第23話 暗殺者の隠れ家

 僕としおりさんで、暗殺者のリーダーから教わった秘密の隠れ家に向かう。

 隠し通路を通ってウィルバーン城から外に出た。昨日来た場所とは違う。

 出てきた扉は大木の影に隠されている。カモフラージュだ。


「へえ……」

 見回すと屋根の落ちた家と、瓦礫の跡が残る。そこは廃村だった。

 恐らくここも人を遠ざける結界が張られていると思われる。廃墟はどことなく人工的なものを感じるからだ。


「さて、ここはどの辺りなんだろう」

「ウィルバーン城から百五十キロ離れた場所です」

「直轄領の最北ぐらいかな」

「そうですね。確認しますか?」

 しおりさんが地図を空中に浮かべた。立体映像、ホログラムだ。視認できて分かり易い。


「えーっと」今居る場所を確認した。

「更に北に進むと……

 オットー公爵家の領地か……」

 オットー公爵は北の亜人の国との国境を接する大貴族である。祖母は公爵家の出自である。

 数々の武勲を立てた勇猛果敢な人物であるが、同時に金に弱い御仁だと評判だ。 

 公爵家は、表向きは、「継承権は、聖なる儀式。儀式の成果を尊重する」と言い、僕にもイグナートにも組しない中立を謳っている。

 が、実際はかなりイグナート寄りである。

議会での地位の確保に躍起なのだろう。


「でも、目的地は公爵領にあるんだよな」

 見つかったならば、通報されるのは間違いない

「幻影のマントの結界は、どの程度人の目を誤魔化せるんだい」

『相手が、マスターよりも魔力が低ければ誤魔化すことは可能です。

 ですが、対魔法道具対策を施した施設の中では、過信出来ません』

 そう幻影のマントは答えた。

 つまり、大都市や居城、拠点では見破られる可能性がある。使わない方が無難だろう。


「ふうん。逆に、そんな対魔法道具探知機みたいなものを、こちらが知ることは出来ないのかい?」スパイドラマに出てくる逆探知だ。

「わたしならば可能ですよ。

 5キロ以内ならば、探し出してみせましょう」としおりさん。

「本当。助かるよ」流石は敏腕秘書だ。

「早速暗殺者の拠点へ向かおうか」


縮地のブーツでの移動。軽快そのものだ。馬で走るよりも速いくらいである。

「そろそろ人目に付くかもしれませんね」としおりさん。

「では、街道をゆっくり歩こう」

 僕はブーツの速度を落として徒歩に切り替える。


「次は……」

 幻影のマントの出番である。マントの力を使えば、相手の認識を阻害できるのだ。

 だが、魔力消費は結構高い。長時間の使用には向かない。

 しおりさんの隠密行動は、相手に魔力を悟られないが、視認はされてしまう。

 ケースバイケースだ。今回は素早さを優先したいので、幻影のマントにしたのだ。


 小一時間ほどで目的地が見えてきた。

「驚くほど人通りがなかったね」

「はい。これは想定外ですね」

「まあ、そんな場所だから、隠れ家に選んだのだろうけど」


 暗殺者たちの秘密の隠れ家がある場所。そこは元々は宿場町であった。

 だが、近隣諸国との軋轢で多数の流民たちが流れ着いてしまった。

「遊びに来たいとは思えない町だな……」

 様々な人種。亜人もそれなりの人数が町を歩いている。


(まあ、人相は相当悪いけれどね)

 他の種族の顔は見ても区別は余り出来ないが、悪人だということは判断できる。何しろ目つきが悪いヤツばかりなのだ。

(類は友を呼ぶか、この町に行くのは最低限にしておこう)

 壁や道には言いようのない汚れが所々に見える。吐瀉物か、もしくは血の跡か……。

 まあロクでもない場所だ。住人のモラルがうかがい知れる。

 言い換えれば後ろ暗い連中にはお似合いの場所でもある。

 ハッキリ言って治安は相当悪い。まともな人間ならば決して近寄らない場所だ。

 もし、僕の身なりを視認できるならば、町に入った瞬間にカツアゲされていただろう。

(まあ、そんな連中しかいないから、ここを拠点に選んだんだろうな)


「マスター。あの小屋です」

「あれか……」 

 目的の場所が見えてきた。所々錆が浮いたバラック小屋だ。一見ただの物置小屋にしか見えない。


「暗殺者たちは、他に任務を与えています。現在この小屋は無人です」

寂れた小屋。誰も近寄らないように手は打っている。堂々と小屋の入り口に向かう。

「よし。入ろう」

「では」


 秘密の扉。しおりさんが暗号を入力する。カチリと音を立て扉が開く。

 扉を閉め、魔法の灯りを付ける。小屋の外とは裏腹に、中は整然と片付けられている。

 棚にある様々な薬品。綺麗に片付けられた机。工具も整頓されていて使いやすそうである。ここで毒薬や調合、魔法の爆弾の製造が行われているのだろう。


 毒薬の材料を入れ替えて、見た目ソックリの毒薬を作る。

 そこに侵入して毒薬の中身を取り替えたのだ。見た目はソックリで、中身は栄養剤だ。残りの暗殺者たちも、毒薬を味見なんてしない。味見なんてしたら死ぬのだから。

 また手下が毒薬の材料を発注すれば、同じ事をすれば良い。幸いというべきかは分からないが、在庫は十分に残されている。当分はそんなことをしないで良いだろう。



 小屋を出て、流民の町の中を歩く。

「少し見て回ろう」

 帝国の現状を知りたい。大都市はまだ安定していると言われているが、他の町はどうなのか見ておきたいのだ。

この町は極端な例かもしれないが、帝国の北側も流民が溢れていると聞く。恐らくこの町と同程度だと思うのだ。


 町を横断するように石垣が連なっている。これから先は北西側だ。

「さて、どうなっているのかな」

 南東側の地区は特に治安が悪いようだ。比較的良いのは北西側の旧市街、元々の住民が暮らしている場所だ。


「この辺りはまだ商店が店を開いているね」

「そうですね。南東側とは雰囲気が随分違います」

 それなりに繁盛している店もあるが、活気があるとは言い切れない。必要だから仕方なく買うという雰囲気だ。

(やはり不景気みたいだ。早く手を打たなければ……)

 明るい話題なんてあるのかな

 暗い気持ちになって町を歩いていると、不意に怒鳴り声が聞こえてきた。


 ただの喧嘩だと思ったが、どう違うようだ。

 難民と思われる亜人の親子。人間よりも毛深くて、顔も犬っぽい。

「あれはコボルトですね。

 帝国の北東に、コボルトの王国がありますから、そこから流れて来たのでしょう」

 ウィルバーン帝国の数少ない友好国だったはずだ。


「魔族の侵攻か」

「侵攻そのものは防ぎました。

 その後、ウィルバーン帝国と協力して、魔族の残党も追い出しました。

 ですが、勝利の代償として国土の三割が荒廃したようです」

「それは大変だ」

 戦争で人的資源も相当減ったと思われる。戦後復興は相当厳しいだろう。だから国民が難民と化しているのだろうけど……。


「マスター、あちらを見てください」

「ん?」

 屋台の親父さんと、コボルト親父との口論。

 ハッキリと見ていなかったが、どうやらコボルト親子は無銭飲食をしたようなのだ。

 親父さんが棍棒を振り回しだした。かなり頭に血が上っているようだ。


 屋台の親父さんとコボルト親子を取り囲むように、野次馬たちの人垣が出来ていく。

「まずい。早く止めないと……」

「マスターあちらを見てください」


 コボルトのリーダーらしき若い男が現れた。

 彼の隣には三人の取り巻きらしき若いコボルトたち。

 その中の一人が、腕まくりしている。

 喧嘩の助っ人に来たようだ。目立ちたくなかったが仕方ない。


 縮地のブーツの力を使う。野次馬たちを飛び越え、コボルトのリーダーの隣へ降りた。

 僕の姿は、幻影のマントの力により彼には見えない。

 僕はコボルトの耳元で囁く。

「あんた。向こうには助っ人が来ているぞ。多勢に無勢、今のうちに退いたら良いんじゃないか?」助っ人はでまかせだ。だがこれで考えを改めて欲しい。


「む」驚くコボルトのリーダー。

「この町では亜人がそれなりの数が暮らしているとはいえ、人間族にとってはコボルトはよそ者だ。ここで大喧嘩をすれば、コボルトの立場が悪くなるだけだぞ」

「だが……」迷っている。冷静な判断が出来そうな男だ。


「これ。少しは路銀の足しにはならないか」僕は金貨を一枚渡した。

 コボルトたちは難民だろう。恐らく何も食べてはいないのではないだろうか。ひもじさは判断を狂わせる。

 確か一ヶ月の食費は平均的な家庭でも銀貨五十枚だと聞いた。金貨一枚の半分である。コボルトたちは、どれだけの人数か分からないが、夕飯くらいは食べられると思う。


 じっとこちらを見るリーダー。

 僕の姿は判別していないはずだが、やはり嗅覚は鋭いのだろう。

「……分かった。退こう」

「助かるよ」

「見えない少年よ礼を言う」

 リーダーは軽く頭を下げる。プライドが高そうなのにお礼を言えるのは好感がもてる。

「こちらこそ」

 リーダーはニヤリと笑った。

「よし、お前ら、ずらかるぞ」リーダーは跳ねっ返りの首元を掴んで引きずっていった。


「さて、次は」

 屋台の親父さんの所に向かう。

 マントの力を切り替える。見えない影から、幻影に。

「違う顔で頼む」

『了解です』

 僕は一瞬光に包まれた。背が伸びて顔も大人びて見える。髪の色も変わったので、誰も僕とは想わないだろう。


「親父さん。これで勘弁してくれよ」

 僕はそっと親父の手に金貨を握らせた。

「こ、こいつは……」目を見張る。「本物だろうな」歯で銀貨を齧る。

「本物さ。悪いけどこれで納得してもらいたい」


「あいつらの知り合いか?」と怪訝そうな顔をする。

「ああ、ちょっとした知り合いなんだよ」

「亜人の味方するヤツ……帝国の人間じゃねえな」

「帝国人さ」

「胡散臭いなあ。それとも坊さんか?」

「まあ、そんな所かな」

「女神様のご加護は有り難いかも知れないが、あんなゴロつきを助けるとはねえ」

 屋台の親父は愚痴りながらも懐に金貨をしまった。


「はは」僕は苦笑する。

 あの親父さん頭に血が上りすぎだろうに。

 まあ、この町では、他人に弱いところは見せられないのだろうけど。

 さて、要件は済んだ。野次馬たちを巻いて、さっさと立ち去ろう。


 町の外まで来た。誰も見ていないのを確認すると、マントの力を解除した。

「お疲れさまですね」

「ああ、そうだね」

 あの喧嘩には驚いた。でも、あれがあの町の日常風景の一つなのかもしれないのだ。

「しかし、あの町まで難民が流れて来ていたんだ」

「東の方までは、衛兵が足りないのでしょう」

 かつて宿場町として発展してきたのだ。周辺国と折り合いが良ければ、今も賑わっていただろうに。


 繰り返される国境紛争の影響が、この付近にも及んでいることには驚いた。

「この分だと、国境の警備も手薄なんだろうな」

「そのようですね。要衝以外は慢性的な人手不足のようです」

「越境し放題か」

 もっとも、警備兵はいなくても土塁は健在だし、道にはバリケードが張られているはずで、簡単に行き来はできないと思われる。


 それに帝国に逃れて来ても、食べ物や仕事にありつけるとは限らないのだ。

 それだけ北方の国々は悲惨な状況だと言える。


 この土地を治めるには、かなりの出費が伴うだろう。

 オットー公爵が金に意地汚くなるのも無理はないのかもしれない。


「グズグズしている暇はないようだ」

 帝国の斜陽を垣間見たようだ。

 本当に時間がないと痛感させられる。


「早く鍛錬を開始しなくては」

 しおりさんやアーティファクトたちと出会い、これからはトントン拍子にことが進む。

 そんな甘えが心の中にあったのかもしれない。だが現実を突きつけられ淡い望みも消え失せた。

「これから先は……」

 僕は神妙な顔で考えていると、

「そうですね。まずはキチンと授業を受けなくてはなりませんね」

 しおりさんは、わざと茶化すように言う。

「え」

「マスターに、今出来ること。それから始めませんか?」

「出来ることから、か……」

 不意に肩の力が抜けたような気がした。

 そう、今出来ることからやるしか方法はないのだから。


「まずは先生たちに平謝りをしないとね。

 ……授業は結構サボっていたんだよ」

 僕もおどけるように肩をすくめてみせた。

「はい。まずはそこから始めましょう」


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