第29話 アルヴィンと模擬戦を
「さて」僕は木刀を手に取った。
レイピアの型。半身を前に出して身構えた。
動きはフェンシングと同じだ。左脇には短刀。
これはマンゴーシュと同じ役割だ。今回は盾を使用しないのでその代用品だ。
対してアルヴィンは僕と同じ木刀を手にしている。身体に対して少し長めで不釣り合いなのだが、器用に振り回して見せた。
武器を扱うセンスがある。
乙女ゲーでは、悪役女帝ディアナと同等の強さを誇る強敵として登場した。
冷酷非道将軍アルヴィンは単独で戦うが、聖女とヒーローとのラブラブタッグの前に敗れ去ったのだ。
強敵のくせに、最後はとんだ咬ませ犬の役目を負った不憫な敵キャラだ。
まあ、日頃から、ロクでもないことしかしていなかったので、同情は出来ないのだけれど……。
「位置についてください。……それでは、お互いに礼」とオスモ師範の声。
ついで彼の手が振り下ろされた。模擬戦は始まった。
「いくぞ兄様、先手必勝っ」
アルヴィンが突っ込んできた。左右にフェイントを織り交ぜた動き。
「甘いっ」僕は突きを繰り出す、
「おっと」アルヴィンはヒラリと躱す。
僕の追撃。なぎ払いも見事に避ける。
「む」僕の攻撃は当たりそうで当たらない。弟の動きは型なんて無視したメチャクチャな動きだ。
だが、不思議と僕の攻撃を避ける。時折早さが一段上がる。そのため攻撃を仕掛けるタイミングをずらされてしまうからだ。
(これは、スキルか)
「えいっ」
アルヴィンは、僕が仕掛けた、横へのなぎ払いをジャンプして躱す、
「なんの」
僕は更に追撃、これは避けきれないと思った。
だが、アルヴィンの動きが空中で変化した。
落下速度を上回る速さで身体を捻り、一瞬空中で止まったのだ。更に、木剣に遠心力を加え、鋭い突きを僕の胴体めがけて放つ。
「くっ」
僕はアルヴィンの攻撃を、短刀でどうにか受け流す。
力自体は七歳児なので、問題はない。だが、攻撃を仕掛ける鋭さは侮れないものがある。
(これは迂闊に攻めない方が良いな……)
基本を無視した動きが出来るだけの、高い身体能力と動体視力。この二つはアルヴィンの方が上みたいだ。となれば……。
(狙うはカウンターだ)
「うりゃりゃ」
アルヴィンは勢いに任せ、手数で勝負の攻撃を仕掛けてきた。
その動きは、先ほど見たオスモ師範の動きに忠実な時と、我流のデタラメな太刀筋を織り交ぜている。
それが功を奏してか、攻撃が多彩で非常に受けづらい。
「むむ」
僕はきわどい攻撃を、どうにか短刀でしのぐ。
「むう」アルヴィンは攻撃が当たらないので不服そうに頬を膨らませた。攻撃が当たらないので、相当焦れているみたいだ。
僕が、アルヴィンの攻撃を避け続けることには、理由がある。
スキルとは、魔力を用いて身体能力を向上させる戦闘技術のことである。
そのため意識的でも無意識であっても魔力を消費する。
その時、淡い光が漏れるのだ。
これは、あの時、狼の魔獣を相手にした経験が役立っている。
それと、焦ってミスをしないのは、あのとき暗殺者と斬り合ったからである。
(意外と度胸がついてきたな)
一度死に、更に何度も殺されかける経験を得た。嫌でも度胸がついたのだろう。
魔獣の牙が光ったのを思い返す。
それは相手を仕留めるタイミングの時だ。
アルヴィンが渾身の一撃を放ってきた。
(ここだ)
僕はしっかりと短刀で受け止め、続いて力を後方へ受け流す。
アルヴィンの胴体ががら空きになった。
「あ」
アルヴィンの顔色が変わる。だが、もう避けるには間に合わない。
僕の突きはアルヴィンの胴体へ吸い込まれるように突き進む。
アルヴィンの胸元にある標的が赤く染まる。攻撃が命中したサインである。
「よし」
「やった」と歓声を上げて喜びディアナ。
「むむ、負けたあ」と苦笑いのアルヴィン。
ムスッとしていたが、直ぐに元気に笑う。
「兄様強いじゃない」
「はは。当たり前さ」
と、僕は笑顔で返す。だが、膝は結構震えている。
「お見事です、お二人とも」
武術の先生は拍手を打ちながら僕たちの前に来た。
「はは、ありがとう……」
(しかし、アルヴィンのやつスキルを使いこなしているとはな……)
弟が使ったものは、瞬発力向上の類いのものだろう。
まだ七歳なのにスキルが使えるのか。
僕もホンノリとだがスキルを発動は出来る。少しは身体能力が向上している、と感じ取れる程度のものだけれど。
(だけど、そんなスキルでも習得したのは二年前だぞ)
弟の強さはどの位なのだろう。気になるのでオスモ師範に尋ねる。
「アルヴィンが使っているスキルとは、かなり凄いのでは?」
「ええ。魔法学園の初等科で学ぶスキルでございます。今のお年で使われる者は、同年代にはおりますまい」
「ほう、なるほど」
ここでも魔法学園の初等科並、と言われた。
アルヴィンもディアナと同様に天賦の才があるようだ。
今、手合わせして感じたのは、身体能力は僕よりもアルヴィンの方が高いということだ。
だが、仮にアルヴィンがあの暗殺者に狙われたならば、殺されるのは間違いない。
アルヴィンよりも弱い僕が、暗殺者に勝てた理由。
それはアーティファクトの有無だ。
アルヴィンがアーティファクトを身につけたなら、僕よりも強くなるのは間違いないだろう。
(アルヴィンも自分の強さを理解しなくては、な)
いくら防御結界を張られた防具を身につけていても、ディアナの頭を狙うのはどうかと思う。
防具があるのだから、何をしても良い、そう考えているのだろう。
アルヴィンもディアナと同じだ。自分の強さがどの程度なのか知らない。
城の中、競い合う相手が兄妹しかいないからだ。
しかも二人とも相当な強さである。七歳児の平均的な強さを大きく上回るだろう。
「平均的」な強さの相手を知らない。
自分の強さがどの程度なのかを知っておかないと、力の配分が出来ない。
思わず相手に致命傷を与えることもあるだろう。
「力に溺れた冷酷非道将軍」そうならないためにも、アルヴィンに力の使い方と、敵以外の存在を教えてあげなくてはいけない。
(取り敢えずは、二人の無茶を抑える相手が必要だよな)
魔法道具で僕と連絡できるもの、もしくは話し相手、相談役が欲しいところだ。
チラリとしおりさんを見やる。
「マスターなんでしょう?」
「いや、何でもないよ」
もう一度宝物殿に行ってみよう。
あそこは皇族に伝わる秘宝が眠る場所である。一級品、超一級品が幾つも収められている。
欲を言えば、アーティファクトが理想である。
(……だが、そんな都合良く見つかるだろうか)
考えても仕方が無い。
取り敢えず、武術の授業が終わったらみんなで宝物殿に向かおう。
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