第26話 ディアナと魔法
三人とも動きやすい服装に着替えた。
飾りもない服は日本で受けた体育の服装を思わせる。地味な紺色。もっと派手なのもあるが、僕はそれを選ばなかった。
ディアナとアルヴィンの身なりはかなり立派だ。だけど、僕の服装を見て真似して着替えなおしたようだ。
先ずは魔法の授業から始まる。
僕は昨日まで少しホコリのかぶっていた教本を手に取った。
一応、それぞれの属性魔法の基礎は習っているため、発現の初歩まではできる。
ただ、魔法はメンタルの影響(イメージの強さ)を大きく受けてしまう。
父の戦死、母の死が重なり精神的に参っていたのが大きかったのだろう。
努力の割に比べさほど上達しなかったので、次第にやる気を失ってしまい、終いには授業に出なくなったことを思い出した。
だが、今はやる気が無いとか悠長なことはを言っていられない。
一つでも多くの魔法を学ばなくては、未来は訪れないだろう。
「ええと、僕が使える魔法は……」
風属性の魔法はそれなりに自信はある。森での戦いでもどうにかモノになった。
次は水属性の魔法で、まずまずのレベルだったと思う。
炎属性はサッパリだ。光属性の魔法は論外のレベルだったと思う。
後、闇属性の魔法。これは補助魔法ならば、それなりに使えるが、攻撃系統は苦手だった。
ただ闇属性の補助魔法は、縮地のブーツの性能が凄すぎるので使ったことはなかった。
魔法は全て覚え直す覚悟が必要だな。
まずはカウノ師のやり方を学ぶことにしよう。
授業を受ける順番は、魔法の方を先にすることになった。
魔法の得意なディアナはすました顔で授業に参加して、あまり魔法の得意ではないアルヴィンは少しふくれた顔をしている。
黒板みたいな魔法道具がある。
それも目的は黒板と同様に文字を書くことで、違うのは文字が浮かび上がることだ。
パソコンのモニターと同じで、事前に書かれた情報を映し出すことが出来る。
今は教科書の内容を大きく映していて、それをカウノ師が説明し、注意書きを書かれている。
基礎の動き、詠唱の手順、苦手、不得意な魔法の関連。僕はノートに懸命に書き写している。モニターに映った内容は、しおりさんに記録しておいてもらう。
僕が真面目に授業を受けている間、いつの間にかアルヴィンはウツラウツラと船をこいでいる。
注意したら起きるが、しばらくして目を離すとまた眠っているのだ。
勉強は嫌いで運動が好きな小学生と同じだ。これでテストの点は良いのだから地頭は良いのだろうけど。
ディアナはというと、ノートを取るフリをしながら、ジーッとしおりさんを見ている。データを映し出す姿が面白いのかもしれない。
「ん。見ていて面白いかい?」
「うん、面白いですわ」
ディアナは宙に浮かぶしおりさんに興味津々だ。
「ディアナ様、兄君とご一緒にご勉学、良かったですね。おやアルヴィン様はお疲れですか……。
少々話が長すぎたようですね。では、実技に移りましょう」
とカウノ師が魔法の練習場へと促す。
訓練場の端の方、白いタイルが敷き詰められた場所に向かう。
タイルには複雑な文様が書かれている。
壁にも同様の文様が描かれていて、手前には丸い標的が複数浮かんでいる。
「ここ訓練場では、自由に魔法を発動させても問題はありません」
「あと、その標的には魔法防御の結界が張られているので、魔法が命中しても破壊できぬようになっています。
だから思い切り魔法を発現させても構いませんよ」
「わたし、わたしからします」
とディアナは元気よく手を上げる。
「元気なのは大変よろしいことです。
ですが、今日はユーシス殿下に、僭越ながら私が手本をお見せしなければなりません。
ディアナ様、もう少しだけ辛抱してくださいませ」
「えー」チラリと僕を見る。「……わかりました」
「はい。それでは……」
カウノ師は静々と標的の前まで歩む。立ち止まるとおもむろに短いタクトを振り下ろす。
短い詠唱の後、彼女の眼前に小さな炎の玉が五つ現れた。
炎の玉は円を描くように回転している。
「行きますよ」
声と同時に炎の玉が次々と発射される。標的の中心に描かれた印に吸い込まれるように命中した。
(へえ、流石に先生だな。僕じゃ三つが限度だろう)
何しろ二年ほど授業をサボっていたのだ。
もしかしたら二つも怪しいかもしれない。
火の初級を複数操る魔法。難易度はそこそこだ。魔法の復習には丁度良いだろう。
「さて、ディアナ様。始められますか?」
「はい。わたしから始めます」
ディアナは元気よく手を上げると、スッと立ち上がる。
僕にニカッと微笑む。
確かディアナは火属性の魔法を得意としていた。
(さて、どの程度出来るのかな)
僕は待っている間、長椅子に腰掛けながら、ノンビリと見守る。
ディアナは涼しい顔して火の玉を出した。しかもカウノ師と同じく五つである。
それらは空中で変幻自在に、目まぐるしく動き回ると標的めがけて一斉に動き出す。
全てがど真ん中に命中した。
「全部命中した」
僕は目を丸くしてディアナを見つめた。妹はおすまし顔で僕を見つめ返してきた。完全にドヤ顔である。
(確か、以前は一つ程度だったはずなんだが……)
まあ、二年前、ディアナが五つの頃なんだから、あれから成長していても驚かない。
だが、あんな複雑な動きは、二年前の僕では出来なかった。
(数といい、正確さといい……)
僕は軽いショックを受けつつ、長椅子から立ち上がった。
僕の方が魔力は断然多い。
だが、繊細な魔力の調整は妹の方が上である。
戻って来たディアナに、カウノ師はべた褒めしている。
確かにアレは真似できそうにない。
とはいえ、妹の方が優れた魔法の使い手である。
それは、兄貴の沽券に関わることと言えるだろう。
「ようし」
僕は腕まくりをすると、標的の前に立ったのだ。
「ユーシス殿下。すでにご承知とは存じますが、お耳汚しに聞いてください」
そうカウノ師が言う。
「魔力量の大きさは、魔法の威力に繋がります。
炎の魔法を例に挙げると、
使用するための下準備である詠唱。これは魔力に顕現させるための基本構造を簡略化させた術式です。
魔力を練り上げた手実体化させること。
目的の効果実体化させた炎に、本物の力を添付させること。
できあがった炎をどうのように扱うのか、その一連の作業には、魔力だけではなくて想像力が肝要なのです」
と、カウノ師は助言してくれた。
かなり小難しいことを言っているが、早い話スマホでいうと、魔力がバッテリーの容量、イメージがアンドロイドやアップルに使われるOS、術式展開と詠唱がアプリ。
発現とはアプリを使ってゲームを遊ぶこと。簡単に言えばこうなるだろう。
ただ、ハイスペックのゲームを遊びたければ、より高性能のスマホが必要になるのだ。
だけど魔法の場合は、魔力の強さがCPUも兼ねているため、強ければ強いほど高性能だとも言える。
(だから、僕も魔法が得意、のはずなのだが……)
実際は魔力を使いこなす前に、振り回されている、そんな感じである。
イメージ。魔法を魔力から実際に出現させる方法。
呪文は魔法の発現を補助するための技術である。
心を安定させ、魔力を集結させる。身体から魔力が集まるイメージ。詠唱を始める。
「我は命ずる。火の精よ……」
目の前に火の玉が三つ浮かび上がる。
大きさはディアナが作った炎の玉より二回りほど大きい。
(うん? )
今日は調子が良さそうだぞ。
(四つ目……どうだ)
四つ目はどうにか発現した。これは新記録である。
(よしよし)
手応えを感じる。五つ目に挑戦する。
だが五つ目は発現しなかった。
仕方ない、次の動作に移る。四つの炎の玉は、歪な楕円を描きながら空中で静止した。一つ深呼吸。
狙うは眼前の標的だ。
「行けっ」ファン○ル、と言いたいシチュエーションである。
炎の玉は標的に対して、吸い込まれるように突き進む、とは行かなかった。
四発の内、標的に向かったのは二つ。
そしてかろうじて枠内に当たったのは一つだけであった。残りの三発は、防御結界によりかき消された。
「なんてこった」
あの時、使った風の魔法はそれなりに命中した、と思っていたが、大半は外れていたのかもしれない。
何せ下手な鉄砲も数打ちゃ当たるの論理で無茶苦茶な数を放ったからだ。
(ディアナに勝っているのは魔力量だけ、なのか……)
妹との差に愕然となる。
トボトボと長椅子に戻って来た。
それを見ていたアルヴィンが、「兄様、元気出しなよ」と慰めてくれた。
「……お前は練習しないのかい?」
「おれ? 仕方ないなあ」
と満更でも無い顔のアルヴィン。ゆったりした動作で標的の前に立つ。
魔法が発現。炎の玉の大きさは、ディアナよりも一回り小さい。
それに数も三つと少なかった。
だが、動きは素早い。ディアナと同様に目まぐるしい動きをしたかと思うと、標的に向かって放たれ、三つの炎の玉はど真ん中に命中した。
「フフーン。こんなものかな?」
と得意げに言う。
お前魔法は苦手だと言っていなかったか。
「むむむ」
兄貴の面子を取り返さなくてはいけない。
その後三十分ほど練習を続けた。
四つの炎の玉の内、二つまではどうにか標的に当たるようにはなった。
だが、真ん中に当たったものは無い。流石にバテてきた。
無茶して、ディアナとアルヴィンの目の前で倒れるのは駄目だ。
ここは自重することにする。
「……これは更に訓練、特訓が必要だ」
一日や二日では二人に追いつけないことは理解できた。
さあ、火属性の練習は終わりだ。休憩の後は、本命の風属性の魔法を練習しよう。
そう、うそぶいた。
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