第25話 反省してる?
「マスターどういたしますか?」
「どうも何も二人を授業に戻さなきゃ」
「ですが、「マスターはもう元気だ」ということはお二人に知られました。
次の対策をとらなければなりません」
「それは……。魔法で誤魔化せないかな」
「一時は大丈夫でしょうが、この訓練場を出れば、城の守護者の結界が発動しています。記憶は直ぐに呼び起こされるでしょう。
それに、『危険な攻撃魔法を発動した』と、城の守護者に認識され、マスターが黒焦げになりますよ?」
「それは、まずい」
ついさっき、歴史の授業を受けると約束したのに、サボるとは何事だろう。
この調子では、ディアナとアルヴィンが口を滑らせるのは時間の問題である。
僕の味方は黙っていてくれるだろうが、それでも人の口に戸は立てられぬ。
僕が魔法の授業を受けられるほど、身体が快復の方向に向かっている。
つまり毒薬は効いていないという証左である。
だが、対策は既に打ってある。
こういうとき、その時の為にマウリ医師と執事のデニスが味方にいる。
いざとなれば、マウリ医師と共謀して、僕は重篤だとの噂を流せば済むことではある。
ただ、たかだか三日も経たないうちに、こうも簡単に隠し事が露見するとは思ってもみなかった。
思わぬ落とし穴があったものだ。
僕は渋い顔をして二人の顔を交互に見回した。
シュンとした顔。神妙な顔をしているが、僕は欺されないぞ。
「うーん」思わせぶりな顔をしてみせる。
確かに魔法や武術の授業を受けはする。
だけど、僕は見学だけのつもりだった。
先生たちが使う魔法や武術、それらの理論をしおりさんに記録してもらい、後で見直すつもりであったのだ。
だが、ディアナたちは違う意味に受け取ったようだ。
魔法や武術の授業を受けられるほどに、僕は身体は快復したのだ。
だから一緒に授業を受けたり遊んで欲しい。
そんな気軽な気持ちで授業をサボったのだろう。
(今まで、病に伏せていたから、一緒に食事がとれるほど快復したと思ったのだろうな)
僕も迂闊だった。
暗殺者と狼たちと死闘を繰り広げ、エレオノーラと無事に出会えたことで、すっかり体調は快復したのだと思い込んでしまった。
そうだ。僕はつい先日死にかけたのだ。そのことをすっかり忘れていたのだ。
だけど、病み上がり程度のフリはしていた。
露骨に元気さはアピールしてはいない。
だが、ディアナとアルヴィンにとっては、いつ死んでもおかしくない状態から、奇跡的に快復したと勘違いさせてしまったのかもしれない。
これは大失敗である。
僕はとんでもない初歩的なミスを犯してしまったようだ。
『マスターだけの責任ではありませんよ。わたしも思慮が足りませんでした』
としおりさんは僕だけに聞こえる声で話しかけてきた。
(しおりさんは、ほらアーティファクトだから……)
人の身体の状態を察する機微は感じ取れないだろう。
『はい。わたしの魂は、精霊に近しいものですから、肉体の状況把握は疎いところがありますので……』いつもと違って歯切れが悪い。
(へえ……)
アーティファクトの魂は精霊か。物質に宿る魂。付喪神みたいなものかな?
妖怪ものに出てくる。口のついた行灯や、足のついた小判を思い出した。かなりシュールである。
この世界の小ネタ、ウンチクを知った。
『付喪神とは?』
(そうだね、妖か……。まあ、精霊みたいなものかな?)
『そうですか?』
(そ、そうだね。それよりも二人のことだよっ)
しおりさんからの追撃をはぐらかす。
でも、二人をどう対処するべきか困ってしまう。
怒鳴りつけるのは、僕のミスが原因だから、それはちょっとなと思うし、
甘い顔をするわけにはいかないし……。
『マスターは、お昼にフルコースを食べましたからねえ』
(いや、全部も食べていないぞ。勿体ないけど少し残したくらいだし……)
『ですが、カレーライスについて、こだわっていたかと思いますが?』
(いや、食事は元気の源……。あれは言い過ぎたかな)
『お二人は反省しているようですよ?』
「うーん」
しばし考え中。チラリと周りを見やる。
ションボリするディアナとアルヴィンの他、恐縮する二人の専属メイド。
この二人は、この城の「今までの出来事」を知っているのだ。
なのに、ディアナたちの行動は軽々に思っているのだろう。
幼い妹と弟は、この場だけでもはぐらかせばどうにかなるだろうが、大人たちはそうもいかないだろう。
(しおりさん、君のことを明かすよ)
もう、身体が良くなった理由を話す必要があるな。
ただ、全部を話す必要もない。
暗殺者との死闘やエレオノーラとの出会いは、誤魔化しておこう。
『はい。致し方ないかと』
「よし、これから重大な秘密を君たちに明かすことにしよう。勿論、他言は無用だ」
「しおりさん」
「はい」
しおりさんは、僕の手から離れ、浮かび上がる。
「おお」驚く一同。
「知識の書、アーティファクトだ」
「知識の書でもしおり、どちらの呼称でもかまいません。ですがわたし個人は、しおりの方が気に入っていますので、そちらの呼称を推薦します」
「……これは、驚きました」
と魔法講師であるカウノがおそるおそる尋ねてきた。
「でも、カウノ師なら、アーティファクトは今まで見たことがあるだろう」
城のお抱えの、魔法の先生なら、アーティファクトに触れる機会は結構あるはずだ。
「は、はい。ですが、この様な人格が表に出てくるアーティファクトは初めて見たものですから」
「そうなの?」僕はしおりさんを見やる。
「少々話すことは多いかと」としれっと言う。
「まあ、それは良いとして」コホンと咳払い。
「しおりさんは母の部屋で偶然見つけたんだ。
そして、彼女の力により、僕の体調は見違えるほど快復してきたんだよ」
「じゃあ、お兄様はもうずっと元気なの?」
「残念だけど、ずっとじゃないな。心臓に抱えた持病は治らないからね」
「そうなの?」
「ああ」
「で、でもずっとベッドで寝てるだけ、なのは治ったのでしょう?」とアルヴィン。
「そうだな。寝たきりではなくなったかな」
嬉しそうに二人は顔を見合わせた。
「でも、このことは内密にしておきたかったんだ。特にイグナート側の人間に情報が漏れることは避けたかったんだよ」
「そうでしょうね」とオスモ。師範たちは僕とイグナートとの対立は当然知っている。敵対する相手に秘密が漏れると対策を講じられるからだ。
「だけど、これで秘密は打ち明けなくてはいけなくなったんだ」
僕はディアナとアルヴィンを交互に見やる。
「反省してる?」
「はい」「はい」
「ふう。今度からちゃんと授業を受けるんだぞ」肯く二人。
「もう少ししたら、遊べるようになるからな」
「はーい」笑顔になる。
まあ、僕にも落ち度がある。あまり怒る気にはなれないのだ。
だが、ここで甘い顔をすることはできない。
(少しばかり釘を刺しておかなきゃな)
以前の斜に構えた、悪ユーシスを見せておかなくてはならない。
「今回の一件はこれで終わる。これ以上文句や愚痴は言わない。
だが、再発防止の対策は講じなくてはいけない。判るよね?」
クレームをなあなあで済ませば、次回もまた同じことが起きてしまう。
当たり前だが対策を講じなければならない。
僕が念じると、真っ白い羊皮紙が出てきた。
「これ、何だか判るかい」
「そ、それは……」カウノ師の顔が青ざめる。
「そう。宣誓書だ。僕はこれを使わなくてはならないかもしれない……」
「そんな。ご無体な」一同に動揺が走る。
彼らもこれがどの様な効力を持つか知っているようだ。
宣誓書に書かれた文面を破棄すれば、城の守護者のより魔法攻撃を仕掛けられるのだ。
魔法防御の采配をしているのは城の守護者である。つまり一方的に魔法を掛けられて、殺されてしまうのだ。
「いや、君たちが情報を漏らすとは思っていない。その様な愚か者がこの場にいるとは考えてもいないさ。
もし、もしもの場合の時、ね」
僕はニヤリとほくそ笑み、芝居がかった口調で話す。
ドリカ、彼女はディアナ専属のメイドで、
エルケ、彼女はアルヴィン専属のメイドだ。
ディアナとアルヴィンは彼女によく懐いている。だが、少し甘い対応をしていたのではないだろうか。少しばかり悪い顔を二人には見せた。
「ひ、秘密は守ります。命にかけても」
「わたし、わたしもです」
涙目の二人。まあ、文字通り生殺与奪の権限が、僕のこの手に握られているのだ。
(むむ。少し言い過ぎたかも……)
今にも泣き崩れそうな二人を見て。かなり心が痛む。
かなり気まずい雰囲気。だが、芝居を止めるわけにはいかない。
「ふうむ。果たしてそうだろうか。
君たちが、そもそもディアナたちを見張っていないから、こうなったんだ。
悪いが責任の一端は君にもある。それなりの覚悟はしてもらわないといけないんだ。済まないね」
そう言いながら、チラリとディアナの方を向く。
(早く助け船を出してあげなさい)僕は軽くウインクしてみせた。
「お兄様、待ってわたしが悪いの」
「いや、おれ。
おれが悪いんだ。お腹が痛いと嘘ついて、その隙にディアナが廊下に逃げ出して、慌ててエルケが追いかけたら。おれが反対側に逃げたんだよ」
ディアナとアルヴィンが必死に嘆願してきた。悪いことをしたという自覚はあるみたいだ。
「ほう」
イタズラするときは息がピッタリみたいだ。
これは二人の作戦勝ちだったようだ。
全く、いつも口げんかしているのに、こういうときの連携は見事なんだから。
二卵性双生児にも、一卵性双生児みたいなシンパシーがあるのだろうか。
(ここまで言えば二度としないだろう)
「判った。二人に免じて罪はとがめない」と偉そうに述べる。
宣誓書がかき消された。明らかに安堵する一同。
「君たちを信じよう」
僕も偉そうに許した。
クスクス笑うしおりさん。彼女は理解していたのだ。
そもそも宣誓書を出したって、対戦相手の同意がなければ成立しないのだ。
これはただのブラフ、ハッタリだったのだ。
かつて命がけの決闘があったことをメイドたちは知っていたようで、それで上手く欺されてくれたようだ。
「ドリカ。君は料理長に、訓練場で倒れたと言ってくれ」
「は、はい」
「エルケ。君は執事のデニスに伝えてくれ。マウリ医師と一緒に訓練場に来るようにと」
「わ、わかりました」
マウリとデニスの二人に事情を話して、僕はまた倒れたという話を広げてもらおう。
これで僕の体調に関する秘密は守られた。
多少、噂話は残るだろうが、そんなゴシップは人間が集まる所では幾らでも生まれる話だ。
「さて……」
ここまで来たんだ。ついでにディアナとアルヴィンは、どの程度出来るのだろうか見てみたいものだ。
妹と弟の成長を見てみたい。
半分遊びのトレーニングもたまには良いだろう。
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