」
「それでは、監獄へ行こう」
「了解です」
転送陣全体が眩く輝く。
光が収まると、そこは城とは違う石壁の部屋であった。
僕たちは転送陣から降りると、薄暗い部屋を出た。
「ここが監獄か」
監獄内部は、城とは打って変わっていておどろおどろしい雰囲気だ。
石壁の石が粗く削られたものを使っているためだろう。
何処となくかび臭さが漂う通路を歩く。
長居したいとは思えない所である。
「監獄の守護者のコアが起動しました」
周囲が少しずつ明るくなってきた。
どうやら僕たちに反応したようである。壁に備え付けられた照明灯は魔法の力で動いているようだ。
明るくなったので、廊下も歩きやすくなった。
「この監獄は、どんな所にあるのだろう」
「地図をお見せします」
ホログラム。詳細な地図がハッキリと浮かび上がる。
監獄。そこは帝都からかなり南東の場所だ。五百キロは離れている。
帝国全域と比べてもかなり東の端の方にある。
「南は荒涼地帯、東は黒の森か。本当に辺境だ」
秘密基地としては申し分ない上に、交通の要所も押さえている。近くには旧街道と現代の街道がある。
「一番近い街は、辺境伯の領地の、第二都市か……」
その街は確か、黒の森から、魔物や魔獣の出没に対して、守るかなり大きな城砦都市だ。
城砦都市を迂回出来るルートも示されている。
街道を通ったその先は、辺境伯の首都である。
反撃の拠点としてご先祖が選んだ場所だ。
この監獄は、帝国を横断する街道と、南の王国へ通じる道を押さえることが出来る要所だ。
「この場所はイグナートは知っているのだろうか」
「いいえ。知らないはずです。
この場所は、ウィルバーン帝国皇帝のみしか知らされていません」
「でも、あいつは祖父に溺愛されていたのだろう。
知らないはずはないのでは?」
「理由、その一。
城の守護者から、監獄への転送データの履歴はありませんでした。
データの履歴に残らない手法、それは直接監獄へ向かい、手動で転送門を開くしか方法はありません。
ですがその場合は、監獄の守護者に見つからない必要があるため、可能性は極わずかでしょう。
理由、その二。
仮にイグナートが知っていれば、既に監獄を利用しています。
何故なら辺境伯攻略の拠点としてうってつけだからです。
兵士を忍ばせておけば、辺境伯の首都攻略の難易度が激減するでしょう。
その手段を取らなかったのは、知らなかったと考えて良いと思われます」
「そうか。辺境伯の首都を攻め落とすにはうってつけの場所なのか」
例えば、領土の境界線ギリギリに兵士を派兵して、辺境伯からも兵士を派兵させる。
双方にらみ合いをしている間、監獄に送り込んでいた兵士が突如首都を襲う。
前線に兵を送った分だけ、守備兵も少なくなっているだろう。それならば容易に首都は陥落するはず。
しおりさんの指摘したとおり、二つの案を実行した形跡は残されていない。
それならば、イグナートが知らないと思って間違いないだろう。
「やはり、先ずは辺境伯にお会いするのですか?」
「そうだね。彼が味方になってくれる可能性は高いと思うよ」
「それは、マスターの『先読み』から得た情報ですね」
「そうだね」
エレオノーラもしおりさんも、乙女ゲーの攻略情報を先読みと呼ぶ。
あながち間違いではないのだが、実際の所は蒼穹のペンダントを手に入れ損ねたのだから、完全に正しいのではない。
まあ、大雑把な道しるべ程度に考えておいた方が無難だろう。
「辺境伯を味方に加え、味方を少しずつ増やして行きたい」
一番良いのは、ゲオルク陣営の切り崩しだ。
が、それは厳しだろう。
ゲオルクは、議長としての権限と、裕福な西側の港湾を押さえている。
辺境伯の地力だけでは太刀打ち出来ないのは目に見えている。
だが、中立派を味方に出来ればまだ可能性はある。
貴族たちに広く知られている、ベッドで寝たきりの病弱皇太子のイメージを覆せば、イグナートの対抗馬としての可能性は残されているはずだ。
現状の把握を兼ねて、しばらくこの辺りで力を付けておきたいところだ。
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