第28話 剣術の授業を受けよう
せめて、ディアナとアルヴィンに心配をかけさせない強い兄貴になろう。
そう張り切って訓練場に向かった。
だけど武術の授業は、受けさせてもらえなかった。
あの時の顔色の悪さをオスモ師範も知っていたので、武術の授業を受けさせてはくれなかった。
おかげで、マウリ医師に仮病の片棒を担いでもらわなくても良くなったのは、怪我の功名とでも言うべきなのだろうか。
まあ、僕自身も思っていた以上に疲れていたので、今度は二人を心配させないために、しっかりと休養を取っておこうか。
その間しおりさんは、執事のデニスから得た情報と、ウィルバーン城になる記録室の情報を整理していた。
「良い情報は、どの程度あるのだろう」
「残念ながら、良い情報よりも、悪い情報の方が多いですね。
聞けばマスターは眠れなくなると思いますよ?
まずはしっかりと睡眠を取ることを推奨します。
今は体調を整えるのがマスターの仕事ですから」
「そんな脅かさなくても良いと思うんだけどなあ」
しおりさんの声音は、冗談とも本気とも取れるニュアンスだった。
まあ、今は良いだろう。今思い悩んでも何も変わらない。寝不足になるのは避けたいから。
三日後、今度こそ武術の授業を受ける。ディアナもアルヴィンもこのことを知っているが、他言無用で誰にも喋ってはいないようだ。
僕も弟と同じような稽古着に着替えた。
アルヴィンとディアナが仲良く?ストレッチをしている。
「兄様」
僕に気づいたアルヴィンは驚いた顔をしていたが、直ぐに駆け寄ってきた。
「身体は大丈夫なの?」
「ああ大丈夫。三日間ゆっくりしていたからね。身体は快調そのものだよ。今日は調子が良いみたいなんだよ」
「殿下、お身体の調子はどうですか?」
と筋骨隆々のオスモ師範が心配げに訊いてきた。
「体調は問題ない。さきおとといは心配をかけて悪かったと、みんなにも伝えておいてもらいたい」
「そうですか。それは喜ばしいことです」と師範はホッとした顔になった。
「今日は無理をしない程度で鍛錬をしようと思う。
ついては師範、色々と武術について教授してもらいたい。
特に剣術を」
僕の一番の武器は紫電のレイピアだ。剣術を学び直すのが有効だろう。
「なるほど了解しました。ですが殿下、身体を動かす前にストレッチは必要ですぞ」
「ああ。それは分かっている」
僕はディアナとアルヴィンとに混じりストレッチをする。
身体が硬い。
二人はペタンと胸を床までついているが、僕は十センチは浮いている。
背中に重たい感触。アルヴィンが乗っかってきた。
「わたしも」ディアナも更に乗っかる。
「く、苦しい。止めてくれ」
身体が柔らかくなる前に、筋がどうにかなってしまう。
慌てて師範が二人をどかしてくれた。
まだしばらくストレッチは続いた。
「さて、皆様のお身体もほぐれてきたようです。
まずは私が型を見せますから、それを参考にしていただきます。その後、殿下もご一緒に動いていただきます」とオスモ師範は僕たちを見回した。
「分かった。じゃあしおりさん」
「はい」しおりさんは記録担当だ。彼女は立体映像として記録しておける。
これで部屋に戻ってから再確認できるのだ。
オスモ師範が流れるような動きで剣舞を披露してくれる。
剣舞はそれぞれの流派の動きを取り入れたもので、攻撃の仕方や受けの防御が取り入れられていて凄く参考になる。
剣術の中には、サーベル、ナイフ、レイピアも含まれていて、その都度武器を取り替えていた。
剣舞はかなり長いものだが、非常に参考になる。
その後、師範と一緒に剣舞をする。
基本の動きがなっていないので、相当ぎこちないものだ。
身体の硬さだけでなくて、体幹の弱さも影響しているのだろう。
柔軟性も低いが筋力も低い。これも地道に鍛えるしかない。
小休止。長椅子に座って、差し入れのドリンクを飲む。
ポカリスエットみたいなものだ。汗をかいたので凄く美味しく感じる。
ディアナとアルヴィンが剣と杖を使った組み手をしている。
二人はなんだかんだ言っても仲が良い。
乙女ゲーでの将来、ギスギスした関係になるとは思えないものだ。
僕は二人のやり取りを微笑ましく見つめた。
師範もそんな二人を見守っている。
(そう言えば、この世界の武器はどの程度のレベルなのだろう)
知識はしおりさんから聞いているが、それは情報としてだ。
オスモ師範は元近衛兵副団長なので、実戦経験は豊富である。
彼の体験談は貴重だ。質問してみよう。
武器、銃についてだ。元の世界では剣よりも銃の方が強い。
場所と間合いにもよるが、離れていれば、日本刀を手にした剣の達人と、銃を装備した軍人が勝負すれば、あっさり軍人が勝つだろう。
よほどの接近戦となれば話は違ってくるのだろうが、ある程度距離を保った状態ではまず銃が勝つ。
戦場での接近戦はゲリラ戦ぐらいだろうか。
「オスモ師範。質問があるのだが」
「何でしょう」
「鉄砲はどの程度運用されているのだろう」
「ウィルバーン帝国では、火薬を用いた武器は、どの程度流通しているのだろうか」
ウィルバーン帝国でも火薬は発明されている。
火属性の魔法が使えない場所。水の力が強すぎる場所での土木工事をする場合だ。
だから初期のダイナマイト程度の爆薬はあるのだ。
だから、薬莢の開発がさほど進展していないのかが気になった。
「てっぽう?。ああ、火薬で鉄の鏃を飛ばす武器ですか」
「ああそうだ」
「加薬は使い勝手ば悪いのですよ。火属性の魔法を使えば爆発し、水属性の魔法を使えばしけって使えなくなるのです」
密封する技術が低いのかもしれない。この世界の銃のレベルはかなり未熟だと思われる。
「他の魔法との組み合わせでも、素直に火属性の魔法を使ったほうが威力は上ですから」
「だが、引き金を引くだけで使えるというのは、使い勝手が良いと思うのだが」
「確かにそうです。ですが倒せるのはせいぜい一般兵でしょうね。
重装備の魔法騎士では相手にならないですよ」
魔法騎士。
それは、魔法の強さと武技の技量の高さ、そして優れた魔法道具を身につけた騎士のことだ。
「魔法騎士の強さは一騎で、民間人から徴用された一般兵の、技量は百名以上と言われています。
名のある貴族ならば、更に強力な魔法道具やアーティファクトを所持していますので、戦力差は更に広がることでしょう」
とオスモ師範は誇らしげに胸を張る。
(やはり未熟なレベルの銃火器では、魔法道具には敵わないみたいだ)
「さて、そろそろ鍛錬を再開しますか」
「ああ。よろしく頼む」
オスモ師範相手にレイピアを用いた指導。
これから先、レイピアを用いた戦いが主になる。
早めに習得して損は無い。
カウンターの取り方、避け方、先手の取り方を教わる。
その間、アルヴィンはディアナと模擬戦を続けている。
何度目だろう。次第に二人ともエスカレートしてきたみたいだ。
僕は心配になってきて、横目でチラリと見やる。
(……あ)
ポカリと、アルヴィンの剣がディアナのおでこに命中した。
もちろん、防御結界を発する魔法道具は、二人とも身につけている。
だが、頭部に命中するのを実感するのは怖いものだろう。
(あれはキツかった)
狼の魔物の群れに噛みつかれた記憶が蘇る。
しおりさんや幻影のマントの防御結界があるとはいえ、気持ちいいものではなかったのだ。
「うわーん」ディアナの泣き声。
アルヴィンに追撃されて、ボコボコにされたようだ。
やはり剣術ではアルヴィンが強いようだ。
ディアナが駆け寄ってきた。ぎゅっと僕に抱きついてきた。
「アルヴィンがいじめるの」ディアナは上目遣いでそう言う。
「あ、兄様に言いつけるなよ。ディアナ、うそ泣きだろう」そう言いながら、アルヴィンも駆け寄ってきた。
「妹を泣かせちゃだめだろう」
僕も最後の方を少し見ただけだが、少しアルヴィンはやり過ぎな感じがした。
「ああ、こういう時だけ妹ぶるんだよな」と、アルヴィンは頬を膨らます。
出産時、先に取り上げられたのはディアナだが、男系社会であるウィルバーン帝国では、記録上はアルヴィンの方が兄である。
だから、ディアナとアルヴィンはどちらが兄か姉かで喧嘩するのだ。
「お兄様、やっつけて」とディアナのお願い。
もう涙は止まっているようだ。少し苦笑する。
「うーん」体調も良いし、短時間ならアルヴィンと手合わぐらい出来るだろう。
アルヴィンの強さはどの程度なのか、確認しておきたい。
「よし、アルヴィンやるか」
「え、兄様大丈夫なの?」と、少し不安顔のアルヴィン。
「ああ」
あまり心配ばかりさせても悪い気がする。
少し強い所を見せてやろうではないか。
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