第24話 この世界にカレーは?

昨日は、無銭飲食の後、残りの隠れ家のある町に向かった。

 やはりそれらの町も治安は悪かった。その方が隠れ家を作りやすかったのだろう。


 朝。執事であるデニスから送られた情報の整理。特に目立つものはないようだ。

 暗殺者からも目新しい情報はない。

 良し。まだリーダーの死はバレていない。


 毒薬もすり替えた。味方も少しずつ増えてきた。足場固めの一環として、僕の鍛錬は必要不可欠である。


 魔女からは何も連絡はない。僕が皇帝になるまで会わないようだ。

 便りが無いのはよい便り、という。僕も早く次の段階に移そう。

 

 攻撃魔法や武技を自由に使える場所。そんな所が、ウィルバーン城に一ヶ所だけ存在する。


 その場所は潔白の間。

 かつて皇族や大貴族たちが、己の身の潔白を証すために一騎打ちを繰り広げた場所である。

 時は流れて今は皇子たちの魔法や武技の訓練場になっている。


 この訓練場に入るためには、城の守護者の認可が必要となり、認められて者以外の部外者は入場できない。

「二人はどうだろう? 信用できるのかい」


 魔法の教師カウノ。壮年の女性教師だ。様々な魔法に精通していて、前は魔法学校で教鞭を執っていた。

 武術の師範オスモだ。元帝国軍の大佐だ。下級貴族だが、武功を上げて大佐にまで出世した人物である。初老であるが、まだまだ武器の扱いに長けている。


「二人は、マスターではなくて、ディアナ様とアルヴィン様を支持しています」

「イグナートを信用していないなら、まあ大丈夫かな」

 情報漏洩さえなければ大丈夫だ。体調が良くなったから、授業の再開をお願いする、に留めておこう。


 少しくらい暗殺者たちに怪しまれても、僕の体調をばらさなければそれで良い。

 疑われたとしても、毒を混ぜられたタイミングで、苦しむフリをするだけだ。マウリ医師は味方だから問題ないだろう。


 それに、二人に教わるのは基礎だけにしておけば、それほど怪しまれないと思う。

 そうなると、自由に動ける場所が必要になってくる。

「魔女お勧めの場所か」

「尖塔から行けますよ。ただ、何処かまでは、目的地に出向かないと判りませんが」

「僕の秘密の隠れ家というわけだ」

「そうなりますね」

 そこも出来るだけ早くいかなくてはならないだろう。


執事のデニスに手配を頼んだ。午後に久しぶりに魔法の鍛錬をしてみよう。

 そうなると、しっかり食べて動けるようにしておかねばならない。

 腹が減っては戦はできぬ。しっかりと昼食を頂こう。


「ん? 昼食と言えば……」

 最近は病人食しか食べていことに気づいた。

 前世の記憶が戻ってから、ロクな料理を食べていない。


 この世界の料理はどのようなものだろうか。

 皇族なのだから、かなり良い品は食べているはずなのだが、現世の記憶を辿っても、料理が旨かった記憶はあまりない。

(食事を旨く感じない。かなり精神的にやられていたんだな……)


せっかく反撃の足がかりは出来たのだ。ここは景気づけに肉料理を食べてみたいものだ。 要望はメイドのシアを通じて料理長に伝えておこう。

 それと、前世の記憶にある料理も何があるのか調べておこう。


(外食ばかりじゃ飽きてくるからねえ)

 味覚は日本人のままのようだ。米の飯が食べたい。

(焼き魚はあるだろうけど、すき焼きや水炊き。カレーライス等はないだろうなあ)

「しおりさん。料理のレシピなんて、登録されているかい?」

「料理ですか。少々お待ちを」

 おお、流石だ。イメージとしては眼鏡をかけた万能秘書かな。


「ピックアップしたものは、五百三十二種類あります。帝国から王国、近隣諸国の郷土料理まで」

「米料理を食べたいんだ」気分はカレーライスだ。

「お米ですか? それなら南方系ですね……」

「うーん」ピラフやミルクがゆ等はあるようだ。イタリア料理みたいだ。


「香辛料の効いた料理はないのかい?」

「コショウですか?」

「うーん。様々なスパイスを粉末にして、小麦粉を混ぜたスープなんだけど」

「南東にある郷土料理に、それに該当するものがあります。コレでしょうか?」


 画像を出してもらう。確かにカレーらしき料理だ。

 材料はどんなものを使っているのか知りたい。だが、材料の名前は、この世界と前世とでは違う。それを理解するには、僕の知識が足りない。


「画像だけじゃ、味は分からないよなあ」色合いは黄色。何となくウコンと唐辛子みたいなモノは入っているようだ。

(料理長に頼んでみよう)

 この城の料理長ならば、かなりの腕前だと思う。きっと旨いカレーライスを作ってくれるだろう。



 旨いご飯が食べたい、そう料理長には伝えたが、これはちょっとやり過ぎではないだろうか。

 昼間からフルコースが並べられている。


たった三人だけが食事するには広すぎる部屋。前世の記憶が蘇った今では、無駄に思えて仕方ない。

(こんな豪華な食事はちょっとなあ……)

 あの町での記憶が蘇る。


 無銭飲食で喧嘩騒動が起きた事実と、軽い気持ちで頼んだだけなのに、昼間からフルコースが食べられる事実。

とんでもない格差社会である。

 そのうち革命でも起きるんじゃないだろうか。そんな心配事も出来てしまった。


「お口合いませんか?」と食堂のメイドが心配そうに訊いてきた。

「あ、そんなことはないよ。ただ、今の帝国の現状を思えばねえ……」

「え。イグナート様は毎回この様なお食事ですが……」

「む」イグナートも、城勤めの者も、感覚がズレているな。

 とはいえ、出てきた料理を食べずに下げさせるのも勿体ない話だ。

 料理に罪はない。


『マスター』しおりさんが、僕だけに聞こえる声で話しかけてきた。

『あまり悩んでも仕方がないかと。

 今すぐ出来ることと出来ないことがあります。先ずは目の前の料理を食べられてはどうですか?』


「ん」言われて周りを見ると、ディアナもアルヴィンも料理に手を付けていない。

 それに使用人たち僕の方を注視しているみたいだ。

(弱ったな……)

 まあ、しおりさんの言うことは、もっともな話である。僕が豪華な食事を食べても食べなくても、現状は変わらないだろう。

 それを変えるには権力を手にして、良い政策を実行するだけしか方法ない。


(まあ、これから頑張る、自分へのご褒美だと考えよう)

 何だかダイエットに失敗する前振りみたいである。


 ただ、詰まらないこだわりかもしれないが、何か特別なことがあった場合だけ、豪華な食事を食べることにしよう。

「いただきます」

 さて、気持ちを切り替えて食事をしよう。


 上手にフォークとナイフを使うディアナ。流石にテーブルマナーはしっかりしている。アルヴィンもそれなりに上手く使っている。

「お兄様、体調はよろしいの?」

「ああ。最近は調子が良いよ」

「それじゃあ……」

 ディアナはそっとニンジンを忍ばせてきた。

「あ、おれもあげるよ」アルヴィンはブロッコリーだ。

「お肉ばかり食べちゃ駄目だぞ」


 僕も料理を一口食べてみる。かなりの厚さのステーキだが、ナイフを添えただけで簡単に切れてしまう。

 口いっぱいに肉の旨味が広がっていく。  

 本格的なフランス料理みたいだ。濃厚な旨味。しばらく病人食しか食べていなかったから、この旨さには感動してしまう。


 転生して初めて、良かったなと思えてしまった。

(まあ、それでも、こんな豪華な食事は控えなくてはいけないよな)

 こんな贅沢に慣れきってはいけない。


「おや……」

 ディアナとアルヴィンはあまり料理を食べていない。

 僕には十分に美味しいが、子供向けではない。


 野菜は口の中でとろけるほど柔らかい。ただ、見た目がそのまま残っている。

 子供の口なら、カレーとかスパゲッティ、ハンバーグなんか喜ぶんじゃないかな

「うーん。料理長を呼んでくれないか」

「は、はい」緊張する食堂のメイド。


「どのような失態を」料理長は、かなり緊張している。

「ああ、心配しないで欲しい。不満があって呼び出したのではないから。

 料理自体ははとても美味しいよ」

「そ、そうですか」


「ただ、子供向けではない感じがしたんだ」

「そ、そうでしょうか。メニューは歴代の料理長から受け継がれた品ばかりです」

 料理長は自分の作る品に誇りがあるようだ。


「うーん。特に野菜がなあ」

「食べていただければきっとご満足していただける、はずなのですが……」

「多分、見た目だと思う。嫌いな野菜と思い込んでいるんだろう」

「そう、でしょうか」肩を落とす。


「そこで提案なんだけれど……」

 僕はただの本のフリをした、しおりさんをパラパラとめくる。料理のレシピが書かれているページだ。おもむろに指さす。ハンバーグとカレーライスだ。

 ハンバーグに、細かく刻み込んだ野菜を混ぜることを提案。

 それとカレーライス。週に三回食べても飽きない好物だ。

 カレーは王道であり正義なのだ。


「ハンバーグですか」と料理長は怪訝な顔。

 そうか。ハンバーグはステーキより一段劣る料理だと思われているのか。

「いやいや、ハンバーグを侮ってはいけない。子供たちは大喜びの料理なんだから」

「ふむ。ディアナ様やアルヴィン様はお好きなのですね」

「そうだとも」僕は胸を張る。

 ただ、二人はハンバーグなんて食べたことはないだろうけど。だが、食べればきっと気に入ることだろう。


「しかし、殿下はその様な料理をどこでお口に召されたのですか?」

「あ、いや。昔ね。

 それと、今僕が言った料理のことは、本の受け売りが多いかな。

 美味しそうな場面があったので、食べてみたくなったんだよ」


「ハンバーグはともかく、カレーとはいかなる料理なのでしょう……」

 ウィルバーン城の料理長さえも知らないようだ。この世界では相当マイナーな料理のようだ。

 しおりさんを開き、どの様な料理なのかを伝えた。


「かなりの種類のスパイスを使いますね」

「出来そうかい?」

「レシピもありますし、どうにかモノにしてみせましょう。

 では、薬剤師からスパイスを調達して、試作から始めてみます」

「頼むよ。期待しているから」

「はい。お任せを」

 料理長は、見知らぬ料理・カレーを作ることに張り切っているようだ。


「後は……」

 大根おろしと和風ソースも提案。こちらは材料がありふれているので直ぐに出来ると告げられた。

 これで僕好みのレパートリーが増えていくだろう。



 会食しながらだと、他愛のない話でも会話が弾む。

 ディアナが脇に抱える「彼女」を指さす。

 どうやら、厨房に入った時、色々なレシピが載っていることを見ていたようだ。


「何のご本? お料理の?」

「料理本ではないかな。魔法道具だよ」

しおりさんをパラパラとめくる。ほとんど何も書かれていない。


 今、しおりさんはアーティファクトとしての機能の制限をしているので、性能は、スマホと性能は同程度だ。

 凄く便利なスケジュール表、と言えば彼女に何をされるか判らない。

脇に抱えた「ご本」がぶるりと震えた。


「何にも書かれていないね」とアルヴィン。

「あ。お絵かきする本ね」一人肯くディアナ。

「ちょっと違うかな。大切なことを書き留めておくんだよ。ほら……」

何も無いページが光、情報が浮かび上がる。


「だから破っちゃ駄目だぞ」

 ソレを見た二人は目を輝かせる。

「わあ、面白い。わたしも欲しい」

「何々。おれも欲しい」

「うーん。後で何か探しておくよ」



食堂を後にして、僕は一度自室へ向かう。

 ディアナとアルヴィンも授業の支度をしなければならない。

 時間的にはそろそろ授業の時間だ。

 二人を教える教師も部屋で待っているはずだ。


「またお勉強し始めたのですか?」

「ああ。歴史と国語、算術。それから魔法と武技の座学もね。

 まあ、魔法と武技は基礎からだけど」


「あ、じゃあ兄様、おれと剣の試合をしようよ」

「ずるい。わたしと魔法の当てっこするのが先よ」

「うーん。もう少ししてからな。まだ本調子ではないからね」

「それと、お前たちも歴史の授業を頑張るんだぞ?」

「はーい」と元気な返事。よしよし。


「兄様は何処へ行くの」

「僕は久しぶりに魔法の授業を受けようと思う」

 基礎は大事だからね。しおりさんに授業内容を録画してもらえば、後で見直せて効率がよい。

「まあ、のんびりとやるさ」


「ふーん」ディアナとアルヴィンは顔を見合わした。

「勉強をしっかりとな」

 僕はディアナとアルヴィンたちと別れ、闘技場へ向かった。



  久しぶりに訓練場に来た。入り口に手のひらを付ける。

 『ユーシス皇太子だと認識しました』重たそうなゲートが開いた。


 さっそく個室へ向かい着替える。魔法使いが着るローブだ

 少し窮屈な気がするが、動かすのに問題はなさそうだ。

「さて、杖は……」

 魔法の鍛錬なので、杖を持っていかなくてはならない。


 杖を探していると、

「この場所に誰か入ってきます」しおりさんの緊張した声。

「……ここには関係者しか入れないはずなのに」

 もしかしたら暗殺者なのか。こんな白昼堂々とやってくるとは意外である。


 アーティファクトたちは、部屋で出番待ちである。

(参ったな。せめて紫電のレイピアを持ってきておくべきだったか……)

 無いものは仕方が無い。僕は杖を握りしめた。


バタン。「あ、押さないでよ」「お前がどけばいいんだよ」口論が聞こえてきた。

「……この声は」ディアナとアルヴィンだ。

「確かに関係者ですね」


 ディアナとアルヴィン。二人仲良く歴史の授業をすっぽかしてきたようだ。

「……あっさり秘密がバレたのか」

 とんだ伏兵がいたものである。


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